守護の霜刃、無窮の天駆 其ノ壱
参ります。
まずは小手調べ。腕の一振りで飛翔した十余りの小兎刀を、【護刀】がどう対処するのかを観察する―――そんな手緩い真似なんざやってる場合か!!
「遠慮無しに行くぜ天上人ッ!!」
左へ薙いだ手を右へ、また左へと立て続けに振るい続ける。
空の左手が通過する軌道上には、鋒を敵へ向けた小兎刀がズラリと召喚され―――俺の指先がその柄頭を撫ぜた瞬間、まるで全力投擲もかくやといった勢いで射出されていく紅緋の短剣。
《フリップストローク》―――攻撃スキルの技後硬直を俺が嫌うせいで、長らく使われていなかった《ピアシングダート》の進化系。
ほったらかしにする使用者に不満を訴えるように、もはや完全なる別系統へと変化したこのスキルがもたらす効果―――それは投擲動作の削除。
この《フリップストローク》を左右任意の手で発動させる事で、俺の片手は触れただけで物を『投擲』する自動射出機へと変化する。
MPが続く限り分体である【刃螺紅楽群・小兎刀】を召喚可能なイカサマ武器と併用すれば、御覧の通りの超連射をお届け出来る凄まじいスキル―――なのだが、
「涼しい顔しやがって……ッ!」
その一本たりとも、【護刀】には届かない。
曲芸めいたファーストアクションに、驚きの表情を見せたのはほんの一瞬の事。口元に笑みすら浮かべるままに―――右手一本で振られる刀が、その全てを打ち払う。
いや流石に冗談だろ……秒間十発は下らない連弾だぞ……!!
それもただの礫とは訳が違う。STR:300を基準に放たれた、刃渡り二十センチ余りの短剣の群れだ。
軽いと言えどその速度でもって岩をも砕く小兎刀は、一つ一つが鎧戦士を容易に穿つ威力を秘めているというのに……!
―――十秒。《フリップストローク》の効果時間が切れて、弾幕が途絶える。
周囲に撒き散らされた百余りの小兎刀を眺めてから、【護刀】の視線はドン引きのまま突っ立つ俺へと向けられた。
―――こんなものか?
「っ……あぁ上等だよ、吠え面かかせてやるさ」
提げっぱなしにしていた【兎短刀・刃螺紅楽群】を掲げた俺に反応して、揶揄うような視線が鋭さを取り戻すのを見ながら―――
「今すぐにな―――《爆裂兎》」
俺は逆手で持っていた兎短刀の刀身へと、籠手に包まれた左拳を叩き付ける。
さすればパリンと―――紅緋の短刀はガラス細工のような音を立てて、刀身の半ばから呆気無く砕け散った。
さしもの【護刀】殿もこれには素直に驚いたのだろう。呆気に取られるように瞠った瞳に、驚くのが一拍速いぞと俺は笑い返す。
瞬間―――奴の周囲に散らばる大量の小兎刀が、一斉に甲高い破砕音を上げて炸裂。破片手榴弾の如く襲い掛かった無数の緋色の切片が、無警戒で立っていた【護刀】に襲い掛かった。
「―――がッ……!?」
耳に届くは、明確な驚愕の声音。一矢報いた事実に舞い上がりかける心を諫め―――踏み切るは追撃。
見た目は派手極まりないが、《爆裂兎》……小兎刀の備える自爆攻撃、その切片一つ一つに込められた威力は極僅かなものだ。
先日までの誰かさんみたいな裸相手ならともかくとして、上位勢―――それも序列持ちが身に纏うような最高位の防具を抜ける訳が無い。
予想通り、その頭上に表示されているHPバーはカスダメ×100で一割そこそこしか削れていない。驚かせるのが関の山―――ならばせめて、その驚きの隙を無駄にする訳にはいかない!
半ばから刀身を失った【兎短刀・刃螺紅楽群】を鞘へ叩き込み、空いた両手に呼び出すのは【愚者の牙剥刀】―――そして新顔【輪転の廻盾】。
黒小刀の引き金を引いて《瞬間転速》を起動。《兎疾颯走》と《フェイタレスジャンパー》の効果も併せて、一足のもとに怯む【護刀】の懐へと飛び込めば―――
「ッ……舐めるなよルーキー!」
案外ドスの利いた声音とは裏腹に、楽しそうに笑む瞳に射抜かれる。その右手では既に、刀が青のライトエフェクトを纏っており―――
「―――舐めるわきゃねえだろトップランカー!!」
《先理眼》起動ッ!!
視界から色味が抜け落ち、煌々と描き出されるは無数の紅線……いや、ちょッマジかよいきなり超連撃スキル―――ツ!!??
虚空に表示される五、十、二十本を超えるデッドラインを目にして、反射的に撤退を選びそうになった両足をその場に縫い付ける。
―――逃げんな、押せッ!!!
「《ガスティ・リム》!!」
四肢に武器と同様の弾き判定を与える新スキル、更に《クイット・カウンター》の強化版防御スキル《リフレクト・ブロワール》を並列起動。
視界に映る紅線を覚え切り、魔力馬鹿食いの《先理眼》は即座に閉じる。色味を戻した視界に【護刀】を捉えて睨み付ければ、碧眼から叩き付けられるのは冗談みたいな殺気の嵐。
「《絶空・―――」
来やがれよブロンド侍。
「―――無尽剣》ッ!!」
一撃残さず叩き落とすッ!!
一閃目、右から逆袈裟で跳ね上がった刀身を、こちらも右手の廻盾で殴り付けるように迎え撃ち―――弾けたド派手な相殺エフェクトと金属音が、続く乱打の引き金となった。
左、右、打ち下ろし、下段薙ぎ、逆袈裟、上段、中段、袈裟、斬り上げ―――
記憶に刻んだ紅線の順番通り、襲い来る剣閃の悉くを弾き飛ばす。
右の廻盾を主に、間に合わなければ二つのスキルの効果で頑強な鋼身と化した左手と両脚をも振るい―――まあそれは流石に無茶だわな削りがヤベェッ!!
「……そした、らッ!!」
早々に盾を持たない三肢を防御の手札から切り捨て、次の一刀を地面スレスレまで身体を倒して無理矢理に避けながら―――盾を携えた右拳、そして空手の左拳を打ち合わせる。
刹那の間隙は文字通り一瞬。迫る次撃が隙を晒した俺の背へと迫り―――跳ね上げるは空手の左。
「ッ……!」
視界端に捉えるのは確かな動揺の欠片。素手の分際で音高く刀身を弾き飛ばした左手には今、青銀に煌めき透き通る光の盾が掲げられている。
これでこちらは二盾流。手数を倍にして残る剣閃を迎え撃ち―――
「っしゃオラァッ!!」
「ふざけ倒してるな……!!」
堰き止めていた息を歓声と共に押し流せば、流石に頬を引き攣らせた【護刀】からお褒めの言葉を頂戴する。
数秒の間に放たれた斬撃の数は実に二十二。埒外の超連撃を全て撃墜された刀は、纏っていた青い燐光を霧散させて―――アレだけの大技だ、技後硬直が無いとは言わないよなァ!
システムの束縛に絡めとられて動きを止める真正面のアバターへ更に踏み込み、役目を果たした盾に代わって両手に喚び出すは紅蓮の長槍。
ちゃちな散弾はノーカンだ―――喰らえや堂々のファーストアタック!!
唸りを上げて奔った【魔煌角槍・紅蓮奮】の石突が身動きの取れない奴の鳩尾へと叩き込まれ―――盛大に弾けたヒットエフェクトの赤が、下剋上への狼煙となって宙に舞い上がった。