問い
そして、なんとも言い表し難い空気の上で数秒が過ぎ去り。
「ふぃー……────で?」
「え?」
「結局どこまでいってん? あたしらの宿敵とは」
「切り替えエグいとかいうレベルじゃねぇっす先輩……」
張り倒され、すっ転んだまま。上体を起こそうとした俺を制すように貧弱STRによるデコピンを見舞いつつ、しゃがみ込んだミィナは傍らから冗談を投げた。
常時悪戯を企んでいそうな表情も、無駄に楽しそうで弾む声音も、さっぱり普段通り……よりか気のせいでなければ上機嫌寄り────……わからねぇ。
どういった思考が順序立って上機嫌になるのか、わからねぇ。
「…………ん」
「増えたし……」
そんで、先程は勢い半分で応を返したものの俺 with 困惑中の隣もう片方。相方と挟むようにして来襲した青色も頬つつき連打に加わった。
そっちはそっちで、いつもの如く無気力めいた顔に戻りつつ……。
「内緒にしてた罰は、考えておくとして」
「仲間や友人として言ってるなら心の底から『ごめんなさい』なんだけども、お前の場合は自称妹として言ってる可能性しかないから素直に謝りづら」
「将来的に〝お姉ちゃん〟が三人も増えるっていう話は、歓迎しておく、ね」
「心の底から『なに言ってんだコイツ』だよ」
沸いたことを真顔で言うから反射的にツッコミを入れれば、無気力顔の端に浮かぶは柔らかい笑顔。それは果たして人生経験にて俺を上回る芸能人様の慈悲の微笑か、あるいは『兄』と妄信する男を『妹』が甘やかしているだけの惚気顔か。
────ともあれ。
ちみっこ二人は、自他共に認める有罪犯の頬を好き放題つつき回した後。
「んじゃ! あたしら明日も仕事なんでぇっ!」
「お先」
高らかと静かの両極端。
元より長居する予定はなかったのだろう。さっぱりキッパリ宣言すると共に、返事は無用なりて見送り給えと言わんばかり速攻で仮想世界から去って行った。
……まあ、いつものことである。
いつものこと、ではあるが────と、
「………………ま、僕も行こうかな。先輩?」
「んお、おうっ……」
「ゆらさんの依頼云々、今すぐに全員共有必須の案件とかじゃないんでしょ?」
後に残された空気や如何にと俺が困る前に、今度はテトラが口を開いた。
「そ、そうな。割かし重大事項ではあるけども……まあ」
本人は平常運転で居やがらねぇし、早速のこと二人も欠員したし……と頷けば、自称後輩一号こと黒尽くめの少年は適当に頷き返し、
「じゃ、また今度ね。一度にアレコレ重大事項を聞かされても諸々ついてけないから、多少なり話が纏まってから改めて教えてよ」
なんて、端から端まで正論としか思えぬ言葉で躱すものだから、俺としては何も言えない。いや、言えないどころか衝撃を齎した者として────
「わ、わかった。……なんというか、申し訳ね」
やってることに対しては、頭を下げるつもりはないけれど。隠し事をして驚かせたことについては謝っておくべきだろうと、
「ま、頑張りなよ。────先輩らしいって、僕は思ったよ」
紡いだ言葉は遮られ、小柄な黒装は光に消えた。
「………………」
然らば……なに? そういう流れ? そういう流れなの? 各々が俺に言いたいことを言って去り、一旦バカを放置する流れなの?
と、俺が身構え始めた折だった。
「……────まぁ、年下連中は、そんな感じらしいが」
その通り。
俺の年下および推定年下が次々と去り、後に残るは人生の先達のみ。……だからまあ心配しなくとも、ここからは俺が予測していた通りの流れになるのだろう。
つまるところ、
「親しい大人としては……なんだ。適当に聞いて放るわけには、いかんよなぁ?」
「…………うす」
正々堂々、絞められるターンの始まりである。
◇◆◇◆◇
ミナリナやテトラの反応が『適当』だったと俺は思っていないし、ゴッサンとて適当と言うつもりはないだろう。けれども、やはり応じた立場というものがある。
『大人として』なんて言葉を使って俺の気を締めてくれたのは、怯えるのではなく感謝すべきことである。そんなことを真面目な顔で面と向かって言ってくれる他人など、今時は早々いやしないことを元バイト戦士は知っている。
ならば逃亡択ナシ望むところ。いざ尋常に……────
なんて、気合いを入れたのだが。
「…………………………そう、かぁ…………くっ、そうかぁ゛……!」
おじじ、事情聴取開始五分で陥落。
いや陥落というか、ほぼ勝手に自壊というか。俺は俺の覚悟に至るまでの成り行きを努めて冷静に淡々つらつら語っていただけなのだが……。
気付けば、父の目にも涙というか────然して、
「ぁー……えぇ、と…………?」
「もういい゛、俺は支持する゛ッ……!そういう〝男〟がいてもい゛い……!」
「……なにをしている状況なんだ、これは」
「ゴッサン……」
困惑する子、泣く親父。呆れる兄貴と同じく姉君。
尋問(?)の輪から少し離れた位置、叔父さんと近所の美人お姉さんこと我が師が各々の様子で無限にオロオロしているのが余計に混沌。
最早、誰にも場の制御など出来やしないことは火を見るよりも明らかだ。
となれば……まあ制御は無理としても、こういった状況で場を整える役割を担っているのは今ここに居る内に約二名。即ち消去法で枠に納まる俺と────
「全く、もう…………ハル君?」
他ならぬ、皆の姉さんだ。
斯くして、ヘーゼルの瞳が改めて俺へ向けられる。五分で泣いた無差別子煩悩親父とは違い、雛さんの瞳は……──女性の瞳は、正しく俺に威を伝える。
「君のこと、わかっているつもりよ。……私たち、全員ね」
「……俺も、そのつもりです」
そして、声音も。これまでの戯れなど訳ナシとばかり、冗談は混じっていない。それを違わず見聞きしていると、俺を認めてくれたのだろう。
「いい子だって、思ってるわ。あなたという人間を、信頼してる」
「…………はい」
「────その上で、」
彼女は真っ直ぐに俺を睨み、聞いたことのない強い声音で言った。
「自信を、聞かせなさい」
誰も、言葉を挟まない。動きも止めているようだった。
そして、それは俺も同じく────だけど、別に迷ったわけではない。悩んだわけでも、今更に言葉を選んだり取り繕おうとしたわけでもない。
ただ、ありがたいなって。
これまでも、誰かに感じたものを、大事に受け取り仕舞っていたから。
「────俺、です」
息を一つ吸って、
「ソラのことも、ニアのことも、アーシェのことも」
意気を一つ整えれば、立ち止まらない。
「世界の誰より幸せにするのは、俺です」
然らば、恥ずかしげもなく胸を張って傲慢を宣った弟分を見やる目は────
「…………………………はぁっ……可愛い男の子だと、思ってたのに」
まさしく、馬鹿を見るように。
「どうしようもない。……とんだ、王様だったのね」
笑うことなく、けれども滲んだ優しげな色を隠すように、音もなく閉じられた。
嗚呼お姉様。




