選抜本戦、第四試合
「ダメそう」
「えぇ……」
第四試合―――対【護刀】戦を目前にしたタイミング。ロッタに預けられるまま貸し切りの控室と化している部屋でソラと合流した俺は、一も二も無く結論を口にしていた。
「相性が悪過ぎるんだよなぁ……下手に挑み掛かったら一瞬で塵にされるまである」
「いえ、まあ……相手が相手だけに私も無責任な事は言えませんけど……」
ソラは元より知識があるのだろう。我ながら情けない事を言っている自覚はあるが、彼女の反応も「まあ流石にね……」といった感じ―――
「…………あの、それでも」
言いつつ、ソラは掬い上げた俺の手を握って此方を見上げてくる。
その瞳に映る期待を読み取って、苦笑しながらも俺は頷いて返した。
「俺も負ける気で挑むつもりは無いよ。折角ここまで色々と温存してきたんだ、せいぜい全力で驚かしてやるさ」
そしてあわよくば―――……いやぁ、流石にそこまでは高望みかなぁ。
多分に初見殺しに頼っているとはいえ、ここまで確かに勝ち進んできたのだ。自分の実力にもある程度の自負は持てるようになってきている―――が、それにも流石に限度はある。
ここ最近でインストールされた即席の認識ではあるものの、アルカディアの序列持ちと言えば現実世界で言うトップアスリートのような存在だ。
結局は付け焼刃である事実を拭えない自分が、いきなり彼らに並べるかと問われれば……それに堂々と頷けるほど、俺は自信過剰な人間ではない。
―――正直、震えてくる。
【護刀】囲炉裏……現実世界ですら広く名の知られる、まさしくの天上人。
そんな人物に相対し、挑み掛かるのが自分であるという事実。現実感も、覚悟も、自信も、まだまだ何もかもが足りない。
―――間もなく、選抜戦トーナメント第四試合を開始します。
それでも……そうだよな、それでもなんだよ。
「ソラ」
見返すのは、俺を信じて止まない琥珀色の瞳。本当にくすぐったくて―――どうしようもなく、応えたくなるんだ。
「暴れてくるよ―――見ててくれ」
「……はいっ!頑張って、ください!」
この子が期待してくれるなら……俺が格好付けない訳にはいかないよな?
◇◆◇◆◇
「………………で」
会場入りした途端にコレか、まだ始まってもいないぞ。
そうツッコミたくなる爆音の如き大歓声の中で、苦笑いを浮かべる気にすらならず俺は呆けたように突っ立っていた。
見渡せば人。人、人、人人人人―――……一体何人いるんだか分かったもんじゃない観客席の大観衆。実際目にした事は無いが、武道館ライブってこんな感じ? といった具合。
少なくとも四桁は下らないプレイヤーが詰めかけているように見えるが、彼ら彼女らが何を目的にこの場へ集っているかなど考えるまでも無い。
「―――やぁ、初めまして。期待の超新星君」
「……お、恐れ多いっす」
三度経験した闘技場の舞台。これまでの三戦では俺も相手も端と端で開戦の合図を待っていたものだが―――今、目前まで歩み寄り微笑むその顔は、先ほどまでスマホの画面の中に見ていたブロンド碧眼のイケメンそのもの。
【護刀】囲炉裏―――イスティア序列第七位、絶対の守りを強みとする刀使い。
「人伝で君について聞かされてね、こうして会うのを楽しみにしてたよ」
「……恐れ多いっす」
やべぇ、有名人に出会った一般人みたいな返ししか出来ねぇ―――いやみたいじゃなくてそのものなんだよ、自然に振舞えるわけないだろ!!
分かり易くカチコチになっている俺の様子を見てクスリと笑みを零すと、彼はおもむろにその右手を差し出してきた。
「そう緊張しないで良い―――期待してるんだ、全力を見せてくれよ」
「―――ッ……」
初めての経験だ。言葉に押されて後退りそうになるなど。
ともすれば中性的とも言えるほどに整った容姿に、男女問わず人を骨抜きにするような穏やかな笑顔―――なれども放たれるのは、紛れも無い戦士の圧。
緊張に威圧を重ねられ、余計に固まりそうになりながら―――横へと視線を振った俺は、一度強く胸を殴り付けて己に喝を入れた。
固まってんじゃねえよヘタレ、誰が見てるのか忘れんな。
特別席で金色の髪を揺らす小さな姿を目に入れて、思考を掻き消す余計な感情を吞み込む。
格好付けると決めたばかりなんだ―――相手が誰だとか知った事じゃねえだろうが。
「……良いね」
緊張も怯えも蹴り飛ばし、ガッと差し出された右手を掴み取る。真直ぐに視線を返せば、微笑む【護刀】は愉快そうに口の端を持ち上げた。
「いやはや失敬、柄にもなくビビってたもんで……お望み通りの全力を披露しますから、どうぞ期待しといて下さいや」
「それは大いに結構―――楽しみだ」
―――これより、選抜戦トーナメント第四試合を開始します。
カウントダウン開始の通知。手を解いて踵を返した【護刀】の背中を見送りながら、際限無く熱を上げていく息を排熱の如く吐き出していく。
緊張は消えちゃいない。
覚悟だってまだ足りてない。
簡単に開き直ったりなんか、出来る訳ねえだろ。
こっから身体を突き動かすため、胸にくべるのは単なる意地。
どれだけ壁がデカかろうと、俺には無様を見せる訳にはいかない相手が三人ほどいるんだよ。ビビッて負けましたなんてどの面提げて言えたものか。
ゼロに近づくカウントに同期させるように、仮想の心拍を無理やり宥め賺す。
鼓膜を震わせる喧騒が遠のき、世界が些細にその色を変える。
これまで死闘と名の付く全てで経験したあの感覚を手繰り寄せて―――視界に映すは、ただ一つ『敵』のみ。
いいね、悪くない。
【護刀】が腰に差した刀を抜き放つ。情報通り、青みを帯びて輝く見事な打刀だ。ひたと正中線に構えられた刃の先で、細められた碧色の瞳が俺を促す。
「そうだな―――じゃあ、お披露目といこうか」
右手で掴むは、長らく腰元の飾りとなっていた短刀の柄。
躊躇い無く一息に抜き放てば姿を現した紅緋の刀身が、黒塗りの鞘と擦れて音高く響きを上げた。
【兎短刀・刃螺紅楽群】―――その短刀の刀身は、尋常のそれにあらず。
中腹から鋒にかけて刺突短剣の如く先細りになっている様は、見ようによっては不格好とも言えるだろう。
ゆらゆらと蠢いて見える真紅の芯髄、光を通して煌めく紅緋の刃。
刃と柄の丈差は丁度二対一、鍔を持たない合口拵え。
羽のように軽いこの一振りは―――しかし、相対する序列称号保持者が視線を鋭くする程度の情報圧を放っている。
カウント3―――息を吸い、止める。
カウント2―――抜き放った短刀は構えず、身体の横に提げたまま。
カウント1―――掲げるは無手の左。五指を開き、右肩の上へ持ち上げて、
カウントゼロ―――音は未だ遠く、ただ空気を叩く震動だけを伝えて来た開戦のシステムコールと歓声に従って、
「―――小兎刀ッ!!」
左手の一振りで宙を駆けた幾多の『紅』によって―――戦いの火蓋が切られた。
明日。