それぞれの気勢
「序列第七位―――【護刀】ねぇ……」
仮想から現実へと世界を移り、ワンルームの三分の一を占有する【Arcadia】の筐体に腰掛けた俺はスマホを片手に独り言ちる。
現実時間で朝六時。すこぶる健康的な時間から開始された選抜戦出場受付から、早二時間ほど。
現実比1.5倍と時間の経過速度が異なるため、向こうで過ごしたのは三時間くらいか―――いや経過時間に対して密度過多だと思わんかね?
あれよあれよと予選、第一試合、第二試合、第三試合とコマを進めて……早くもお次は第四試合。選抜戦に参加したプレイヤーの内、勝ち残っている者も既に三桁を割っている事になる。
―――で、そうなってくるとまあね? それにぶち当たる確率も自ずと上がるというもので……次なる第四試合、俺の対戦相手となるのはイスティア序列第七位。
アルカディアという仮想世界に於ける上位四十人……戦士という括りであれば、上位三十人に名を連ねる【護刀】―――【囲炉裏】氏その人だ。
事前に対戦相手が分かるトーナメント戦という性質上、可能ならば対戦前に相手の事を調べておくのは一種のマナーとすら言えるだろう。
僅かな待ち時間で転移により拉致された前三つの試合はともかくとして、正式に与えられた今回の休憩時間を有効に使わない手はない。
第四試合は現実時間の九時からなので、許された時間は一時間弱。
全くもって十分な猶予とは言えないため、急げ急げと指を急かしながら「アルカディア 護刀 囲炉裏」と検索ワードを打ち込めば―――
「なん……だと……」
画面に現れたのは、ブロンド碧眼のイケメンでした。
いや、アバターがではなく、本人が。
【護刀】囲炉裏―――本名は御岳ネイト、御年二十歳。
現実世界で顔出し……どころか、何やらモデル業すらやっているらしい。洒落乙な雑誌の表紙張りにキメられた数々の写真が画面に溢れ出し、俺の心にはイケメンに対するマイナス感情が溢れ出す。
女子かと言わんばかりにサラッサラのブロンドヘア。
女子かと言わんばかりにパッチリ二重のブルーアイズ。
更には高過ぎない程度の絶妙な高身長に加えて、アホみたいに足が長くスマートな身体つきと……何だろう、一般男性の敵を体現したかのようなビジュアルである。
国籍、及び生まれと育ち的には純日本人。母親が外国人で、見た目通りのハーフとのこと。
仮想世界のアバターはどうなんだと調べてみれば、まあ当然のようにリアルの容姿そのままであった。
ファンタジー風味にアレンジされた侍的な裃姿が、何かもう清々しいくらいに似合っている。いつか見た映画の影響かもしれないが、外国人の侍ルックって妙に映えるよな……
―――いや、リアルのネイトさんとやらは今はいいんだよ。俺が知るべきなのは仮想世界に於ける囲炉裏氏についてなんだ。
「刀か……だろうな」
装いから分かっちゃいたが、用いる武装は刀一本―――どうやら『魂依器』として有名らしく、わりと詳細なデータがそこら中に転がっている。
それだけではなく、裃風の衣服装備についてのデータや保有しているスキル、ある程度のステータス数値まで……総じて、かなり詳らかにビルドが公にされていた。
その事を、俺は脅威と判断するべきなのだろう。ここまで手の内を明かしてなお、囲炉裏氏は堂々とその序列を守り抜いているという事なのだから。
―――というか、正直マズい。
「相性最悪では……?」
思わず呟いてしまったが、その声音は自分でも思った以上に苦々しいものだった。
ただでさえ序列持ちとかいう天上人であるのに加えて、公開されている氏のデータがそこかしこで俺の不利を訴えてくる。
やるからには負けるつもりで挑む気など毛頭無いが……いやはや。
相手が相手だけに当然なのだが、これまでの試合とは真実比べ物にならない程に厳しい戦いとなるのだろう。
新たな情報を頭に入れるたび、浮上してくる弱音を抑え付けながら―――俺は少ない休憩時間に追われるように、一心不乱に対戦相手の情報を掬い上げていった。
◇◆◇◆◇
「―――よう囲炉裏。調子はどうよ?」
「……まずまずかな。今のところ、今回も何とも言えない感じだよ」
十の席が用意された豪奢な一室にて、男の声が二つ響く。
「言ってやるなよ、相手は必死だったろうぜ」
「分かるけどね。どうしても手加減してしまうから、やり辛いんだよ」
戦いで気を遣わなければならないというのが、やるせない。そう言って困ったように眉を下げる青年の顔を見て、金髪の偉丈夫は笑みを漏らした。
「そんなお前さんに朗報だ―――お次の相手は、久しいバケモンだぜ」
「……へぇ? 暇が無くて目を向けていなかったけど……確かハル、だったかな」
「あぁ、【見識者】一推しのルーキーさ」
その言葉に、冗談と受け流していた青年が表情を変える。
「ロッタの? それは、なんというか……」
「期待できるだろうよ? 俺もさっき呼ばれてなぁ、この目でチラっと見て来たぜ」
それで、どうでした? そう問いかける碧色の瞳を見返しながら、男―――ゴルドウは顎髭を擦りつつ楽し気に笑った。
「―――俺も戦りてぇと、そう思った」
「―――……それは、それは」
裏表の無い彼の言葉に、青年―――囲炉裏の顔に、初めて素直な笑みが浮かんだ。
「貴方がそこまで言うなら……うん、期待出来るね。俺も楽しみにさせて貰おうかな」
「足元掬われんなよ? スーパールーキーは大歓迎だが、流石に序列持ちが無様を晒すのは威厳的にもナシだぜ」
冗談めかしてそう言って―――目だけは笑わずに、獅子は言う。
「―――負けるなら、相応に武威を示して負けるこった」
「…………ふうん、言うね?」
柔らかく微笑みながら、その身から立ち上るのはピリついた気配。
「いい焚き付けになったろうよ?」
「っは、違いない……そこまで注目してるんだ、見に来るんだろう?」
踵を返して扉へ向かう【護刀】が、その背を見送る【総大将】へと振り返る。
「―――久々に本気を出すから、一瞬で終わってしまったら御免よ」
穏やかな声と裏腹に爛々と輝くその瞳には、凶悪なまでの戦意が渦巻いていた。