地獄の門が閉じた後
「──────と、まあ、そんなこんなでしたとさ」
「えぇ…………」
静かな空間。憩いの場。世界から隔絶された安寧の家。
赦しを渡した身内を除いては何者の侵入も許さない、平穏の居城。静寂に取って代わる賑いを齎すのは、いつもいつとて自分たちを置いて他にない……。
そんな、ある意味で究極的な安息の地とも言える場所────
「か、考えがあるから……って言うなら、あの、私は何も言いませんけど……」
「おう。そんでもって別に無理してるわけじゃないから、心配も必要ないぞ」
クラン【蒼天】の異空拠点にて。
第五回【星空の棲まう楽園】全行程終了日の翌日。『そんなこんな』という締めの言葉に似合う、至極ザックリとした体験共有説明会……もとい土産話。
それを聞き終えて。予想に違わず呆れと困惑の入り混じる目を俺に向けるのは、
「…………ハル自身が、そう言うのでしたら。はい、じゃあ、心配しません」
「信頼感を喜ぶべきか、諦観の眼差しを嘆くべきか……」
「もう、どうしてほしいんですかっ」
体感では四日ぶり。実際のところは一日と一時間越しに顔を合わせた、可愛い俺の相棒様だ。……────いや、本当に冗談とかではなく。
「……こんなことを言ったら引っ叩かれそうだけども」
「はい……?」
「基本、離れたら離れてた分だけ甘えてくれるの可愛過ぎべっぽぐ」
合流した瞬間に花咲いた笑顔。からの無意識か否か、おそらく無意識濃厚でピタリ距離感を他所へやった足取り。そして現在、いつもの如く共用スペースのソファに収まり会話を楽しみながら、俺の手をニギニギして離そうとしない小さな手。
あまりの天使っぷりに平伏する心を正直に伝えたところ、予測通り引っ叩かれたというか引っ叩くような勢いの片手に口を塞がれたが悔いはない。
空いた数日の間は、俺の心にも当然のこと作用する。ゆえに発生する相乗効果により、殊更に全てが愛らしく愛おしい────と、
「…………そういうこと、平然と言うようになったハル、嫌いです」
感情と本心を隠す気のない現在の俺に対して、基本は躊躇わず文句および罰を与えるスタンスを定めたのであろう現ソラさんである。
ベチンと俺の口へ言葉を留めて叩き潰した手を引きつつ、放つ言葉は仮に文字として読み上げるだけなら致命傷にも成り得る強度だが……。
「はは」
「な、なに笑ってるんですか」
「俺は可愛いソラさんが大好きだ」
「っ…………も、もう……!」
表情と声音に一ミリも拒絶が滲んでいないのだから、鋭さなどゼロに等しいのである────なんて、一応は努力して築いている無敵ムーブは程々に。
「で、そっちはどうだった? お姉さん方に囲まれて」
「……、………………………………」
べふべふと膝やら腿やら胸やら腕やら肩やらを乱打してくる天使百裂拳を有難く拝領しつつ、語り役から聞き役へと転じる意思を示せば表情シフト。
ジワリと差した朱に染まる頬を恥じらいながら怒っていたソラは……問いによって昨日までの三泊四日を思い返したのだろう、遠い目をして────
「…………………………四人は、ダメです。次回は分けるか、人を増やします」
「お、おう……」
「雛世さんか、ヘレナさんに、お願いしたいです」
「ガチな人選じゃん……」
生じた苦労を、これ以上ないほどに伝えるような平坦かつ細い声で、言った。
そりゃまあ、大変だったことだろう────【剣ノ女王】および【剣聖】並びに【旅人】……三人の愉快な『陣営序列一位』方に囲まれてのイベント行は。
「はは…………だから言ったろ? 多分だけどアーシェも頼りになんねぇぞって」
「うぅ……まさかハルの言う通りになるなんて…………」
前回の修行会を特例として今回、イベント時のホームこと【干支森】へと戻った俺に対し。ソラもソラでルクスとの二人旅に回帰する……かに思えたのだが、そこへ『待った』を掛けたのが他ならぬ頼りにならなかったらしいアーシェ。
修行会は特例。今回は元通り……──となれば、解き放たれるのは我が師【剣聖】も同じこと。然らば前回はヒッソリ少人数の身内でイベントを楽しんでいるヘレナさんのグループへ遊びに行っていた相方の元へ、ういさんも納まるのが自然。
だから、あの【剣ノ女王】が慈愛の天使に泣きついたというのが事の発端。
それからまあアレコレなんやかんや協議があり、最終的な同意締結を以って東南北三陣営の序列一位&俺の天使とかいう世界をも滅ぼせそうな四人組が完成。
他が如何なる感想を持っていたのかは知らないが、少なくとも俺個人としては多大なる不安の元で送り出したわけで……まあ、はい、どうも的中だったらしく。
「まさか……ういさんが〝お友達〟の隣では、あんなに…………そ、その」
そうして、なんとも言えない顔で限界まで言葉を濁した末。
「………………………………む、無邪気奔放に、なられるとは、思わず……」
「っふ……」
絞り出したような配慮の感想に、まず笑み一つ。
「ルクスさんは、あの…………いつものこと、ですけど」
「っは……」
次いで、あんまりではあるが果てしなく残当でもある言葉で二つ。
「まさか……まさかアイリスさんが、私に二人まとめて丸投げするなんて……」
「くっふは……思わなかったかぁ? 俺は読めてたけどなぁ」
最後に、哀愁くたびれ極まる珍しい少女の様子で、締めて三つ。
ありありと脳裏に浮かぶ『どうにもならない』賑やかの極致へ愉快を示し、事実として微笑ましい他人事を笑う俺をソラはジト目で睨んだ。
────睨みながらも、
「……あんまり意地悪ばかり言うと、今度はハルを連れていきますからね」
「ごめん。俺、次回以降も宴会場で需要供給する予定なんで無理」
「もうっ……! じゃあ私が【干支森】に避難します……!」
「ごめん。ウチへ来る限界暴徒共の前に俺の相棒を晒した結果、起こり得る大惨事もとい処置なしの阿鼻叫喚が簡単に想像できるから安全性を鑑みて無しの方向で」
「もうっ……!!!」
いつしか、攻撃の手は止まり────いつしか、おそらく今度は無意識ではなく。また俺の手をニギニギし始めている華奢な指を、くすぐり返しながら。
そのまま暫く相棒同士二人。
「ぁ。さておき例のメイド服、ご披露しましょうか? ニア曰く『ソラたちのメイド服姿を見たんだから〝お返し〟するべきだよね』ってな理論のゴリ押しだったわけで、その謎説法に屈し負けを認めた以上はソラにも見せとく義務が────」
「け、結構ですっ……! いいです、そんな、いろんな意味で怖いのでっ……!」
僅かばかりとはいえ時を隔てた静かな逢瀬を、和やかに楽しんだ。
これが一周回って恋人なんて距離感を超越したパートナー同士の様だそうです。




