選抜本戦、第二試合……を終えて
「―――ゔぁ゛あー……」
「ふふ……おつかれさまでした」
大きく息を吐き出しながらソファに倒れ込んだ俺の隣、労わるようなソラの笑顔が眩しい……のだが、こんな癒し効果を一戦毎に頂戴してしまって大丈夫か?何らかの不正行為に引っかかってない?
そんなアホな事を考える程度の心的余裕はあるものの、精神的にはそれなりの消耗具合を自覚せざるを得ない。
【ElephantThree】氏との対戦後、数分と間を置かずに連行された第二試合。
俺と同タイプの高機動型軽戦士との一戦は、AGIで勝る俺が一方的に距離を取りつつ小兎刀で相手をハチの巣にする事で幕を閉じた。
それだけ言えば酷い絵面を想像するかもしれないが、実際はかなりの激戦の様相を呈したものだ。引き撃ち重点の一方的な試合とはいえ、互いに時速百キロを優に超える人外機動でお送りしたわけだからな。
なんか一戦目よりもやたら人数を増した観衆も湧いていたし、無様な試合とはならずに済んだように思える。
結局のところ、此方の動きに付いてこられる御同業が一番怖いからな……圧倒的に経験が足りないせいで相手の行動を予測する事が難しい俺としては、是が非でも接近を許したくはなかったのだ。
いやはや、やはり特筆すべきは小兎刀―――否、【兎短刀・刃螺紅楽群】のぶっ壊れ具合よ。
本体とほぼ同スペックの分体を僅かなMPで無制限に作り放題とか、意味が分からな過ぎて禁止武器でも使っているような気になってくる。
なおかつ、その分体である【刃螺紅楽群・小兎刀】には未だ温存出来ている特殊能力が二つも秘められており、更には本体の方にも直接武装としてのメイン効果が備わっているとか正気かよカグラさん。
当然そのあたおか性能を実現するためのリソースを得るため、とある一点で笑ってしまうレベルの欠陥を抱えちゃいるのだが……それもなぁ、アレがアレしちゃうからなぁ。
小兎刀を生成するためには本体の兎短刀自体を装備状態にしておく必要があるため、これまでとは違い常に腰に帯刀しておく必要はある。
けれどこの兎短刀、短刀カテゴリとしては最大級らしい三十センチを超えるサイズにも関わらず羽のように軽い。なので常時帯刀と言えども感覚的にはこれまでと何ら変わらず、アバター操作に支障は無い点が素直に素晴らしい。
現実なら腰に刀を下げて俺のように跳び回ったら、爆速で鞘から吹っ飛んでいきそうなものだが……プレイヤー本人が抜こうとしない限り、そんなアホみたいな事故は起こらない辺り流石ゲームといったところか。
―――とまあ、そんな神武器様のお陰もあって、順調にここまで勝ち進んではいるものの……
「やっぱり人同士……PvPって、大変そうですね」
「そうなぁ、こう……緊張感がね。メンタル面を削って来るよね……」
苦手とは言わないが……やっぱ俺、vEのが性に合ってる気がするなぁ。
特有の緊張感の中で、プレイヤー同士バチバチにやり合う対人戦の魅力もまた理解出来る―――が、少なくともアルカディアに於いては、協力しあって強大なモンスターに挑む方が俺は好きだ。
「ハルでそれなら、私にはやっぱり難しそうです」
「どうかな?経験したら案外バッチリ、なんて事もあるかもしれないぞ?」
そう返せば、冗談と取られたのだろうか。クスリと笑みを零すソラさんだが、俺としてはわりと冗談ではない。
ソラの場合、もうマジで【剣製の円環】の性能が専用の《魔法剣適性》ツリーと併せて狂いまくってるからな……絶え間なく生成した魔剣を《追尾投射》スキルで乱れ撃つだけで、大抵のプレイヤー相手に無双できる可能性すらある。
少なくとも、俺はぶっちゃけ「向かい合ってよーいドン」でソラとやり合ったら勝てないまであるからな。
既に十八番になりつつある開幕《瞬間転速》からの一撃で、ワンチャン何とかなるかな程度か。
ただ、【神楔の王剣】戦でも披露されたようにソラはあれで対応力の塊であるからして、なんやかんや手痛い反撃を喰らってそのままジ・エンドという未来がですね……
パートナーの欲目で過剰評価している可能性も無いではないが、まあそんな感じ。対人戦においても、自慢の相棒殿は間違いなく輝けるスペックを秘めていらっしゃる事だろう―――
ぐでっとソファに倒れ込むまま思案する俺の横で、早速「いつでも貸す」という言質に則り此方の右手を摘まんで御満悦のソラさん。
超可愛い―――けど、超強いんだぜこのパートナー様。もはや誰にだって自慢できてしまう、無敵の相棒である。
―――間もなく、選抜戦トーナメント第三試合を開始します。
「おっと」
我ながらイチャついていると言われたら何も反論できない休憩時間を甘受している所に、三度目ともなれば見慣れた通知が届けられる。
転移開始のカウントダウンを目で追う俺に、ソラもまた三度目の応援の言葉。
「今度も応援してます。頑張ってください、ハル」
ぎゅうと手を握られて笑顔まで頂戴してしまえば、それはもう男にとって無敵のバフアップに相違無い。
精神摩耗が何だって? この子のためなら無限に格好付けられるぜ俺は。
「任せなさい」
二ッと笑い返す俺を、ひと足先に包む転移の光。
第三試合のお相手は【蝦蟇河童】氏。カエルだかカッパだか知らないが、また全力で挑ませてもらうとしよう。
そう、誰が相手だろうと俺は全力で挑むのみ―――続く第四試合に待ち受けるであろう不倒の壁については、出来るだけ考えない方向でいこうと思う。
◇◆◇◆◇
「―――ようロッタ、いい見せもんだったぜ?」
第一試合、第二試合と経て、今しがたまたもスピード決着と相成った第三試合。
近距離型の魔法士としてそれなりに名の知れた【蝦蟇河童】を、白蒼の青年が冗談みたいな巨大戦斧による一撃で情け容赦無しに叩き潰してから、数分後の事。
そそくさと退場したハルに追随するように、会場を後にする観戦者達に比例して喧騒も落ち着いた闘技場―――その特別席スペースにて、一人の男がロッタへと話しかけた。
先程まで隣にいた少女のものとは似つかない、ギラついた荒々しい金髪。獅子の鬣の如く逆撫でられた髪を揺らして、巌のような大男が「かっか」と快活に笑う。
「それは良かった―――来て頂いてありがとうございます、ゴルドウさん」
ロッタが丁寧にそう返せば、男―――イスティア序列第三位【総大将】ゴルドウその人は、「よせや堅っ苦しい」と笑い飛ばした。
「流石は【見識者】、よくよくまあとんでもねぇ原石を見つけてくるもんだぜ」
「それこそよしてください。今回に限っては本当に偶然で……最初は全く、見当違いに侮ってしまった程ですから」
それは決して謙遜ではなく、恥ずべき失態の告白に他ならない。真面目くさった声音でそう言うロッタにゴルドウは一度意外そうな顔を見せた後、また深い笑みを浮かべて面白そうに鼻を鳴らす。
「ありゃあ確かにバケモンだな。遠目だってのに姿が霞んで見えたぞ? よくまあアレで身体を思うように動かせるもんだぜ」
「本人にチラっと尋ねましたけど、動いてる最中は何も考えてないらしいですよ」
と、ハル自身は何でもない事のように語っていた事実を口にする。すると厳ついながらもどこか愛嬌がある顔をキョトンとさせて、ゴルドウは顎髭を擦りながら「なんだそりゃ」と零した。
「あの超高速機動に移る直前に、見て、敷いて、辿るんだそうです。一息で自分が駆け抜ける道筋を、全て」
「―――……」
開幕の一瞬、たったのワンアクションで終わった今の試合は、まだ良い。
けれどハルは―――あの怪物のような青年はこれまで何度も、その当たり前とでも言わんばかりに語った過程を、目まぐるしい連続戦闘の中で立て続けに行っているのだ。
ロッタがこれまでに見た限りでは、場合によっては一秒にも満たないインターバル。
その僅かな時間の中で、彼が本当に自身で語った通りの事をやってのけているとするのならば―――
「―――才能持ち…………二人目の、か……?」
序列第三位が見せる、珍しいにも程がある呆然とした顔。
仮想世界に於ける直属の上司でもある【総大将】の問いに、ロッタはまだ頷くほどの確信を持っていない。
けれど―――
「可能性は大いにある……そうであれと、僕は願ってますよ」
男二人で見合わせた顔、その両方に凶悪なまでの深い笑みが浮かぶのは、止められない。
「―――彼こそが、僕らが待ち続けたこの世界の最前を走る者、その二人目だと」
名前すら描写されないハチの巣軽戦士君かわいそう。