友達と夜更かしを
────星空イベントにおいて【干支森】グループは、無数にある現行集団の中で『最優』の観光地を築いた『最強』の精鋭集団として囃し立てられている。
始まりは、まだ立場に染まり切っていなかった誰かさんが一切の自重をせず、一般勢たちと限界まで楽しむまま初回時に駆け抜けてしまったことから。
至近で輝きを浴び放題に浴びたグループ員は一人残らず触発され、時を経て今や逸般勢へと遷りかけている者が多数。流石に四柱や『色持ち』レイドに選抜されるような最上位層には届かないまでも、下手をすれば一歩劣る程度の者もチラホラ。
そんな集団の中に基本一名以上の『序列持ち』が常駐しているのだから、さもありなんといった具合。シンプルに戦力過剰を地で行く陣容と相成っているわけだ。
やれ追い付け追い越せと息巻いている他グループも名は上げているものの……なんともはや熱意が尽きず、爆走にて突き放し続ける【干支森】勢といった現状。
正直なところ、もう『序列持ち』など必要のないレベルに達している。
居るから、頼ってヨシと公言しているから『ではそのように』と必要性が生まれるのであって、最後方の〝保険〟が消えたとて……おそらく。
もう彼らは、危なげなく全てのイベント工程を完走してみせることだろう。
……つまり、どういうことかといえば。
かつて『守護神』だの『保護者』だのと持ち上げられていた枠は現在、基本的に時々よっこらせと腰を上げる程度の暇な席になっている、というわけで────
「……………………………………んん……っ、ふは……ぁ…………」
静かな夜に、伸びをする子猫の吐息が響いた。
見上げても星は見えず、天蓋を覆うのは宙に代わる大地。イベント時に転移させられる『鏡面の空界』特有の景色だが、五回目ともなれば慣れも感じる。
これも仮想世界特有の常に動き回る慌ただしい星たちを見たくば、視線は水平。大地と大地に挟まれた、遥か彼方へ目を凝らすしかない……なんて、
別に、星見の趣味などないけれど。
「………………………………………………………………」
一般勢は勿論。逸般勢でさえ置き去りに。最上位層からも飛び抜けた位置に在る自覚、そして感知系プレイヤーとしては最高峰という自負を以って。
……そして、基本的に暇しているからという事実を以って。
第三回目から、数えて三度目。
生意気な後輩に誘われて、のこのこ引っ張られて来てしまってから、三度目。もう当然の習慣と化してしまった夜番にて、櫓の上で過ごすのも慣れてしまった。
……いや、慣れたどころか。
「……………………気に入らないわ」
二ヶ月に一度のルーティーン。これに対して、どこか心地良さを享受するまでに絆されてしまっている自分が……気に入らないというか、なんというか。
言語化が憚られる感情で以って、面白くないというか。
「…………はぁっ」
溜息、ひとつ。
見下ろせば壮観と言わざるを得ない、広がり続ける立派な拠点。その全周を取り囲み、更には外周の森奥へまで伸びる〝糸〟の端々までを意識で捉えながら、ナツメは単独で攫った務めを全うするべく────……そう、
本来なら、静かな一人の時間を堪能しつつ、全うするべく集中するのが、
いつもの常……だったのだが。
「────ぃやはー……いつ見ても、何回見ても、なにがなんだかわかんないや」
今日の夜は珍しく、隣に親しんだ気配がいる。然らば……気を抜きポヤついている声音を耳で受け取り、ナツメは小さく笑みを零した。
無意識のそれ。どこかの生意気な後輩が相手であれば決して見せない、こちらも力の抜けた優しい微笑。引っ込める理由もなく、それを浮かべるまま。
「何回も見た程度で理解されちゃ、こちとら商売あがったりってのよ」
ナツメは棘のない声音と冗談で以って、友人の言葉を転がして返した。
「流石の序列持ち様……その、さぁ。糸? 何十本どころか何百本もシュルシュル自由自在に動いてるように見えるんだけど、なにがどうなってんの……?」
「どうって言われても……」
アバターの身長は大して変わらないはずなのに、どうも自分より小柄に見えてしまうのは至極ちょこちょことした立ち振る舞いのせいだろうか。
櫓の高欄に頬杖を突いて、パチパチと大きな藍色の瞳を瞬かせている様が実に可愛らしい────ナツメ自身は不得手としている『女子モーション』の類。
「手、足りなくない……? ぁ、実は見えてないだけで何百本も生えてる?」
「そんなわけないでしょ」
羨ましいとは思わないが、眺めるのは嫌いじゃない。ナツメに限らず『良い子』『素直な子』『かわいい子』が嫌いな人間など極少数派だろうて。
「簡単よ。糸を使って糸を操って、そのまた糸を使って糸を操った糸で糸を」
「あーごめんなさいごめんなさい聞いたニアちゃんが悪うございましたー……!」
「ふっ」
「その笑い方クールで格好良くて悔しくなっちゃうからヤメてくれますかー」
────と。得難い時間に、頬を緩ませるのも然りであろうて。
「……で、眠くないの? 別に付き合ってくれなくても大丈夫よ」
「お付き合いしまーす。眠くないからー」
曰く、アレとリィナの攻略再現作業中。最初の一時間程度は興味を以って眺めていたらしいのだが、途中で暇になり気付けば居眠りしてしまったとかなんとか。
なので星空イベント特有の眠気デバフ到来が遅れており、まだ眠たくないのだとか。なんとも平和なエピソードだと、また笑みを零しつつ……。
「……居眠り」
「ぅ、何度も言わないで。頑張ってる隣でとか地味に申し訳ないと思っ」
「────ふーん、隣で? 誰の? どんな風に?」
十指にて手繰る〝糸〟たち……そのまた先に絡め紡ぐ〝糸〟たち……全てにおいて、異常ナシ。ならばと暇に飽かして、ナツメは友人を揶揄いに掛かる。
「ベッド? 肩? それとも膝かしら?」
「ぇ、あの、ちょ、ちょちょ……な、なんですか。なんで急にスイッチ入っ」
「察するに、膝の上は流れるようにリィナ先輩が占領したと思うのよね……だから、まあ『隣で』って発言も加味すると肩に凭れて寝落ちが有力……」
「ねぇちょっとヤメテ怖いです序列持ちの洞察力を無駄活用しないで────」
「んでアイツのことだから、目が覚めたら膝枕だった……と見たわ」
「もう本当なっちゃんさんッ……!!!」
然して、愉快。一人の夜番も好……嫌いではないが、たまには友を隣に賑やかな夜番も悪くはない。いわんや単なる友ではなく────
「ちぇー……なんだよちぇー、自分は弄り所ないからってさー……!」
「ふっ」
「ハイまた出ましたよクール美人の『ふっ』! 姫とかもそうだけど見せ付けてくれちゃってさぁ格好良い大人女子が遠い哀れなニアちゃんにさぁ……!」
現代において普通ならば有り得ない、死線とも言うべき修羅場を、共に全力を賭して潜り抜けた戦友ともなれば……まさしく、有り得ないほどに。
「大丈夫よ。ニアは今のままで格好良いから」
「取って付けたような慰めなんていりませーん!」
「あら、本心なのに」
嫌いではない、好ましい時間と思えよう。
ましてや、二人に加えて。
『『────、──、────────』』
先程から、夜番を始めて、二人で揃って喚び出してから、ずっと。
「………………………………ニア、何度でも言うけど」
「ぁはい。なんでしょ」
頬杖を突く『宿主』の片方と同じく、櫓の高欄。小さな小さな身体同士、じゃれ合う愛らしい姿も二つ、声はなくとも場を賑やかしてくれるとあらば────
「二匹揃うと、なんかもう可愛過ぎて眩暈がしてくるわ……」
「それは本当にそうなんよ」
真の意味では、どこにも暇などないわけで。
じゃれあうは、小さな身体を星空で満たした〝小鼠〟が二匹。その片方はニアが従えるヴィス……こっそり教わった正式名【весна】であり、
そのヴィスよりも僅かに小柄、両目の位置には薄桜色の双星。
そんな、もう一方の名は────
「────【Kirsch】」
『────!』
呼べば一目散。機敏に高欄を駆けてはナツメの肩に飛び乗り、これ以上ないというほど熱心な愛情表現とばかり首へ全身を擦りつけてくる……可愛い僕。
前回、念願叶って森の中で見つけ出した二匹目の『干支の王』である。
「あぁ、もう、ほんと…………アルカディア始めて良かった……」
「うわぁ、メチャメチャ感情こもってるぅ……」
然らば、次いで笑むのはニアの番。
それこそ決して、決ッッッッッして誰かさんなどには永劫の果てまで見せることはないだろうデレデレに蕩けた顔で〝小鼠〟を甘やかし始めたナツメの傍ら。
格好良いばかりではなく、しっかりと可愛らしい面もある友人を、藍色が仕返しとばかり揶揄い始めて────長い夜は足早に、穏やかに過ぎていった。
高欄になりたい。触れも見えもしない逆サイドとかで構わないから。




