好きなんです
「―――それじゃ、僕はこの辺で失礼するよ」
称号保持者たちの御名前を拝見してから暫くの後。再び先程の待合室へと戻り追加の説明をアレコレしてくれたロッタが、そう言って立ち上がった。
「何からなにまでありがとな。助かった」
「シードの件も含めて、どのみち説明は必要だったからね。期待のスーパールーキーと多少は打ち解けられたんだ、僕としても得る物はあったよ」
人を揶揄うような一面も見せたものの、彼はやはり紛う事なき「イイ奴」で……自然と差し出された右手に、俺もまた躊躇い無く握手を返す。
「残念ながら僕は本試合に出る事は無いけど……その分、推しの応援に行かせてもらうからね」
「っは、無様を晒さないように気張ってくよ」
そうして解いた手を、今度はソラへ。
「ソラちゃんも、付き合ってくれてありがとう。将来有望な『剣士』様と知り合えて、心から光栄だ」
「そ、そんな……!此方こそ、色々と教えてくださってありがとうございましたっ」
こちらも微笑ましい様子で握手を交わし、「さて」とウィンドウを操作して―――腹立つくらい様になった仕草でロッタがウィンクを飛ばすと、俺たち二人の眼前にフレンド申請の窓が開く。
一も二も無く揃ってYESを叩けば、俺とソラにとって四人目の友人がフレンドリストに刻まれた。
「それじゃあ、今後ともよろしくという事で」
「あぁ、よろしくな」
「よろしくお願いします」
改めて挨拶を交わしてから、ロッタは転移で待合室を後にする―――かと思いきや、何やら思い付いた様子で彼は少々の思案顔。
「ごめん、ちょっとした提案。どうせ二人ともハルの観戦をするなら……ソラちゃんさえ良ければ、一緒に応援するかい?」
「はい……? はぇっ」
と、向けられた提案は俺ではなくソラの方へ。
俺としては驚くという程でもなかったが、それでも何となく意外な提案にソラの反応を窺う。
急に水を向けられたソラはあわあわと戸惑いながら、何と答えればいいのやら迷っているご様子。
「一般の観戦席じゃなくて、僕みたいな運営側が陣取る特別スペースがあるんだよ。あまりに好き勝手やるのは褒められないけど、一人ゲストを招待するくらいは何の問題も無い」
「そ、れはっ…………あの、良いんでしょうか……?」
「一般席の方は、注目が集まる試合だとギュウギュウ詰めになる事もあるからね。可愛いパートナーが心配で、ハルが試合に集中出来なくなったら大問題だ」
確かにそれは大問題だ。
まかり間違ってソラが野郎どもにおしくらまんじゅうでもされようものなら、俺は対戦相手ではなくそいつら相手に武器を投げかねないだろう。
ソラからチラと意見を求めるように視線を投げられて、俺は迷わず頷いて見せる。
「お言葉に甘えて良いんじゃないか?」
どうせなら、頑張る姿は特等席から見て貰いたいしな。
「では、その……ご一緒させてもらえますか?」
「勿論だよ。少し用事があるから一旦失礼するけど……ハルが会場へ転送されるタイミングに合わせて、遠隔操作で転移の受諾申請を送ろう」
「はい、よろしくお願いしますっ」
どこまでも素直で丁寧な振る舞いのソラに、ロッタが向ける視線は優しい。分かるぞ友よ、男ならこの子に庇護欲を掻き立てられない訳が無いよな―――
「ちなみに、ハル」
「おん?」
「一応言っておくけど、僕は妻子持ちだから。僕らが二人きりになっても、余計な心配はいらないからね?」
コイツ―――!!
「ぁ、あの、ちがっ……!!」
「それこそ余計なお世話だ。はよ仕事しろ『視察官』殿」
何となくモテるだろうなとは察していたので、特に驚きは無い。
敏感に言葉の意味を察してテンパり出すソラを、ぽすっと頭に乗っけた片手で宥めつつ。
また爽やかな面に似合わないニヤケ顔を向けてくるロッタを追い払うように、俺は「シッシ」ともう片方の手を振るのだった。
◇◆◇◆◇
「もう……酷いですロッタさん。揶揄ってごめん、なんて言っておいて」
ロッタが「それじゃあね」と転移の光に姿を消して数十秒、思いのほか早く落ち着きを取り戻したソラが、珍しく俺以外の相手に憤慨していらっしゃる。
あまり見ない様子を微笑ましく眺めながら、俺は視界端のUIクロックに視線を飛ばした。
ロッタから第一予選が全て終了したことは少し前に聞かされており、予定通りなら既に第二予選が開始されている頃。
第一とは違い、第二は『委員会』が適宜振り分けた相手とのタイマン勝負。なので通例、そう長い時間は掛からないとの事だ。
その後の本試合に関しても、組み分け⇒開戦までの流れをシステム側が爆速で取り仕切ってくれるらしい。もう少しすれば俺の元にもトーナメント表が通知され、その後はさっさと試合会場へ転移させられる事だろう。
一万人規模の選抜戦で、日程は今日と明日の二日限りだからな。トントン拍子で進めなければ終わりようがないのは、考えずとも分かるというもの―――
「で、ソラさんや」
「はい?」
思考を切り上げて隣に目を向ければ、此方を見上げてくるソラは既に平常運転の柔らかい笑顔。別に本気で怒っていた訳でもないのだろう、そんな事は分かっちゃいたのだが―――
「あの、さ……まず前提として、俺は全く嫌な訳じゃないという事を踏まえて……その、御尋ね申すんだけど」
ひとつ、問題とも言えない問題があってですねぇ?
「ええとね……つまり―――これ、癖になってない?」
言いつつ、俺が左手を持ち上げれば―――いつの間にやら、控え目にその指先を握っていた小さな手が一緒に付いてくる。
「―――――――――……ぇ」
と、「なんでしょう?」とキョトンとしていたソラの表情がピタリと止まる。これは……察しちゃいたけど無意識でしたか。
いやね? ここのところソラの方から手を繋いでくる事が多いというか、気付けば手を取られているシーンがチラホラあるというか……
そして今さっき、何の疑問も抱いていないかの如く自然に指先を握られて確信した―――なんか手を繋ぐのが癖になってますねこの子?
「「………………」」
俺達の関係が周囲から見れば微妙なことは理解しているため、黙ってそうさせておくのもどうかと思い指摘してみたんだが……ぁ、来るぞ。はいさーん、にーい、いーち―――
「――――――……ッッ!!??!?!」
先刻ロッタに揶揄われた時と同じ―――否、比べ物にならない勢いで赤熱したソラの頭から、ぼふん!とちょっと心配になる規模で煙が上がる。
その動揺たるや、手を離すことも距離を取ることも出来ずに身を固めてしまうほど。激しく瞳を揺らしながら真っ赤な顔でただあわあわと口元を震わせる少女に、俺は何と言ったら良いのやら。
「っ……、…………、い、言い訳……を、させて、ください」
「は、はい、どうぞ……」
間違いなく過去一の壊れ方を見せるソラに気後れしつつ、メンタルソフトタッチを心掛けて優しい声を絞り出す。
いや、あの……手、離した方が良くない? どうして更に強くお握りになられるんでしょうか―――
「あの、わた、私……小さい頃から、手を繋ぐのが、好きで」
「う、うん」
「お母さんと、お父さんと………………あと、弟と」
「うん」
「ずっと誰かと手を繋ぎたがるから、たまに困らせちゃうくらいで」
少しずつ、ソラの声音が落ち着いていく。顔はまだ可哀想なくらい朱に染まり切って、俺に縋る小さな手は、微かに震えたままではあるが。
「だから、だから、あの……信頼したり、懐いてしまったり…………こ、心を許した相手には、今でもたまに、無意識で手を伸ばしてしまう癖が」
「分かった」
まだ何か言いかけていたのは承知している。けれど俺は彼女の言葉を遮って、指先に絡んでいたその手をしっかり握り返した。
「っ……」
「嫌じゃないって言ったろ? そんな可愛い癖があるってんなら是非も無しってね」
つまりは、これもまたソラにとって信頼の証というわけだ。
単純に、嬉しく思うよ。そんないじらしい相棒のためなら、男としての下心などノータイムのアッパーカットで熨してくれよう。
「俺の手なんかいつだって空いてるからな。大事なパートナー殿には、永久無料パスを進呈しよう」
さて、格好付けてみたけどその甲斐は―――あぁ、あったみたいだな。
顔を伏せてしまい表情は見えないが……ソラの手を握り返した俺の手に、彼女のもう片方の手が乗せられる。
「……ハル」
「うん?」
その声音の熱は……うん、聞き流すとしよう。俺まで恥ずかしくなってしまったら、彼女の『癖』に応えていられなくなる。
「私……やっぱり、好きです。誰かと、こうして手を繋ぐの」
「……お互いのために、人前は気を付けような。二人の時なら、いつでも貸すから」
素直にコクリと頷いてから、ソラはそのまま暫く俺の手を握るままに動きを止めて―――
「あの、やっぱりちゃんと言いたかったので、いま言います」
まだ熱の抜けない顔を持ち上げると、微かに揺れる琥珀色の瞳が俺を見つめて、
「……予選突破、おめでとうございます。とっても格好良かったですよ、ハル」
「―――……っはは」
なんて、余りの事に思わず笑いが零れてしまった。
頬を染めたまま、不思議そうに首を傾げるソラから視線を逸らす。
どうしようなこれ―――いや、本当に。
俺の相棒が可愛すぎて、どうにかなってしまいそうだよ。
手を繋ぐ。人とのふれあいで一番好き。