序列
―――序列、というものがあるらしい。
各陣営毎に一位から十位まで。基本的に『戦闘能力』を評価対象とするこの順位付けは、正しくその陣営の頂点に君臨するプレイヤー達の座。
基本的にというのは、平和の加護を掲げるヴェストールに関しては別の評価対象があるため。
カグラさん然り、ニア然り。職人達が集う西陣営らしく、あちらさんは魔工師としての技術力が要されるのだとか―――
「…………そんな話をしたという事は、つまり」
「お察しの通り―――そんな彼らもキッチリ選抜戦には参加するよ。指定席があるのは、既に陣営代表として選ばれている指揮官役だけさ」
それはまあ分かるが……マジかぁ。
「わざわざ参加させる意味あるのか……?それ、単に運悪く当たった奴は終わりってだけの妨害キャラになってない?」
「色々と理由はあるけど、一番大きいのは一般参加者側からの要望なんだよ」
「えぇ……」
なにそれ、どういう意図を持って?なぜ自分達から進んで無理ゲーレベルのボスキャラ配置を望んでいくのか……
と、そんな俺の困惑を読み取ったのだろう。
「成程、ここまでなのか……君も苦労してそうだね、ソラちゃん」
「あは……流石にそろそろ慣れてはきましたが」
何やら似たような感情を共有しているらしきソラとロッタ。
……あぁ、はい。またですか、また俺の無知が火を噴きましたか。
「あのですね、ハル。このゲームをプレイしている人口……えと、アクティブ数、ですか? それがどれくらいかは知っていますよね?」
「あー、と……確か、二千七百万だったか?」
「はい、正解です」
カグラさんから常識をぶち込まれた例の日を境に、俺だってこれでも少しずつ勉強はしているのだ。
その甲斐あって蓄積途中の知識の中から正答を言い当てれば、ソラ先生が「よく出来ました」とばかりに微笑んで見せて……何かに目覚めそうだから、そのプレイやめて下さる?
「序列に名を連ねる方達は、その三千万人に迫るアルカディアプレイヤーの上位四十人なんですよ?全世界から注目を浴びる仮想世界、その頂点にいる四十人です」
「………………そう、だね」
……いや、うん。少し考えれば分かる事だな?
未だにこの世界に対して「あくまでゲーム」という感情が捨てきれていない事を自覚する。まるで諭されるようにソラに思考を導かれて、己の間抜けさに若干自信を無くしてしまう。
「つまり、アレだな? その序列持ち連中は―――いわゆる人間国宝みたいな扱いなんだな?」
……口にした瞬間、自分でも笑いそうになったのでロッタが吹き出したのは許す。ソラさんも口元ヒクつかせてないで笑ってくれて良いんだよ、怒らないから。
よりにもよって何で人間国宝なんて単語が飛び出した?もっと他にも例えあっただろ俺。
「……他にも金メダリストとかメジャーリーガーとかロックスターとか映画俳優とかトップモデルとかアイドルとか宇宙飛行士とか三ツ星シェフとかM-1覇者とか校長先生とか」
「こうちょっ……!」
「っふふ……!」
こうなったらむしろ徹底的に笑わせてやろうかと、思い付く「凄い人間」を片っ端から並べ立てていく。
その内いくつかがツボに入ったのか、開始数秒でロッタが撃沈。ソラは笑みに緩んだ口元を誤魔化すように、怒ったフリをしながら俺の二の腕を叩いてくる。
よし、俺が一人でスベったみたいな空気は押し流せたな。
「で?―――その人間国宝が何だって?」
「ぶっは……!!」
「もう、ハルっ……!!」
締めに天丼でトドメを刺してやれば、ロッタは腹を抱えて暫く行動不能に陥り―――ソラさんは顔を隠すように此方へ額を押し付けながら、ひたすら俺の膝をペシペシやり始めた。
……何の話してたんだっけ?
「ん゛ん……えー、つまりだね。序列持ちっていうのはそういうレベルの有名人な訳で、そんな彼らと手合わせ出来る機会が欲しいっていうのが簡単な内情さ」
「理解したよ」
そんな事になってるのがイスティアだけって事実も含めてな。
この戦闘狂陣営め、嫌いじゃないぞ。
「結局のところ何が言いたかったのかって話だけど―――選抜戦の本試合はそんな正真正銘の怪物や、それに喜んで挑むような準怪物だらけだよって事さ」
「ロッタでも歯が立たないレベルの、ねぇ」
いやまぁ、正直ロッタ自身の実力を正確に把握している訳でもないのだが……あのさぁ、俺はそのロッタに対して「歯が立たなそう」って思ったばかりなんだけど?
「ちなみに君、確実に僕より強いから安心して良いよ」
少なくとも自分のように歯が立たないって事にはならないだろう、とロッタが笑う。なにわろてんねん、本当かよ……
猜疑の目を向ける俺に苦笑を返しながら、彼はお手上げとばかりに両手を上げて言う。
「あんなデタラメな速度で翻弄されたら、僕には対処のしようがない。カウンターで一発狙うくらいは出来るだろうけど……」
言葉を切り、ロッタは目を細めて見定めるような視線を返し―――
「そもそも君、まだほとんど手札を切ってないよね?」
「…………」
断言されて、思わず目を逸らす。視界の端で盗み見たロッタの顔には、どういう感情なのかやたら嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
いやまぁ……確かにあの場で披露したのはステータス構成の一端と、《ブリンクスイッチ》による瞬間武装変更。あとは【魔煌角槍・紅蓮奮】の自己強化能力くらいのものだが。
「一応、プレイング的には全力だったぞ」
それは事実。意図して手札を温存したのは確かだが、戦闘に挑むギア自体は紛う事なき全力だった。普通に何度か死にかけたしなぁ……
「まぁその辺りは、この後の試合を楽しみにさせてもらうよ―――さておき」
と、おもむろに腰を上げたロッタが、何やらウィンドウを操作し始める。ソラと並んで見守っていれば、俺達の眼前にピロンとポップアップするのは転移の受諾要請。
「本試合までは少し時間が空く事だし……どうせだから、見に行こうか?」
「見に行く?なにを?」
第二予選の観戦にでも行くつもりか?などと思いながら問いかければ、彼は勿体ぶるように微笑みながら言葉を溜めて言う。
「イスティアの頂点に連なる、序列称号者達の名前をさ」
◇◆◇◆◇
「わぁ……」
「それっぽいな……」
転移によって誘われた先は、先の闘技場よりも更に広い巨大なエントランス―――なのかどうかは分からないが、まあ超デカい玄関口っぽい大広間。
未だに外観が謎なものの、ここに来てようやく今いるこの場所が『城』の中らしい事を意識させられる。
周囲を行きかっている大勢のイスティアプレイヤー達が基本的に物々しい装備に身を包んでいるため、装飾や調度などから感じられる気品ある雰囲気とのミスマッチ感が否めないが……さておきだ。
息を漏らすソラと、その隣で思わず感心の声を上げてしまった俺の視線の先―――豪奢な金の枠取りが施された巨大な黒岩の石碑が、堂々とその威容を放っていた。
―――――Ranker's Title―――――
◇First【天下無法】―――【天元】◇
◇Second【剣聖】―――【Ui】◇
◇Third【総大将】―――【ゴルドウ】◇
◇Fourth【左翼】―――【Mi-na】◇
◇Fifth【右翼】―――【Ri-na】◇
◇Sixth【熱視線】―――【雛世】◇
◇Seventh【護刀】―――【囲炉裏】◇
◇Eighth【双拳】―――【ゲンコツ】◇
◇Ninth【不死】―――【Tetra】◇
◇Tenth【銀幕】―――【ゆらゆら】◇
―――――――――――――――――――
―――ッスゥウウウウウ…………か、格好良いじゃねえの。
「なんかこう……口に出して読み上げたくなるな」
「分かる」
通じ合っている男二人を置いて、元より知識のあったソラは何やら感動した様子でぽーっと石碑を見つめている。
序列称号者の話になったら少し饒舌になっていたし、あるいは誰かのファンだったりするのかもしれない。
「まあ見事に俺は誰一人として知らんわけだけど……ソラは?もしかして推しがいたり?」
興味のままに尋ねてみる―――すると彼女は少し照れた様子で、石碑の上部へと視線を向けた。
「えと、序列二位の方……【剣聖】の、ういさんに憧れていまして」
「ほう」
マジか、聞いておいてなんだが少々予想外。
ストレートに「憧れ」なんて言葉が飛び出して目を見張る俺を他所に、ロッタは何やら納得したような様子で頷いていた。
「成程ね。もしかすると、だから『剣士』なのかな?」
「あ、の……実はそうです、恥ずかしながら」
「ほぁー……」
との事で、どうやら初期からソラが近接戦闘―――というか、剣を扱いたがっていたのにはそんな理由があったらしい。
「もっとも、思っていた『剣士』とは随分違うカタチになっちゃいましたけど」
なんて冗談めかして笑う少女に、ロッタは「へぇ」と好奇心を隠さぬ表情。予選で大暴れした俺のペアという事もあり、ソラも色々と爆弾を抱えているのは察している様子。
けれどまぁ、まさか埒外の『魂依器』を抱えた『魔剣士』とは思うまいよ。いつの日かソラが表舞台に立つ日が来た暁には、存分に腰を抜かすがいい。
「……んで?これが全員相手になるってわけか?」
本試合の参加人数は600人前後と言っていたから、その内の十人となれば六十分の一。トーナメントを勝ち上がって行けば、遠からず当たる可能性はそう低くない―――
「いや、前衛枠の選抜戦に出てくるのは四人だけだよ」
と思いきや、涼しい顔でロッタが否定する。
「丁度、六位から九位までの連番だね。あとの六人は指揮官枠だったり火力支援枠だったり……内二人に至っては、そもそも四柱に参加しないから」
「え……序列持ちで参加しないとかあるの?」
嘘だろ?イスティアの序列持ちで?
「片方は二年前、公に引退宣言して仮想世界から去った」
「はぁ???」
ちょっと待て、ツッコミ所が多過ぎる。
え?どういう事?二年前に引退したプレイヤーの名前が、なんで未だに序列に残ってるの?
「もう片方はひたすら一人で技の研鑽を重ねる修行の人でね。これまで数え切れないほど参加を頼んではいるんだけど……初回の四柱で力を振るって以降は、一度も表に出てきてくれないんだ」
「えぇ……」
こっちはよく分からんが、自由人ってこと?初回は出場したって事は、その時に大規模戦闘は肌に合わんとかなったんだろうか―――
「ちなみに、引退したのが一位で隠居してるのが二位だよ」
「はぁッ!!??」
ワッザ!?
「いやいやいやツッコミきれんっ!二位はともかく一位はどうなってんだよ!?引退してから二年も順位が更新されてないって、どんなバケモノだ!?」
「そうだねぇ……『お姫様』と正面からの殴り合いが出来た唯一のプレイヤー、みたいな?」
そ、れは……ダメだ、そもそもその『お姫様』に関する知識が「超可愛い」くらいしかない俺では判断が付かん。
四柱戦争のアーカイブを見てみないとなぁ……最近、頭に詰め込む事が多過ぎて時間が足りねえんだわ。大学も選抜戦もあるしさぁ。
「いやもう……ほんと、よくもまあ善戦してるな我が陣営……」
「楽な状況じゃないのは確かだね。だからこそ―――」
度重なる衝撃発言に呆気に取られる俺の背中を叩いて、実に頼もしそうにロッタが笑う。
「改めて……僕ら『四柱運営委員会』は、君のような超新星を心から歓迎する―――大いに期待させてもらうよ、ハル」
朗らかな声音に「期待が重い」とげんなりする俺。
ずっと大人しくしているソラはと言えば、今に限っては隣でイジメられているパートナーは関心の外。
憧れのプレイヤーの名をキラキラした瞳で見つめる少女は、何を思っているのだろうか。落ち着きなくソワソワする身体に従って、眩い金の髪は楽しげに揺れていた。
Q.アクティブ人口やばくない?
A.やばい。これに関してもアレコレ内訳というか矛盾の無いように設定を組んではいるけど……詳しく説明し出すと特大のネタバレに触れる上、文字数が二万文字くらいになりそうなので許してください。