現在地点
────斯くして。
初手からの本名(?)ぶっぱという暴挙を躊躇う素振りもなく敢行した外見理知的イケメン野郎は、瞬くアーシェと閉口する俺の気を置き去りに、
「……で、思いの外お利口に病人してるな」
マジで欠片もイメージにそぐわない、下手すりゃ『怜悧』なんて言葉が似合ってしまうような落ち着いた視線。それで以って適当に豪華病室を見回しつつ。
「本人は元気にしてると聞いてたが、実は案外しんどいのか?」
流石に中身が見舞い品の類じゃなければ詐欺まである洒落た紙袋を、部屋のテーブルの上へ置きながら。外見の違和感に勝るとも劣らない口調を俺に向ける。
……関西弁は? ────なんてツッコミは、とりあえず後に回そうか。
「いや別に、起きれる。安静にしてた方が、誰かさんが落ち着くもんだから」
「…………」
と、言わなくても良かったかもしれないことを零してしまったのも、目前に現れた知らん人に対する動揺の表れと許していただくとしておいて。
ベッドから足を下ろし、上履きを引っ掻け立ち上がれば……様子を見るように。俺の動作を眺めていたトラ吉ことイバラギさんとやらは、薄く微笑むと、
「お前、甘いもの好きだろ?」
テーブルの上に置いた紙袋を、指先で突いて示した。
◇◆◇◆◇
「────いっっっっっや……美味」
「知る人ぞ知る看板ナシの名店より、一日十個の限定品だ。よく味わえ」
然して、洒落た紙袋の中から顔を出したのは同じく品の良い紙箱。そのまた中から現れたのは、輝くばかりのオーラを纏う実に高そうなチョコレートケーキ。
個数は五つ。証言を信じるのであれば各日供給の内から半分が此処に召喚されたということになるが、隠れた名店とやらのファン各位へ謎に申し訳なさとか感じている暇もない。アホみたいに美味くてヤバくてヤバい。
解釈違いの知的美形がよとか、関西弁が行方不明とか、一口で吹っ飛んだ。隣でアーシェも幸せそうな無表情で味わっているゆえ、その実力は本物である────
「ソラとニアちゃんは、どうしてる?」
「それぞれ自宅療養中。溺愛家族に軟禁されてるとさ。平和的な意味で」
「軟禁……いやまあ、平和的ってんなら…………んじゃ、もう一つずつ二人で食べろ。時間が経つと味が落ちる、店は教えてやるから感動の共有は後の機会にだ」
「なんだこの親切インテリヤクザ……」
「誰……?」
「このボケどもが。土産を堪能してなお煽るか」
とまあ、数は一応の四人分、だったようで。
「そんで? 身体の方は、真面目に異常ナシなんだな?」
それに加えて、しっかり茶化さず俺の心配まで持参している徹底っぷり。マジで誰だよコイツと指差したい気がないでもないが、ここまでされちゃ仕方ない。
「あぁ、問題ない。そっちも診断結果は受け取ったんだろ?」
「おう、今日な」
「俺も一緒。ちょい他と違う部分はあったけど、負荷やダメージを負ったわけではないだろうって結論は変わらないとさ。────心配かけたな」
礼の一つも返しておかなきゃ、流石に失礼が過ぎるというもの。そう思い、むず痒さを抑えて真摯に答えれば……なんというか、ようやくのこと。
「そら結構。互いに何よりだ」
眼鏡の奥にて見知った笑みが形作られ、目前の顔と友人の顔が繋がった。
「トラ……えー、と」
「角助でいい。茨木さんはやめろ。角助さんもやめとけ。────角さんも助さんも許さん。んで、向こうの名前も極力こっちじゃナシで頼む」
有無を言わさず遠慮ナシに要求を投げてくるところも、らしいっちゃらしい。
然らば、流石に現実世界で初対面の年上をリアルネーム呼び捨ては抵抗あるんだが……と思いつつ。確かに俺がコイツ相手に『さん付け』とか傍から見ても気持ち悪すぎるだろうと、諦めて素直に頷いておいた。
「わかった、じゃあ、角助」
「おう」
といったところ、ようやっとの頃合いと見て────
「なんでいきなり本名ぶっぱした?」
「あ? 別に、公平を期したってだけだが」
ツッコミを入れたところ、返ってきたのは思いもよらぬ真顔であった。チラと隣同士で視線を交え、アーシェと揃い首を傾げて見れば……。
「現実でも顔合わせたってのに、こっちだけ本名を知ってんのフェアじゃないだろ? ────いや、ハルはともかく。姫さんの方だよ」
「あぁー…………、……あぁー……?」
「……?」
更に返ってきたのは、やはり思いもよらぬ……というかなんというか、馬鹿馬鹿しいまでに馬鹿正直かつ馬鹿真面目な面白タイガー倫理。
要するに、現実世界でも対面することになったアーシェの本名、アリシア・ホワイトという『情報』を自分だけが持っているのに遠慮したということらしい。
言いたいことは理解できるが、やはり、なんというか……──いや、
「一周、回って……?」
「……知ってる、人ね」
うん。重ねて、らしいっちゃらしいのか。
テンションモンスター大雑把がさつの化身に見えて、妙なところで律儀だったりキャラクター性に殉じるが如く人情味に厚かったり────うん。
確かに、この人は俺たちの知る【タイガー☆ラッキー】であるようだ。
……………………………………、
「────ぐふッ……」
「お、なんだ、どうした。人の顔で吹き出すとは重ね重ねイイ度胸だな」
「いや、だって……! その顔に、あの名前が重なったら必殺の類だろ……!」
「落差が酷過ぎる」
「おい姫さんも。無表情でアンタの物言いこそ酷過ぎるからな? ────ったく、なんだよ。お前らは逆にマジで仮想世界そのまんまかよと……」
で、あるならば。
俺たちも振る舞いにセーブを掛ける必要などないだろう。そう思い初対面の遠慮を捨て去れば……見慣れぬ顔に浮かぶのは、また見慣れた呆れ顔一つ。
こちらでも、関係性は変わらず付き合えそうで安心した。
◇◆◇◆◇
「なんだ現実でも春日なのかよ。じゃあ、お前はハルのままでいいか」
「ぞんざい」
「姫さんは姫さんで」
「私も、ぞんざい」
仕返し対抗というわけでもないが、別に信用の交換という意味を除いても出し渋る相手ではない。ゆえにサラッと俺からも自己紹介を交えつつ────
「まあ、呼び方なんか何でもいいとして……お前、もう戻ってんだろ?」
「当然。悩む必要を感じなかったからな」
本当に『顔を見に来た』というだけで、トラ吉もとい角助からの用事は皆無らしい。であればと、代わって俺たちから投げる問いの第一投目は決まっていた。
「んじゃ、あれ、なんだ。…………………………行方の、情報とか」
そして、意図せず曖昧にぼかしてしまおうと伝わるに無理はなく。外見や口調が変われども察しの良さは変わらない彼は、俺の表情を暫し見て。
やめてくれと言いたくなるような、慮りを僅かばかり滲ませながら。
「ゼロだ。全く、わからん」
淡々と、ハッキリと、しかし誠実に回答をくれた。
────なんの話か?
あの日、様々な意味で消えてしまった、俺の友達の話に他ならない。
「お前らも、あれから記憶の方は……」
「……ダメだな」
「消えたまま」
回答の後に返された問いへ首を振れば、角助は「そうか」と静かに頷くだけ。例外なく、どうしようもないのだろうなと根拠なく確信を抱いているゆえの静けさ。
攻略当日。あの〝界〟を駆け抜けた先で俺たちを待っていた忘却……──綺麗に消し去られてしまった攻略中のケンディ殿の記憶は、戻る気配のないままだ。
彼の存在自体は、俺たちの一人残らずが変わらずに覚えている。それはまあ当たり前というか、そこまでガッツリ消されていたのなら今も大騒ぎしていたはずだ。
直近の狭い範囲に限られていたからこそ、ギリギリ落ち着いていられた。……いや在るはずの記憶が無くなったってだけで重ねて仰天恐怖体験には違いないが、まずもって根本的に【Arcadia】自体が意味不明な存在であるわけだからな。
意味不明な存在を信頼して身を委ねてしまっている以上、何に対しても最後の最後で『今更だろ』と自分自身に思ってしまうのは俺たちプレイヤーの宿命だ。
「俺、一応は本腰を入れて調査に掛かってみたんだが」
と、思案に入りかける俺の耳に冷静な声が届く。ありゃマジかと顔を上げれば、
「誰かさんがメチャクチャ心配してるらしいと、風の噂に聞いたもんで?」
「………………」
言葉とは裏腹。
特に茶化すような色も浮かばぬ真面目顔に撃退され、俺は大人しく口を噤んだ。
「それで……まあ、ダメだった。消えたのは攻略中の俺らの記憶だけじゃなく、本人自体も綺麗サッパリだ。元々NPCの行方追跡手段なんかないとはいえ、普通なら聞けば〝お仲間〟が答えてくれたり会わせてくれたりするはずなんだが……」
そうして、大人しく耳を傾けさせてもらった報告が全てなのだろう。続く言葉はなく、即ち『行方知れず』としか言えない友の現状に────
「そっか」
俺は一言、呟いて。
「サンキュー」
もう一言、礼を付け足しておく。
然らば、頼まずとも『調査』などしてくれたらしい今在る友は……。
「……────あのキャラやで」
わざとらしさが半分。けれども、半分は本音と聞こえる声で────
……状況としては『知っているゲームのキャラクターが突然いなくなった』ただそれだけ。人によっては「だからどうした」と思うのも不思議ではないというか、ある意味で自然とさえ言えてしまうであろう、それだけのこと。
それだけのことを、割と真面目に考えてしまっている己が胸中。いまだその事実を自分自身で上手く処理できていない俺を……気のせいでなければ、
「どうせその内、豪快に笑いながら出てくるやろ」
────慰めるように、軽く笑った。
者か物か、実像か虚像か。人それぞれが信じるべきこと。




