予選リザルト
「―――改めて、ロッタです。揶揄うような真似をしてごめんね?」
「い、いえ……あの、ハルのパートナーの、ソラと申します。宜しくお願いします、ロッタさん」
ペコリと頭を下げるソラに「よろしくソラちゃん」と笑顔を返してから、ロッタはその隣に座る俺へと視線を向ける。
「始めて一ヶ月と少しでもうパートナー持ちとは、恐れ入ったよ。ずいぶん刺激的な冒険をしてきたようだね」
「我ながら、波乱に満ちた道程だったのは認める」
そしてその全てが、仮想世界へ飛び込んだあの日に彼女と出会えた奇跡へと繋がっている。
そう思えば感慨深い―――なんて、そんな風に言葉で表すことが出来るレベルではない程の幸運だ。噛み締めていこう。
「その革手袋と革靴を見る限り、君も戦闘ビルドのプレイヤーと考えて良いのかな?」
「はい、あの……け、剣士っ、です!」
ロッタの質問に何やら張り切ってそう答えるソラさんがちょっと待って可愛い。そうだよな……念願叶っての今だもんなぁ……!
三日ばかりの事とはいえ、見事な曇りソラさんとなっていた努力の日々を思い返す。いやマジで……マジで立派になったもんだよ、本当に。
「成程、君みたいな女の子がひと月ちょっとで剣士か―――どうやら、こっちも色々とありそうだね?」
いや何でこっちを見てくるんだよ。
「ソラちゃんは、今回ハルと一緒に出なかった理由があるのかな」
俺の口から勝手にソラの抱えるアレコレを話す訳にはいかないし、ロッタも別に聞き出すような意図は無かったのだろう。
適当に視線を流した俺から再びソラへ関心を戻した彼の質問に、未だ些細な緊張を見せながらもソラが答えていく。
「私は少し、現実世界の方が忙しくなってしまいまして……そうでなくても、四柱戦争に自分が出場するなんて考えた事もありませんでしたので」
「対人戦には興味が無い?」
「そういうわけでは……その、私はハルほど好戦的ではありませんから」
いや俺も別に好戦的というほどでは……あくまでゲームとして戦闘を主題に楽しんでるだけだよ?本当だよ?
「それは、出たくないという程ではないのかな。例えば、パートナーと一緒に出場するとなればどうだい?」
「え……っと、あの」
何だろうか、少し彼女らしくない言い淀み方。言葉がつっかえたというよりも、これは―――……ふむ、成程?
「―――ごめんね、迫るような聞き方をしてしまって」
と、おそらくはロッタも俺と同じく、ソラの胸の内を読み取れたのだろう。謝罪を一つ、自らの問いを有耶無耶にするように微笑んだ。
いえ、そんな―――と恐縮するソラへの質問タイムはひとまず終了。ロッタは再度俺の方へ向き直ると、ようやく本題へと話を移す気配を見せる。
「さて、やたらと脇道に逸れてしまったけど……ハル、この後について話そうか」
「あぁ、よろしく頼む」
もとはと言えば、選抜予選を突破した俺にその後の流れをレクチャーしてくれるという話。
どこかのお調子者が馬鹿をやらかしたせいで随分遠回りになったが、職務に関する事には生真面目らしいロッタが舵を取ってくれた。
「第一選抜予選を勝ち抜いた君は、この後に第二選抜予選……君と同じく、第一を突破したプレイヤーと一対一の試合を行ってもらう―――というのが、本来の形だ」
「……その言い方だと、俺はその本来の形ではなくなるみたいに聞こえるんだが」
いきなり不穏を醸してきたロッタに訝しげな視線を向ければ、彼は「なにを当然のことを」とでも言わんばかりに両手を持ち上げて見せた。
「当たり前だろう?君にそんな事をさせても、全く意味が無いからね」
言いながら、その持ち上げられた片方が一枚のシステムウィンドウを呼び出し―――その表側を視線で撫ぜたロッタは、そろそろ見慣れ始めた愉快そうな笑みを浮かべる。
「予選開始からもうすぐ三十分。ちらほら他所の結果が出始めているけど……さて、たったの七分でほぼ一人のプレイヤーに制圧された―――そんな可笑しなブロックが、他にあるとでも?」
「………………ある、かもしれないじゃん?」
別になにを思うでも無いんだが、そうやって強調されると居心地が悪いというか何というかだな……
ワザとらしく誇る気にもなれず、微妙な反応を返す俺とは対照的。むしろ彼の方が俺の戦果を楽しむように、通知された予選結果が表示されているのだろうウィンドウを見て上機嫌のロッタ。
「第一選抜予選第89ブロック通過者【Haru】―――キルカウント65、キル関与6」
「………………」
「わぁ……」
殊更に楽し気に読み上げられたリザルトに対して、目を逸らして黙る俺。そして言葉が見つからないとでも言うように、力の抜けた声を漏らすソラさん。
「そんな図抜けた戦果を単身挙げたプレイヤーが、他にいるとでも?」
「…………あ、あの、ハルが一番という事でしたら、二番目の方はどのくらいなんでしょう?」
我ながら何と言えば良いのやらと困っていると、純粋に好奇心が湧いた様子のソラから質問が飛ぶ。
「キルカウントだけなら、次点で13のプレイヤーがいるね」
無茶をしすぎて討ち取られたけど、などと容赦無く笑いの種にするロッタ。
ちなみに、俺の組み分けられた第89ブロックとやらの正確な戦闘終了までの時間は7分と12秒。次点で終了したブロックが26分程度らしい。
「……あの、おかしな結果を出してしまったのは分かりましたので、次に進んで頂けると」
どう足掻いても俺を持ち上げる流れになるじゃん。
期待されるのも褒められるのも有難いとは思うし、何となくソラが誇らしそうにしているのも嬉しい限りなんだが……
こう、あまりにもヨイショムーブをかまされると調子が狂うんだよ。こちとら過剰に褒められる事に慣れてないんだっての。
「まぁそういうわけで、君はこの後に行われる第二予選はシード扱い。次の舞台は選抜戦の本戦になる」
「本戦ね……トーナメント形式の一対一、だよな?」
カグラさんとニアから聞いた限りでは、そのはず。
「その通り。概要は知ってるのかな?」
「あぁ、一応は先輩プレイヤーから教わってる」
勝ち抜き戦とは言ったものの、勝ち上がった者が上から選抜されるという訳ではない。
トーナメントで勝利を重ねるという事は、それだけ見せ場を増やすという事。勝ち上がれば勝ち上がるほどアピールタイムの機会が増えて、最終的に『委員会』の目に留まったプレイヤーこそが四柱戦争本戦のメンバーに選抜される―――との事だ。
「今回の四柱戦争、イスティアが設定した『前衛』枠は150。本戦の参加者は、予選からの50人ほどを加えて600人前後になる予定だから……まぁ、選抜されるのは単純に四分の一だね」
「四分の一かぁ」
多いんだか少ないんだか……
「君に期待するがゆえに忠告させてもらうけど―――予選を基準にしたらいけないよ。君と同じ予選上がりのプレイヤーはともかくとして、直接の本戦出場者は格が違うものと思うように」
真剣な顔で脅かされて、思わず背筋が伸びる。
「あー……全員ロッタくらいに考えとけば良いか?」
と、俺としてはわりと真面目にそう訊いたのだが……
「―――……っはは!君は、何を勘違いしているのか分からないけど」
俺の問いを聞いたロッタは、それはもう可笑しそうに笑って―――
「全員、僕なんかじゃ歯が立たない相手だと思って臨まないと、ダメだよ」
そんな恐ろしい事を宣った彼の声音には、冗談など欠片も込められていないようだった。
上の下の下のロッタさん。