いつもの二人
「さて……それじゃあハル、今後の事だけど」
「この状況でよくまあ平然と……」
冷めやらぬ歓声のど真ん中。涼しい表情を崩さないままサラッと切り出すロッタに慄けば、彼は「慣れてるからね」と笑って見せる。
つまりは慣れてしまう程にはこういう状況を経験していると―――コイツめ……さては古参組の上位プレイヤーだな?
「とりあえず、場所を移して選抜戦の本試合について説明しようかと思うんだけど……どうかな?」
「それも『委員会』の職務ってやつか?」
「半分はそうだけど、半分はお節介だよ。僕の予想が間違ってなければ、君は人よりもこの世界のアレコレに疎いんじゃないかと思ってね」
あぁ……これ、何かもう色々とバレたくさいな。
少なくとも「三年間の充電期間」についての勘違いは解けたのだろう。その申し出は、正しく新参者に対する親切からだと思われる。
「そういう事なら、レクチャーしてもらえれば俺は助かるけど……」
「決まりだね、それじゃ―――」
俺の言葉に頷き、再びシステムウィンドウを操作し始めるロッタに「ちょい待ち」とストップを掛ける。
このまま流れで後の事を説明して貰えるのはありがたいが、俺には放っておけない連れがいる訳で……
「一緒に会場入りして応援してくれてた子がいるんだけど、先に顔を見せておきたいんだよ。一旦解散してからでも良いか?」
チラと目を向ければ、変わらず女性スペースの片隅にその姿を見つけられる。
なんかやたら盛り上がっている淑女の方々に囲まれて。大歓声に気圧されてしまったのか、ソラはペタンと観戦席に張り付いていた。
「あぁ、それならその子も一緒に連れておいでよ」
「良いのか?」
「半分はお節介って言っただろう?職務規定に則って動いてるわけじゃないし、そもそもそんな堅苦しいものは無いんだ。部外者だのなんだの文句を付ける人はいないよ」
成程ね。大層な名前を掲げているものだから身構えていたが、そう大仰なお役所スタイルというわけでは無いらしい。
「そういう事ならお言葉に甘えて……えっと、どうすれば?」
「観戦席にいるんだよね。降りて来てもらえるかな?」
「あぁ―――えっ?この観衆の只中に連れ出せと?」
それは……ソラさん的にはハードミッションなんじゃないかなぁ。
「舞台上じゃないと、転移の権限が無いんだよ―――ほら急いだ急いだ。いつまでもこうしていたら、君のファンが雪崩れ込んでくるかもしれないよ」
なにそれ怖過ぎ。
―――仕方ない、サクッと攫って来るとしようか。
「すぐ転移出来るように準備しといてくれるか?」
「お任せあれ」
芝居がかった仕草で一礼するロッタに鼻を鳴らし、踵を返した俺は二歩目で強く踏み切った。
突然に客席へ向かって跳び上がった俺を見て、落ち着きつつあった歓声が戸惑いのざわめきへと変わり―――
「……あー、お手をどうぞレディ」
「へぅえっ……!?」
外周壁の上。観戦席の手摺に降り立った俺が手を差し出せば、力が抜けたように席へ座り込んでいた少女が困惑の声を上げる。
唐突な展開に、反射的だったのだろう。言われるがまま持ち上がった小さな手を捕まえて―――そのままソラの身体を引っ張り上げ、両腕に抱えてしまう。
みさらせ観衆とばかり、迫真のお姫様抱っこである。
「ぇ………………………………ッ――――――!!??」
いつぶりだろうか、頭から煙を出す勢いでソラの顔がボンっ!と真赤に染まった。
そしてそんな光景を目にした周囲の女性プレイヤー達はと言えば、皆一様に目を丸くして―――ハイまあそうなるよね、黄色い歓声ありがとよォッ!!
さて、正直に申しますと私、これでも一応テンションが上がっております。
いやだってね、そりゃそうだろう?
あれだけ気持ちよく暴れ倒した挙句、文句無しの予選突破を言い渡されたんだ。悪ノリの一つもしてしまおうか、くらいには感情が昂っても仕方ないよなぁ!!
キャーキャー騒ぎながらあれやこれやと質問攻めで詰め寄ってくる女性プレイヤーの群れに愛想笑いを返しつつ、手摺を飛び越え再び闘技場へと舞い戻る。
我に返ったソラが暴れ出す前にと、足早にロッタの元へ駆け寄れば―――
「見せ付けてくれるねぇ」
腹立つレベルのイケメンフェイスをニヤリと歪ませて、『視察官』殿はひどく楽しそうに口笛を吹いて見せた。
◇◆◇◆◇
「ハル」
「はい」
「ごめんなさいって、してください」
「ごめんなさいッ!!」
イケメンに二言無し。あれからロッタの手際により速やかに予選会場から転移した俺達は、いかにも待合室といった簡素な小部屋へと場所を移していた。
―――そして長椅子の端で膝を抱えてお怒りのソラと、反対側の端から土下座を敢行する俺。
机を挟んで正面の椅子に座ったロッタが愉快そうに笑っているが、その程度の屈辱は些事だ。最優先事項は馬鹿を仕出かして損ねてしまったパートナー殿のご機嫌取り……!!
「ハルは最近、調子に乗っていますね?ちょっと私が甘い顔をしたからって、何でも許されると思っていませんか?」
「いやぁ……今回ばかりはその、俺も気持ちが盛り上がってしまい」
「巻き込まれる私は堪ったものじゃありませんっ、反省してくださいっ!」
「はいッ」
おいロッタ、些事とは言っても限度がある。それ以上この俺の無様を愉快の種にしてみろ、古参ガチ勢だろうと容赦しないからな?
わりと真面目に歯が立たない予感しかしないが、俺は退かないからなァッ!!
「ハルっ!」
「申し訳ッ!!」
土下座の合間のアホな思考を読まれ、更なるお叱りを頂戴する。
くっ……!顔も見えていないというのに、順調に俺読みの精度が上がっていらっしゃる……!!
「まったくもう……せっかく格好良いところを見せてくれたのに、相変わらずなんですから」
「いやホントごめんね?」
数分後、何とか機嫌を直してくれたソラに最後に一度頭を下げれば、ようやく「仕方ないですね」とお許しを頂ける―――いやマジで、我ながらアホな事をやらかしたもんだ……ソラの言う通り、調子に乗っていた部分もあるのだろう。
晴れて正式パートナーと言えど、愛想を尽かされたら終わりである事に変わりは無いんだ。これからも自重は心掛けていかねば―――と、ガチ反省に凹む俺の手に、何やら柔らかな感触が重ねられた。
「ほら、変な空気になっちゃったじゃありませんか」
腰の位置をずらして、いつの間にか隣へ来ていたソラがそっぽを向きながら拗ねたように言う。
「ちゃんと……お祝いを言いたかったのに」
そう零しながら控え目に重ねられた手は、まるで伝えづらくなってしまった言葉の代わりとでも言うように―――
「…………あぁー」
ちょ………………っと、それは……破壊力がですねぇ。
イジケているようにしか見えないのを、本人も自覚しているのだろう。じんわりと朱に染まった頬が、何と言うかもう殊更に愛らしく見えてしまい―――
目を逸らした先に、イケメンフェイスが崩壊するレベルのニヤケ顔。
「―――君達、いつもそんな感じなのかな?」
「ッ―――!!??」
と、今更ながらに口を開いたロッタの声にビックゥッ!!と盛大に身体を跳ねさせて驚き、アバターの敏捷値にものを言わせて高速で離脱するソラ。
長椅子の端にて両手で顔を覆いながら煙を吹き出す彼女を他所に、俺は羞恥を誤魔化しがてらニヤけ面へとジト目を向ける。
「なぁ、意図的に気配消してただろ」
「真正面にいる人間を忘れ去って二人の世界に入る、君達が相当だと思うけどねぇ」
クッソ……この御先達、意外といい性格しよってからに。
「何というかもう、そういうコンテンツみたいだったよ?究極の甘さをご提供、みたいな」
「人のスキンシップをコンテンツ扱いしないでくれる?」
まんまと愉快をご提供してしまったのは腹の底から癪だが、この状況では何を言い返しても恥の上塗りにしかならない。
相も変わらず楽しそうに俺達を眺めるロッタはひとまず放置して……撃沈してしまったパートナー殿のフォローに、取り掛かるとしましょうかね。
主人公は元からだけど、最近はソラさんも大概だよねっていう。