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「────甘……」「……ちゃん?」
然して、ぽつりぽつりと追いかける声。耳に入った呟きに首を傾げたのはニアとソラ、そんな二人に騎士は「失礼」と言いつつ曖昧な微笑を返してみせた。
加えて、
「『千理眼』────【王帝】の誇る特異な権能、その一つにございます。彼奴……彼は、戦の盤面から終局を正確に予知する力を持っていました」
思わず零れ出たのだろう独り言を誤魔化すように、さらっと別なる疑問と困惑に対する説明解説へと話の流れを摺り替える。
「そして、その能力を以ってして始まる前から降りた負け戦は数知れず。……しかし、それも例えば単身でアリ────何者かに挑む場合は、数を重ねることはありませんでした。レベナントが放棄する負け戦は、いつもいつとて……」
そうして、ケンディ殿は俺たちには言い知れぬ……気のせいでなければ、これまでの東西北で見せた表情よりも殊更に深い感情を湛えた横顔で、
「傷付く臣下が多い、そんなものばかり。────〝王〟の名が似合わぬ男です」
〝彼〟を見ながら、言葉を結んだ。
つまるところ、こういうことか。その『センリガン』と呼ばれていた〝眼〟を以って俺たちとの戦いを読み、結末を……おそらくの負け戦を予見したから。
知った上で無為に仲間が傷付くことをヨシとせず、戦う前から引っ込めた、と。
即ち────
「…………いい人じゃん……」
「…………えらい人情に厚い王様やんけ……」
王の名を戴くに在っては過ぎたるほどの、仲間想いな御仁であった、と。
おい、やめろよ。遠い過去の人だって思うと謎に来るものがあるだろ。基本的に男ってやつは漢に弱いんだよ時を越えて泣かせにくんな────
と、いったところで。
『────、』
状況が動く。
つまり一人で納得して始まる前から『試練』を収めた【王帝】レベナントが、好き勝手に言われていることを知ってか知らずか鷹揚に一歩を踏み出す。
それと共に……彼の容貌を隠していた〝黒〟が晴れて、俺は一言。
「……ハハ、いや一ミリも似てねぇ」
確かに背格好や輪郭や髪型のシルエットは似通っていたものの、黒塗りが退去し精細が露わとなれば面影の欠片すら共通点ナシも甚だしい。
眉目秀麗、見目麗しいという表現が相応しい様。
炎のような激しさではなく、夕日のような穏やかさを秘める緋色の髪。相反して、果てない海の底を映したかのような深い深い青黒の瞳。
顔の造りは爽やかで若々しいというのに、幼さなどは欠片も感じられない『精悍』の二文字を体現する……逆立ちしても、俺にはできない大人の表情。
四塔にて〝王〟を語るに不足ナシ。そんな、ここまで目にした三人の並びに嵌まれば殊更に映えるであろう絶世の美丈夫────が、
『──────』
「………………」
悠然とした歩みを経て、言葉なきまま一人の前に立つ。
そして、
『──、────』
敵意も戦意も感じ取れず、とはいえ一体どんな振る舞いで応じたものか。そんな様子で困り顔の無表情を見せるアーシェに、手にした『剣』の柄を差し出した。
「…………どう、も」
やはり新旧所有者、ということなのだろうか。迷わず自分の前で立ち止まった【王帝】に流石の【剣ノ女王】も戸惑いつつ、ひどく珍しい遠慮がちな所作で、
『────』
女王もとい姫の手が、王の手より『剣』を受け取った……と、同時。
「────ぁ……」
「ぇ、あの……」
「いや似て……」
彫刻のような『精悍』が幻のように崩れ消え去り、その顔に子供の如き悪戯っぽくも無垢な笑みが浮かんだ瞬間。女子三名が口々に何事かを呟いた……と、同時。
その身体が、これまでの三名と同じように、光となって散り始める。
そして、これまで通りの光景に────
「レベナント」
これまでには噤まれていた、別れを求むような声音が投げ掛けられる。
青黒の瞳が映す先を移ろわせ、その鏡面に宿すは同胞たる騎士の姿。双方共に、表面の情は読めても奥底までは見通せない。そんな顔同士を交わしながら。
『────……
最期に紡がれたのは、声なき〝王〟の呟き。
斯くして、笑み一つと静寂一つを遺し消えていった【王帝】を見送ったケンディ殿は……棚引かせるように長く細く息を吐き出した末に、
「………………ゆっくり、眠れよ」
薄く笑んで瞑目すると、穏やかな声で挨拶を詠んだ。
────とある遥か過去の情景────
「ぃよーうレベ公。どうせ暇してると思って来てやっ、た……ぞ?」
「………………………………………………………………」
「ぇどうしたよエラい仏頂面して。ははーん、さてはアリスティアにフラれ」
「ぶっ殺すぞ」
「あーあー『王』が何たる言葉遣いよ。下の者にゃ聞かせらんねぇな」
「チッ……お前に言われたかねぇわ不良騎士団長。騎士団の野郎連中がテメェの柄悪い口調を真似してる云々って苦情、もうかれこれ何十回と聞かされてんぞ」
「んなもん真似する馬鹿が悪ぃ。そもそも騎士団長は仕立て上げられただけ、誰かさんみてぇに自ら望んで『王』になった奴とは立場も責任も違ぇんだよ」
「クソ腹立つ」
「だから口悪ぃぞ王様。俺はともかく王は真面目にダメだろ威厳を考えろ?」
「うっせバーカ」
「語彙も何とかしろな。偏屈坊主に弟子入りしたほうがいいんじゃねぇの」
「ッハ、死んでも御免だね」
「割と本気で忠告してんだけどなぁ……」
「ッッッッッハ」
「うわこっちこそ腹立つわ。いつまで経ってもガキだなコイツ……」
「あー、ったく、どいつもこいつも……! お節介にゴチャゴチャと……!」
「あぁ? ────はははーん? アレか、さてはフォルカナにでも直近で説教」
「本気の忠告だぁ? 上等だコラそしたら手本を見せろや手本を!」
「うわ、コイツ……」
「丁寧に威厳を以って喋ってみろや騎士団長様! そしたら王も倣ってやるぁ‼︎」
「うわぁ、コイツ、本当…………いや、まあ、王命とあらば構わんがな?」
「あ?」
「俺自身の体裁をって話なんざ興味ねぇが、弟分の世話なら吝かじゃねぇ」
「だれが弟分だド突き回すぞ」
「おーこわ。────したら、とくと聞けや」
「あ? おい、マジか。やんのか?」
「マジっつってんだろ。俺だって文官連中に『レベナント様の口調諸々どうにかしてください幼馴染の貴方の影響でしょマジで』って責任を擦り付けられてんだよ」
「おい待てや、誰がテメェの影響を受けてるって???」
「あーうるせぇうるせぇ、目にモノ聞かせてやるぜ馬鹿レベこの野郎」
「今の一言で完膚なきまで『馬鹿』についての格付け勝敗は決したがな?」
「あ゛ぁ゛ッ……ごほんッ゛……────」
「…………………………………………」
「 我 こ そ は ケ ン デ ィ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
「ッ!?」
「 栄 え あ る 【 王 帝 】 が 一 の 騎 士 ぃ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
「ぶッッッッッふぁはッッ!!! おまッ、おま、ふざッ……ぐふっっす……‼︎」
「我が尊き王よッ! どうか御身の威厳と栄光を護るため、この騎士の忠言を聞き入れたし!!! その英知に掛かりますれば容易も容易に過ぎたる如しと思いますれば、どうか!!! どうかッ!!!!! どうかッッッッッ────」
「やめろ馬鹿ふざけんな端から端までメチャクチャじゃねぇか‼︎」
「 我 が 王 よ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
「いやうるせぇッ!!! ゴリ押しヤメロってんだよボケンディがッ‼︎」
「お断りですぞ我が君ッ‼︎ テメェの口悪が矯正されるまで続行だわ!!!」
「早速破綻してんじゃねぇか『騎士』は『王』にテメェとか言わねえよ‼︎」
「テメェの口悪が矯正されるまで続行でございますぞッ!!!!!」
「そこじゃねぇんだよなぁ直すとこがなぁッ!!!」
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切ないね。
あと二時間、良いお年を。




