─────………………………………………
引かれた不可視の線を、踏み越えた────その瞬間。
『──────、』
これまでに東、西、北にて相対した過去の影。それらの誰よりも疾く反応を見せた【王帝】が、生と声なき息吹を放つように一足……床を踏み打った。
大して、力の籠められたアクションというわけでもない。けれど、
俺やソラ、加えてトラ吉やニアについては、別にいい。気にするべきは、特筆すべきは────その簡単な所作によって、俺たちではなく、
「ッ……」
あの【剣ノ女王】が、反射的に、おそらく無意識に。
気圧されたように。息を止め足を止め、いまだ喚べぬ『剣』を咄嗟に求めるようにして、その指先を虚空に彷徨わせたという事実。
刹那に放たれた馬鹿げた重圧。それに思わず怯んでしまった自分たちに驚くよりも、そちらの方が甚だ驚倒に値する稀有という他ない。
然して、些細な制にて俺たちの足を縫い付けた〝彼〟は────
『────』
嘲り……とは感じ取れない。それは言うなれば、己が地位を全うすべく正しく振る舞う王の様。在るべき高みから見下ろすように、睥睨。
ヒト同士。目線の高さなど変わらないというのに、見上げていると錯覚する不可思議な感覚。……かつて、一度だけ経験したことのあるソレは、
「……、…………俺よかアーシェに、似てんじゃねぇの……?」
「ここ、までじゃない。と、思うけれど……」
奇しくも、似たような舞台。
かつて四柱の舞台で邂逅した、そのもの【剣ノ女王】と同種の覇気。
まさしく王の貫禄とでも言うべき圧を惜し気もなく披露するまま。〝黒〟を纏う彼は────【王帝】レベナントは次に、その右腕を悠然と持ち上げて。
そう在るべくと、ばかりに。
「────……ぇ」
虚空から顕れ出でたソレを、我が物として手中へ納めた。
呼び掛けに応えての、忽然。求めに応じての、必然。もう俺も随分と見慣れたというか、ある意味で親しみのある素っ気なくも幻想的な顕現。
それに際して、全員が驚いた。そりゃもう、驚いたが、
「………………………………ぇ……」
一度、そして続いて、もう一度。
極めて『らしくない』ともすれば間の抜けたと言っても差し支えない声音を零してしまった、アーシェが誰より驚いたのであろうことは容易に察して余りある。
なぜって、そりゃそうだ。ほんの数秒前、
「…………………………………………………………────ん、浮気?」
無意識にも縋ったばかりの己が『剣』が、自分以外の手に顕れたのだから。
【Xultiomart-type Calibur-】────ゲームにあるまじき数多くの『特別』や『無法』が許容される、仮想世界アルカディアの中でも異質中の異質。
ありとあらゆる幻想品の中で唯一の〝枠外〟に類する不明存在。
かつてプレイヤー【Iris】が【剣ノ女王】という称号と共に世界から贈られた、その秘めたる真髄に世界の名前を刻む神与にして神代の剣。
仮想世界においては『最強』の証と認識される輝き、その鋒を。
『────────……』
【王帝】は、まるで木の棒か何かでも扱うかのように、ぞんざいに。
ガツンと、勢いよく、足元の床へと叩き付けた。
刹那。
反応できた者は、いなかった。
というか、おそらく反応できるような間など存在しなかった。それは、まるで王命に侍る忠臣の如く……否。『まるで』も何も、そのものなのかもしれない。
『剣』に続いて、顕れたのは、
「…………………………………………………………ぇ、多く、ないすか……?」
「……多い」
「予想の五倍は下らへんな……」
「……っ」
「ひぃ……!?」
「────……」
自然と、不可避の、背中合わせ。
円陣を組んだ俺たちを囲む、何人いるのか数える気にさえならない影の軍勢。
床から『剣』を再び持ち上げた〝主〟と同じく、それぞれが〝黒〟に覆われ各容貌は窺えず。……けれども例によって、経験値から読み取れる圧が伝えてくる。
影の一つ一つより、笑えてくるような脅威度の程を。
南の『試練』────ヒトの繋がり連なりによって生じる力を重んじる、それが俺たちの知る南陣営ソートアルム。ゆえに、幾つかの予想は立てられていた。
たとえば、大規模群団戦闘とかな。しかしながら……。
「予想の五倍は下らへんぞ……」
「やめろ二度も言うな。絶望感が増すだろ馬鹿虎」
ちょっとばかり、予測よりも数が多い。
姿や装い、携える得物は様々。埋め尽くす影人形は端から端まで、つまるところ迷宮区の入口から城の瓦礫が在る果てまでギッシリ詰まっている有様だ。
「────だ、ぇ、えっ、だい、大丈夫……!? ぇこれ大丈夫……!?」
「お、落ち着いて……! あの、えと……、お、落ち着いて……‼︎」
「ソラちゃんが大丈夫って言ってくれない……!!!」
ケンディ殿が『最善』と言っていたのは、こういうわけか。確かに、このパニック娘を後方に置いたまま分断されでもしていたらシンプルに終わっていた。
この『試練』に忖度が存在していない場合、孤立した者など即座に呑み込まれて散り失せるだろう────あぁ、そして、そうともさ。
『『『『『────────────────……』』』』』
いまだ、こちらを瞳無き無貌で静かに見つめる『王』を囲んで侍るまま。俺たちに確かな戦意を向けている影らは、忖度なんてしてくれないと察せられるから。
嗚呼……────
「……ニア、頭を下げて丸まっとけ」
「へぁっ」
「ケンディ殿、我らが職人様の護衛は」
「お任せを。これまで通り助力はできませぬが、護衛ばかりは確かに」
「オーケー、よろしく。……────アーシェ」
「ん」
────嗚呼、誠に、結構だ。
「ソラ、私と一緒に輪形防御。対角を維持、近付く者を端から確殺」
「っ……はい!」
「タイガー、あなたは突撃攪乱。倒せなくていいから力の限り押し退けて」
「任せろ。ゴリ押しは専門分野や」
「ニア、呼吸を落ち着けてからでいい。視て何かあれば私かハルに伝達」
「ぅへっ……!? は、ふぁ、ぁいっ……!」
「……ケンディ。騎士に二言は」
「在りませぬ。仮にニア嬢へ刃が届くとして、それは私が粉微塵になった後」
「ん……────ハル」
「おう」
矢継ぎ早にて迅速の指揮。俺たちが向こうの圧に半笑いを零したように、向こうさんも多少は俺たちの実力と自信を読んでくれたのだろう。
赦された、極僅かな猶予にて。
「おまかせ。なんでもいいから、どうにかして」
「ッハ、そりゃまた結構なオーダーだなぁ……‼︎」
俺たちは、俺たちの擁する『王』様から、頼もしい指示を賜るだけだ。
一対四から刹那の形勢逆転、多勢に無勢も甚だしい────だからどうした掛かってこいよ有象無象。果たして、そんなこちらの意気が伝わったか否か。
『『『『『────────────────ッ……』』』』』
影の軍勢、その音声なき鬨と、
「攻略、開始」
おそらくは、なんて言わない。
間違いなく『勝利』しか見えていないのであろう、我らが姫の言葉が重なり、
激戦の幕が、切って落とされる、はずだった。
はず、だったのに。
『────、』
響き渡ったのは開戦の戟音ではなく、再び床を打つ『剣』の音。
斯くして、
「っうぇあ!?」
「ほぁッ!?」
男二人、間抜けな驚倒の声。
「へぁえぃっ!?」
「ぇっ、ぁ、えっ……!?」
女子二人、間抜けながらも可愛らしい驚きの声。
「………………」
姫一人、訝しげな無声。
────そして、
「………………………………………………ったく」
騎士、一人の、
「────相っ変わらずの、甘ちゃんがよ」
俺たちが聞いたことのない口調と、声音。ただ、それだけが……──
『────、……』
痛いほどの『王』たる重圧を霧散させた、ただ一人。〝黒〟に染まる人影が放つ静謐と共に、軍勢など影も形もなく消滅した戦い無き戦場の跡へ。
訪れず過ぎ去った賑いを惜しむかのように、響き渡った。
全部、繋がってる。




