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消えていった、その姿を見送って。
「………………お礼、言いそびれたな」
あまりにもあんまりな状況推移の無茶苦茶っぷりに、いろんな意味でそれどころではなかったと言えば、それはそう。なのだけれども……。
呆気なく残滓の欠片も見えなくなってしまった光から、持ち上げた己が手に視線を移して。なんとなく、はしゃぐ気分にはなれないままに俺は呟いていた。
然らば、
「せやな」
「ん……」
ダウンしているソラとニアを他所に、自立するまま早くも調子を戻したトラ吉とアーシェの同意が続く。なんの話かと言えば────
「全快。……本当に、無茶苦茶ね」
失われていたステータスが、おそらく全て戻っているという話。
どういうことか、まあ、そういうことなのだろう。
経過時間を蹴っ飛ばして結末だけを手繰り寄せること叶うという【聖女】様は、ただ俺たちを北から南へ送り届けてくれた……わけではなく。
「気が利いとる。流石は北陣営の御先祖様やな」
俺たちが、全ての〝楔〟を周ったという結末へと、送り届けてくれた。
それでこの程度の消耗に留まったというのであれば、むしろ意外や配慮が行き届いていたと無条件で拝み倒すべきなのかもしれない。
【聖女】の名に偽りはナシ、ってな具合に────
「……ぁ、えと、サンキュ。大丈夫っす」
「左様で」
と、肩を借りっぱなしだったケンディ殿に礼を言い自立三番手。大分ふらつきが落ち着いた脚で確かに立てば、共に〝彼女〟を見送っていた騎士様は微笑み、
「稀人様」
「うん?」
「あと少し、ですぞ」
「あぁ、うん。だな」
彼方を振り向き、どこか感慨深げな声音を放った。
その眼が見やる先には、赤が見止められる瓦礫の山。そして、その中で静かに佇む四人目……長身に〝王〟たる衣を纏う、男性の姿が在る。
南の【王帝】レベナント────『原初の四塔』最後の一人だ。
◇◆◇◆◇
────北の【聖女】ミルフィエの試練を突破したことで生じた変化は、彼女の有難き計らいこと〝楔〟自動全回収の他に大きく分けて二つ。
まず毎度のこと、ステータスボーナスの付与。
今回アバターに舞い込んできた能力値は、幸運と精神。幸運の北陣営の名が示す通り、前者に偏重した割合で賜ることと相成った。
それに加えて、東から西へと続けて攻略した際に起きた加護の強化も再発。それは予想通り……だったのだが、一点では予想を裏切り加算ではなく、
また、倍加した。
つまり【勇者】様から頂戴した際のLv.10相当から、次なる【賢者】様の時点で倍に跳ね上がったLv.20相当の更に倍。現状ではLv.40相当のボーナスへと進化。
各、Lv.40相当、である。
即ち現在の俺たちには合計Lv.120分……ステータスポイント換算1200もの力が上乗せされているわけで、シンプルにメーターぶっ壊れ状態。
全快に達した自前ステータスと合わせるだけで単純にLv.200越え。
急激なステータスの変調に慣れ切っている俺やソラはともかくとして、攻略事前の特訓諸々がなければアーシェやトラ吉も暫くは上手く動けなかったやも。
全く未知の身体スペックに戦々恐々おっかなびっくりの様子で大人しくしているニアちゃんは、まあそのまま大人しくしていただいていればヨシ。
いざとなれば、素の脚を取り戻した俺が攫って何とかする。
────次に、ようやっとのことアイテムインベントリが解放された。
シンプルに助かる。まあぶっちゃけた話、これで大いなる割を食っていたのは基本的に俺だけってのは置いとくとして。何よりも主にトラ吉やニアが常備しているという食料アイテムを口にできたのが言い表せないくらい救われた。
何十時間ぶりの『食事』だよって話。
此処に来てから腹は空かないし、やけに欲求も薄いため正直あまり気にはしていなかったが……あれだ、フリだったと、気付かされたというか。
無意識に意識を向けないようにしていただけで、ヒトとしての常が存在しない状況に心のどこかでは割かし参っていたらしい。当たり前である。
と、精神面での恩恵は置いといて実利的な諸々も勿論。
俺の〝想起〟プールが解放されたのが一番として、魔法が使えない現状もしもの場合の回復手段……雀の涙とはいえ、魔法薬の類に頼れる択が戻ったのは大きい。
精神面ではなく、戦術面の充足だ。多少の被弾許容を策に組み込めるか否かでは、冗談ではなく無限に戦闘思考の幅が広がるゆえに。
とまあ、そんな具合。
いまだにスキルの力が戻ってこないため完調とは言えないが、それでも上積みされた莫大なステータスボーナスを踏まえれば別方向で超絶強化されている状態。
何十時間もの攻略行を経て、本当に、ようやく、此処まで来た────
そんな俺たちを、
『──────────……』
最後に迎えるは、王の名を冠する堂々たる立ち姿。
暫くの休憩を置いて立ち上がり、道を進んで果ての舞台。かつて城だったモノの残骸が積み上がる場の直前で足を止め、佇む〝彼〟と相対して数秒。
「………………なん、か」
「………………その、シルエット? が……」
「………………似て、る……?」
ニア、ソラ、アーシェの順。口々に零した連なる言葉は、まるで打ち合わせたような息の合いっぷりで【王帝】レベナントの見た目を問うもの。
然して、
「………………………………あの、いや、こっち見られましても。髪型だけだろ」
「背格好も似てんで。真っ黒けで顔わからへんから余計に見えるわ」
最後に続いたトラ吉も含めて、パーティ全員から視線を向けられる俺は憮然。いや憮然というか、どういう顔すりゃいいのかわからんというか……──
王たる様といっても、別に冠を戴いているわけではない。
羽織の外套を掛けた威厳ある……しかし『実戦的』の三文字も共存する戦衣を纏う姿に、言い知れぬ存在感と威厳が満ち満ちて見えるということ。
それが、なに? 認めたくはないんだが、トラ吉の言う通り「真っ黒け」なせいでシルエットでしか読み取れず、シルエットでしか読み取れないがため……。
『──────……』
「……………………」
なんかこう、ね? 背格好というか、スタイルというか、輪郭というか、ちょいと後ろ髪を縛って生やした尻尾というか、が……まあ、はい。
「……いや、どうでもいいだろ、そこ。謎に俺の居心地が悪くなるだけですが?」
「や、言いたくなる程度に似てるもんだから……」
「あ、はは……」
「こういう格好、ハルも意外と似合うのかしら」
シルエットだけなら、謎に俺と酷似していると言いますか。
いや逆か。俺が、酷似してるのか。
大昔の偉人って話ゆえ重ねた年月……それが現実のモノか仮想のモノかを問わないのであれば、重ねた年月で前後を決めるのであれば俺が後発になるのだろうし。
どちらかを問うても、仮想世界で『この姿』になったのは俺のが後だしな。
────と、
「……なんすか」
「いいえ、なんでもございません」
ふとケンディ殿と目が合って、彼も俺を見つめていたことに気が付く。読み取れる表情は笑み。しかし笑みの奥に揺蕩う感情までは、やはり読み取れない。
ずっと、本当に、なんなんだよ。攻略が終わってアレコレ終わってアーシェによる推察考察発表会が終わった暁には覚悟しとけよ。
友の権限を以って、絶対に根掘り葉掘り心行くまで質問攻めにしてやるからな。
「まあいいや……さて、と?」
とかなんとか予定外のグダグダは脇に置き、お待たせとばかり総員の意識が切り替わる。────訂正、ついてこれずアワついているニアちゃんも置いておく。
改めて、目前。つまりは、例によってラインの一歩手前。
あと一歩を踏み出せば〝何か〟が始まる『試練』の開始線。そこに並ぶ俺たちを瞳無き容貌で見つめる【王帝】は、やはり威風堂々。
いつでも来いと、手招いているようだから。
「……再確認。本当に、これが最善?」
再確認にして、最終確認。もう振り向かず前を向くままのアーシェが問えば、
「最善でございます。私の識る限りを信じるのであれば」
「そう。わかった」
迷いなく断じた騎士の言葉に、姫もまた疑わず頷きを返す。
なんのことか────他でもない、もうすぐ〝何か〟が始まる最前線に、彼と共にニアまでも場を同じくしていることについて。
やり取りの通りだ。ケンディ殿が初めて『こうすべき』と助言というか提案をしてきたがゆえ、ガイドの言に信頼を託した結果の択。
「……、……っ」
目をやれば、視線が交わった藍色は二度、三度と瞬いた後。『大丈夫』と強がるように頷いて見せたものだから、俺が返せるのは安心させるべくの笑みだけだ。
……うん、大丈夫。いざとなったら、怖くない最期を演出する方向で。
斯くして、総員の同意は在り。
「……ん。始めましょうか」
我らが旗頭の静かな一言を機に、俺たちは四度目。
引かれた不可視の線を、踏み越えた。
シルエット酷似に深い理由は無いよ。ほんとだよ。




