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奴の頭の中が如何様に再現されていたのか、それは知る由もない。
しかしながら察するに、どんな形であれ『再現されていた』というのは間違いないのだろうと思う。そうでなければ、結末は別の形になっていたはずだ。
まず、流石にそこを違えたら〝俺〟でもなんでもないぞという確信に近い願望を以ってソラさんをプッシュ。その結果として得られた反応諸々から『あぁ、思った以上に俺ですねコレ』と確証を得たゆえ挑発に乗ることに迷いはなかった。
【黒血の星狼】や【神楔の王剣】が容赦無用に襲い掛かってきたのは、あくまでもエネミーの再現でありプレイヤー絶殺精神も変わらず実装されていたから。
そのためエネミー以外が描き出された場合、問答無用の殴り合い以外にも攻略法が生じる、拾える、提示される。まあそんなところか。
それが意図したデザインなのか、西の【賢者】様が言う『奇想天外』から零れ落ちた想定外もとい考え無しによる試練の抜けだったのかは……。
やはり、俺たちには知る由もないところだ。
ないところ、なのだが────
「………………………………え、なにこれ」
どこぞの先輩から拝借した技を以って『俺』を打ち破った後、数十秒後。それにしたって気が抜ける四幕目を前にして、俺は脱力の極致で呟いた。
「俺、地味に実物は初めて見たかもしれんわ」
「自分から足を運ばないと、目にする機会はないものね」
然して続く声音も、最早一切の緊張感を持たず。暢気と淡々で温度差はあれど、トラ吉だけではなく後者のアーシェも既に緩い無表情へと移っている。
加えて、もう一人。ソラさんに関しては……。
「……………………ちょ、ちょっと、かわいい……」
床に丸まっている、直径三十センチ程度。やはりソレの前で警戒心を霧散させたまま、しゃがみ込んだ体勢で至近より好奇心を瞳に輝かせていた。
────半透明で、ぷるぷるした、丸。
形容するに用いられる単語など、その程度しか存在しない単純物。果たして生物的な意味合いで〝者〟と称していいのかさえ不明なソレ。
俺もソラさんもトラ吉と同じく、知識は有ったものの初エンカウント。
「まあ、なんだ……これが…………──ニアちゃん枠で、間違いないな?」
「そうね」
微笑ましげに同意肯定したアーシェ含め、俺たち全員が囲み眺める先。
唯一、ルートによっては戦闘行動ゼロでチュートリアルエリア……【試しの隔界球域】をクリアすることが可能な西陣営ヴェストール由来の存在。
そのモノ名高き、ある意味でRPGの王────スライム様であらせられる。
「────あらぁ……」
ってことで、危険ナシということで〝縁者〟ことニアちゃんを呼んできた。
いやまあアルカディアには危険な粘液生物も存在するってか危険な奴(神創庭園在住)こそ大多数を占めるのだが、これに限っては広く知られた無力の権化。
職人陣営ヴェストールを選択したプレイヤーの、ある意味で『先生』とも呼べる存在であるからして……呼ばれて恐る恐るやってきたニアも、この通り。
「ひぃっっっ………………っさしぶりに見たなぁ、ぷる餅」
スライム────エネミー名……オブジェクト名?
まあ、エネミー名【プディング・プル】を見てコレ、この薄っすいリアクション。無力を自称する職人プレイヤーからも、その程度の認識ってなわけで……。
「……え、これがニアの」
「因縁の、相手、です……?」
「えぇ……? 別に、そんなエピソードとかないんですけど……」
それも含めて、全体的に『こうなるわな』ってなわけで。
「ニア、戦闘……形だけでも、直接的に戦ったことはある?」
「え。ないです、ねぇ……。参加…………巻き添え? まあ、はい、参加することは最近あれこれ多くなってきましたけども、あたし自身が戦ったことは……」
「西もアクティブエネミーおるこたおるやろ。試したことも無かったんけ?」
「ある、けど、遠目に他人が戦ってるとこ見て迷いなく回れ右したよね……」
避け得ず気の抜けた空気のまま。もう普通に『ぷる餅』を指でツンツンつつき回すまでしているニアの様子を見守りつつ、会話が重なり察しへと至る。
あぁ、だから……。
「成程な。再現召喚の条件は当人が直接的に戦り合ったもん限定。そこ行くとニアちゃんの参照データが限りなくゼロで、コレしか択が無かったと……」
とまあ、トラ吉が言った推察が大体の答えで合ってるのだろう。
「あぁー、そういう……」
「その可能性が高そう」
「平和的ですね……」
然らば俺、アーシェ、ソラが頷く傍ら。
「えぇー……?」
困惑先行、一抹程度の不満アリといった顔でツンツンツンツン緑色の【プディング・プル】を転がし回すニア。なんとなく、気持ちはわかる。
気持ちはわかるが、あまりの無抵抗っぷりに可愛そうになってくるからやめてやれ。その内に擦り切れて無に帰してしまいそうな儚さまで感じるから。
斯くして、
「うーん……もしかしたら〝兎〟ちゃんが出てくるかも、とか思ってたんだけど」
「おいやめろ。『記憶』ゼロの環境でアレが来たら確実に一人は持ってかれる」
物騒なことを口にしつつ、チラと振り返ったニアが俺を見る。
いや、俺ってか俺たちを。パーティを振り返り……片手の人差し指をピンと立てて持ち上げ、藍色の瞳で『いいです?』と問うてきた。
然らば、頷きを計四つ頂戴した職人様は、
「えい」
ちょいと、ぷる餅をワンタップ────瞬間、スライム表面を仄かに輝く魔力光が精緻な幾何学模様を描いて迸り、それが上から下まで達した時。
『────
パチン、と。
粘体というよりは風船か何かのようなコミカルな風に。登場してから徹底的に無害を体現していた【プディング・プル】は、呆気なく弾けて燐光と消えた。
流石、西陣営所属の遍く魔工師が一度は世話になるというスライム先生。
感覚的極まる《魔工》作業の精密思考操作の訓練台、兼レベル上げの友。迷路やパズルを解くように魔工の指先で触れるだけで討伐可能な、稀少極まる弱小生物。
物悲しい散り際にワーストワンの誇りさえ感じられた。合掌────
「………………あのさぁ」
と、やはりニアの言いたいことはわかる。
『順番そっくり逆じゃない?』ってなところだろうし、それは俺もソラもアーシェもトラ吉も全員が思っているだろうが文句は【聖女】様に言ってくれ案件。
…………──ほら、丁度いい。
「……パートナー二人はセット枠で、四陣営それぞれ一つずつ」
「だったみたいやな。思いの外、楽だったやんけ」
おそらくは大トリだったのであろう小さきモノの残滓が消え去り、なんとも言えない余韻に浸っていた俺たちの、すぐ傍。
『試練』の始め、忽然と消えた最初と同じく。
『──────……』
その容貌を隠す〝黒〟を纏う華奢な姿が、いつの間にか親しい友人のような距離感で。ふらりふらり、楽し気に揺れながら立っていたから。
ニアちゃんの再現可能参照データには【紅玉の弾丸兎】は勿論のこと星空イベントで遭遇した【星屑獣】各種、果ては【大財を隠せし土巨竜】や対『緑繋』攻略戦で遠目に見た百鬼夜行の面々から『鍵樹』迷宮でキャリーされている時に出会った各層ボス等々まで一つ残らず刻まれています。皆の推測は残念ハズレ。
ならなぜ弱小ぷる餅が再現されたのかって? そんなもの、
仮想世界へと連れ出してくれた親友に見守られながら、
初めて【Nier】として経験した成功の由来たる存在だからだよ。




