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真面目な話、全くもってギャグをやっている場合ではない。
なぜかと言えば至極単純、最悪の想定としていた【悉くを斃せし黒滲】ほどではないにしろコイツ────懐かしい装いの【曲芸師】も、最悪に次ぐ凶悪だから。
なにが懐かしいって、装備諸々が今の俺視点で過去の物になっている点。
全身装衣こと【蒼天六花・白雲】は更新前の【蒼天の揃え】であり、手足を守っているのもディガヴォガではなく『流星蛇』シリーズ。加えて正面からでもチラと輝きを覗かせている髪飾りにも、藍色の色彩が加えられていない形。
つまるところの……。
「デビュー時のハル、か……」
槍を携え、気配薄く自然な脚運びで立ち位置を調整。なにかあれば真っ先に対応して壁になれるよう警戒しつつ、トラ吉がポツリと零した言葉通り。
これはおそらく、第十回四柱戦争時の。
「……………………………………………………」
なにやら珍しい表情をして黙っているお姫様が、初めて邂逅した俺の再現に違いなく────改めて、最悪に次ぐ凶悪。レプラと全く同じ理由で至極どうしようもねぇのではと諦観を抱かざるを得ない、まともな抵抗も許さぬキラーカード。
なぜって、そんなもの決まっている。
『俺』に本気で走られたら、今の俺たちは到底のこと追い付けない。
敏捷値の拮抗、あるいは多少の多寡を覆すに足る能力諸々の有無が、ゲームと現実の狭間に在る仮想現実戦闘における駆け引き成立の絶対条件。
速いは強いどころではなく、下手すりゃ速いは最強がアルカディアのスタンダード。対応の利かない速力で上を取られると、ヒトは文字通り何もできない。
ゆえに、
「……………………おい」
再び、ぽつり。
なにを考えているのやら、果たして考える頭が在るのやら。俺を見て俺視点クソ生意気な表情で鼻を鳴らしたように見える『俺』に最警戒の意識を向けながら、同じく『どうしようもねぇ』という思考に至っているのであろうトラ吉が呟く。
その呟きは、他でもない問いだ。
『俺』を描き出す元となった〝縁者〟ことアーシェに、あるいはスペック的な意味で自分自身を最も識るであろう俺に、更にあるいは、ともすれば俺以上に俺のことを識っていると期待できるパートナーことソラに向けての……。
おいコイツどないすんねや────という、切なき虎の鳴き声である。
さて、然らば知らねぇよ俺の方こそ教えてほしいわと言いたいところ。
しかし実のところ『真っ向からは無理』と瞬時に弾き出された結論と共に、こちらも瞬時に脳裏に浮かんだ馬鹿みたいなプランが一つだけ……ないこともない。
それは四塔の提示する『試練』とやらが、一切の余地なく戦闘能力を測ることに振り切っていた場合。まず通用しない攻略法ではあるだろうが────
「…………ソラ」
「っ、ふぁ、はいっ……!?」
その名前を俺が呼んだ瞬間、目前に居る『俺』の視線が移ろった。
向かう先は他ならない、もう一人の『俺』を呆けて見ているところを呼ばれてハッと声を上げたソラさんの方。……それを確認して、なんとなく、
これイケんじゃね? と、希望が湧いた。
「な、なんです────」
「こっち、ほらこっち、前に前に。トラ吉お前は逆に下がれ、一番あぶねぇ」
「なんやね────」
「言う通りに、私も同感」
然して戸惑うソラを手招くと共に、盾役を果たすべく最前に上がっていた虎を呼び戻す。二人から寄越された疑問の声は、アーシェが賛同にて静めてくれた。
だよな。やっぱそれしかないって結論になるよな。
重ねて諭され大人しく下がり始めたトラ吉に並び、自身も慎重に下がり始めたアーシェと頷き合う。それもその通り、トラ吉に次いでアーシェも危険枠だから。
この『俺』にとっては、な。
そして、その一方で。
「え、えと……?」
「大丈夫、多分、なんとかなる……と、思う…………多分、きっと、おそらく」
この『俺』にとっても、どの俺にとっても────いつの頃に在る俺にとっても、アルカディアに生き始めた以降の俺である限りは常に通用する〝弱点〟が、
「〝俺〟は〝この子〟と戦えない。だろ?」
『──────────……』
僥倖、此処に在る。
「ふぇ、ぁ、へ……………………え、えぇ……?」
照れつつも困惑していらっしゃるところ悪いが、ハッキリ申し上げて今更のこと絶対不変の事実だ。いつか師の目前で披露した一対一で強く自覚したこと、どんだけ心底からの本気で相対したとしても、俺は最後の最後で刃を振り切れなかった。
何故も何もない。無理なもんは無理。
戦いを以って出会い、拮抗する強敵としての立ち位置にも恋焦がれていた最強姫君にならば剣で応えることに躊躇いは無い。けれども手を放さず共に果てまで駆けると誓った相棒が相手となると、どうしても無意識に手と脚が止まる。
俺が肯定している区別であり、この先も変わることない、それぞれとの特別だ。
だからこそ、今の俺は勿論のこと。当時の『俺』も既に無意識の内、大切に抱えていた相棒への親愛まで余さず再現されているのであれば────
『──、────…………』
「へ……」
「………………自分の目では、見たくない類のアレだな……」
ほらな。この上なく効いてくれると信じていたぜと。
斯くして、ソラと視線を交わして数秒。元々ほぼ感じ取れずにいた戦意が『俺』より完全に消え去り、俺視点ひどく至極だらしない微笑みが俺と同じ顔に実装。
ぶっちゃけ自分で見るとシンプルに気色悪さしか覚えないダダ甘やかしスマイルに向けて、反射的に手が出そうになったが……仮にマジ反撃を返された場合、遺憾ながら被瞬殺コースであるためグッと堪えた。口惜しい。
「……あ? なにを見せられとんねん俺ら」
背後から何やら剣呑な声音が飛んできたが、渦中に在って俺からも心底同意を示したい。『色持ち』の重要局面で一体なにやってんだ俺たちはと。
俺は『俺』に対して形容し難い反感が高ぶり過ぎてキレそうになってるし、ソラさんは二方向からの親愛に浸されて照れが困惑に勝り始めているし、アーシェは推定『最も印象深い交戦相手』で当然のように俺が出てきたことに対する照れを滲ませつつ特別扱いでソラに及ぶべくもない過去を見せ付けられ謎に拗ね始めているし、トラ吉は今にも舌打ちを連打しながら俺の後頭部を引っ叩いてきそうだ。
更に最後方、興味津々に首を伸ばして此方を伺っているニアちゃんは置いとくとして……ある意味、今試練最大の混沌かつ意味不明な大ピンチと言えなくもない。
なんだコレ────と、結局は避け得ずギャグに帰結しかけた状況で、
『──、────』
「あ?」
『俺』が、俺に、話し掛けてきた。
いや、声音は発せられていないし言葉も成っていないのだが、こう身振り手振りで明確に。心底ご披露を遠慮願いたいデレ顔を引っ込めつつの意思伝達。
ソラから視線を移した『俺』が、間違いなく俺に向けて。
『────────』
「…………」
〝想起〟────否、この頃は《ブリンクスイッチ》か。虚空から取り出した、これも今や物を変えた過去の鞘に納まる【早緑月】の再現物を手に。
『──、────、──────────』
「……………………」
口を動かし、何事か。相も変わらず腹が立ってしまう勝手勝気な笑みを浮かべながら、空いた手で促すように左腰……鏡写しの俺が、鞘を吊る位置を叩きながら。
「…………………………………………」
なんかもう、言い表せない感覚。
自分自身が言うこと、だからだろうか。なんでわかっちまうかなぁと特に理由もなくイラっとするが、余さず読み取れてしまった『言葉』に溜息一つ。
「────……わかった。それでいこう」
「えっ」
「なにをやねん」
「…………」
声を返せば、正面からは笑み一つ。
周囲背後からは、置いてけぼりの声と反応が計三つ。
いや、初めの一つ……ソラさんに関しては、ともすれば常の俺読み二重適用により読み取れている可能性はないでもないが────ともあれ、
「舐めんなよ【曲芸師】」
『──、──、──────』
そういうことなら大歓迎、まだしも全然、勝機が見える。
おそらくは、ソラが参戦する形での闘争を嫌ったがゆえの提案……──というのが、これまたおそらくのところ建前。であれば、乗らせてもらおう。
ともすれば初めから、戦う気などないと思しき『俺』の、
全く俺らしい、馬鹿な〝遊び〟に。
言葉はなくとも、ルールの制定は瞬時に通った。俺が一歩を踏み出して距離おおよそ五メートル。手と腰、互いに鞘へ納めた『刀』を携えての対峙。
一本勝負────もとい、一刀勝負だ。
些細な身のこなしやアバターから放たれる情報圧で察せられる、ステータスは過去の俺そのまま全開状態。更には《ブリンクスイッチ》を使って見せたところからスキルも、少なくとも形としては擁していることがわかる。
加えて……あぁ、はいはい。本気でいくぞ覚悟しろってか?
思い出したように『俺』の右手が閃き、後ろ腰の鞘から抜き放たれた兎短刀の紅刃を心臓に突き立てる────瞬間、パキンと破砕音。
砕け散った【紅玉兎の髪飾り】の残滓と共に結い髪が放たれると同時、アバターを『決死紅』の燐光が包む……だけではなく、追加の青。
《極致の奇術師》起動、魔力の操糸が『俺』の前身を虚空に繋いだ。
然して……………………………………構え。
兎短刀を鞘へ放り込んだ右手が移ろい、翠刀の柄へと五指が置かれた。
過去の俺が持つ唯一の抜刀術、口伝《結風》の構え。直前に放った技の威力を喰らい刀威を増す本懐は機能しない初撃運用、しかしながら即した択だ。
それでもなお、アレは《飛水》に迫る刀速と《鋒雷》に迫る威力を兼ね備える必殺の剣であるからして……──然らば、こちらも構え。
迷った末、迎え打つための『剣』は一つに決めた。ゆえに刀を鞘から静かに抜き放ち、居合を放棄して【早緑月】の刃を正中線にピタリと置く。
互いに準備は整った。あとは、どちらかが────
『──、──……ッ‼︎』
動けば、終わる。
斯くして閃く、翠刀二迅。
奔り抜けるは極致の『縮地』に並ぶ歩み。ステータス万全、スキル全開、今の常に劣る過去のソレだとしても、かつて『最強』に土を付けた新星の全速。
そして、
迎え入れたのは、全てを『記憶』して歩んだ此処に在る俺。
交錯は一瞬、決着は刹那。相対した全ての者たちの技と強さを────然らば、当然のこと。それらに相対してきた俺自身のことも、余すことなく。
忘れることなく識り尽くしていたがゆえにこそ、
「──────……迦式二刀、模倣一刀」
確定で通ると踏んだ、一手を以って。
「《白鶯》」
受けて喰らい、束ねて返す。かつて真っ向から俺を斬り捨てた、そのもの【曲芸師】にとって天敵となる〝技〟を以って。
『────────…………
両断した過去の『俺』に、未来を示し見せてやった。
「んじゃ、こうしようぜ」
「『俺』と俺で一本勝負」
「ほら、見せてみろよ、ちょっとは成長したってんならな」
「ッハ、上等だ、かかってこいや」
「口伝、《結風》……ッ‼︎」
「えぇー……そんなん知らん…………
みたいな感じだったんじゃないですかね。
ちなみに蛇足ですが、真っ向からのお遊び一本勝負でもなけりゃ惨敗不可避だよ。
引き撃ち小兎刀乱射だけで誰も追い付けず成す術なく全滅するよ。
更にちなみに、ノリで『主人公』が【紅玉兎の髪飾り】の致命無効を割ってなければキチンと発動してハイもう一戦になってたよ。再現でも変わんねぇなコイツ。
アーシェ誕生日おめでとう‼︎




