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……────そして、戦闘開始より十分少々。
「 お 前 よ く コ レ と ソ ロ で 引 き 分 け た な ぁ ッ ! ! ? 」
「 引 き 分 け 引 き 分 け 喧 し わ 今 な ら 勝 て る っ ち ゅ う ね ん ! ! ! 」
俺たちは星空の下に在って夜闇の黒ではなく、霧のように立ち込める〝赤〟の中で、いまだ絶えず暴れ狂う『狼』に相対して舞台で踊っていた。
然して、刹那。ざわりと悪寒。
「ッ、アーシェ‼︎」
「ん……ッ!」
空間を満たす〝赤〟────【黒血の星狼】が傷を負う度に仮想世界の理に則って撒かれ、しかし一方で理に反して消散せず残る〝血〟が蠢く。
宙を染める命の残滓、黒狼の血霧。その回遊パターンが『記憶』と一致するに至り、猶予なく警告を飛ばせば返ってくるのは疑いなき応の声音。
次の瞬間。
『ッッッ────!!!!!』
直上。霧から躯へ、赤から黒へ。瞬く間に撚り集いて顕れた巨大な狼の頭部が、顎を全開に牙を晒して、真下にいる獲物へと一直線に降り落ちた。
然らば、アーシェが俺の方へ向かって床を蹴り身体を浮かせるのと、俺が遠慮ナシ目一杯の全力で右腕を引き絞ったのが同時のこと。結果、
アバターに繋がれた【九重ノ影纏手】の影糸がゴムの如く急速収縮、互いのアクションも乗算して現状のスペックでは本来なら出し得ない速度を出力。
そこまでやって、ようやくギリ余裕と嘯ける程度の回避を手繰り寄せるまま。
「せぇッ────」「────の……ッ!」
繋ぐ糸は絶やさず、円転、旋回、からの射出。
危地から引っこ抜いた姫君の御身は抱き留めることなく、言葉要らずの相互承認にて有効活用。ありったけ遠心力を籠めたスイングで贈り返しの────
「《迅疾の────」
お色直し、
「────青》」
追々加速、からの一閃。
ソラ手製の《千剣の一つ》……ってのは流石にポンポン造れるまでMPリソースが戻っていないため、密度節約版の《十剣の一つ》が喚び出せぬ『剣』の代わり。
しかし単純な話、それとて十本分の砂剣が凝縮された過密度重厚の刃。
籠められている魔力は常に遠く及ばずとも、振るう『姫』の腕も同じとなれば釣り合いは取れる────然らば振るうに足る腕、振るわれるに足る刃が揃い、
『ッ────……
青銀に侍り迸った砂塵の剣は、首から下の無い巨大な狼頭を両断。
────そして、また〝赤〟が散らされて、生きて蠢き、
「ッ……!」
渦を成す。そのパターンが『記憶』の絵面と完璧に重なった瞬間、俺は一も二もなく十割反射で床を蹴った。『廻』の解放も併せた全力跳躍で以って、
「ずぉッ……────らァぃ!!!」
加えて続けて、フィッシング。先と同様に思い切り右腕を引き絞り、しかし先と違い手繰り寄せるのはアーシェ一人ではなく他全員。ソラも、アーシェも、トラ吉も、それぞれの跳躍を更に上へ強引に引っ張り上げる形でアシストし……──
次の瞬間。
『『『『『ッッッッッ──────────────!!!!!』』』』』
木霊する巨狼の雄叫びが空間を揺るがすと同時。周囲約二十メートル圏内の床から一斉に、歪に凶悪に爛々と輝く漆黒の剣山が天高く突き上がった。
【賢者】様が魅せてくれたアレ、どころの話ではない。
ガチで殺しに来てる類のコレ、である。
────と、さて。
今の俺は飛ぶことも空を翔けることも浮くことも不可能。なので一生懸命ジャンプした後は、当然のこと重力に捕まり落下運動が始まるわけだが……。
お行儀の良い剣山ならまだしも、だ。形を成した後なお蠢き獲物を〝咀嚼〟しようと待ち受ける地獄へ、素直に落ちて無事でいられようはずもないのでね?
「《炎剣の円環》」
耳に馴染んだ宣告は、宙に遊び隣に並ぶ前から終えられている。
然して、既に降り落ちバラ撒かれ、
「《爆ぜ散る────」
漆黒の中に煌めく、白炎の魔剣は数えて十。
「────炎焔》ッ‼」
主の命に従いて一斉に炸裂の任を達した炎剣が、吐き散らすは爆炎。
ならばと当然のこと立ち上がる炎熱の柱は上空に在る俺たちにも迫るが、それを防ぎ散らすのは同じく傍に寄せた【大虎】の駆る不可視の〝顎〟四つ。
そうして轟響の中に遠い巨狼の怒声を微かに聞きながら、爆炎と爆風に煽られ一塊に飛ばされて……────はい、着地、アゲイン。
この十分間で、これにて三度目。
初回は普通に一歩間違えば全滅の憂き目に遭っていたであろう命からがらアドリブ対応、二度目は『記憶』に頼り即席対応実践ちょい進歩、からの今。
もう流石に焦りはしても狼狽えはしないが……。
「…………なぁ、これ自惚れじゃなく、俺たち以外の誰がクリアできんの?」
「……知らん。面子が違や、そも内容も違うんとちゃうか」
「それは流石に、私もそう思う……」
「で、です、よね……」
隠せない程度に息切れはしているし、隠す気にもならない程度に呆れてもいる。
もう、ほんと、誰が穴だらけのステータスかつスキル縛りインベントリ内のアイテム縛りでカンストぶっちぎりハーフレイド案件の殺意満点ガチエネミーと真っ向から戦り合えるってんだよ。マジいい加減にしとけよアルカディアと。
そんな風に体勢と呼吸を整えつつ。狼の黒と血の赤と炎の紅が入り混じる地獄絵図を、軽口は叩けど気は抜かないままに見つめた果て。
「…………つっても、流石に」
「ま、流石にやな。そらそうや」
やがて、爆炎の晴れた夜闇の下。
『──────、──………………』
荒れ狂う暴威に反応、適応、対応を重ねられ、攻略というアンサーを以って牙と爪に刃の返礼を受け続けた黒狼は……控え目に言って、満身創痍。
牙は砕け、爪は折れ、漆黒の毛皮も裂かれ放題の荒れ放題────
それでも、なお。哀切など欠片も滲ませなけりゃ俺たちに『可哀想』なんて舐めた思考を毛ほども赦さぬからこその怪物。今ただ在るのは、勝敗の決のみ。
奴が……この【黒血の星狼】が何かしらのギミックによって再現されたものなのか、或いは本当に仮想世界に生きる個体が召喚されたものなのか。
知る由もないが、アルカディアにおけるPvEの常。
アルカディアにおける、冗談キツいぜと笑ってしまうような、途方もない強敵との死力を尽くした戦いの果てに、いつだって在る常のモノ。
「トラ吉……は、ダメなんよなぁ」
「せやな。お前に任すわ」
称賛とか、敬意とか、大それたことは言わない。
ただ言葉にする必要もないと思える感動を、長く先へと連れて行けるよう噛み締めながら────制約により刃が用を成さない縁者に代わり、
「あいよ、任された」
終局に至りて、求む締めは清々しく。流れで任せたと言われたならばグダグダ言わず任されたと、俺は腰元の【早緑月】の柄へ手をやって……一歩。
一歩、また一歩。
『──────……』
そのまま、最後の最後を歩み斬るまで。
地に伏した黒狼は、小さな〝敵〟を気高く睨むまま動くことはなかった。
斯くして、
「…………………………………………んぇ?」
油断ナシの情けナシ。全力一刀を以って強敵を断った刃を鞘へと納めながら、俺が奇妙な違和感に間抜けな声を上げたのは数秒後のこと。
次いで、
「…………………………なんや、嫌な……」
「………………えと、予感、が……?」
「……………………まあ、そう、ね」
代表して俺が一人でトドメに向かったゆえ、少し離れた向こう側。
そのまた更に遥か向こうにチマっと見えるポカン顔のニアちゃんは置いとくとして、戦闘に携わった仲間三人が一様に俺と同じような顔をしているのが見える。
然して、見えた顔だけではなく、聞こえた声の末に。
「……これで終わるとは、思ってなかったけれど」
アーシェがポツリと呟いて、困ったように瞑目した────その時。
「「「「ッ……」」」」
再びの、強烈なプレッシャー。完全に条件反射で疲労を押して臨戦態勢に入り、呼吸のギアを再び切り替えた俺たちを震動が襲った。
それは、虚空より巨大質量が生まれ落ちたゆえの衝撃。
それは先の【黒血の星狼】に続いて、またしても前触れなく目前へ顕れ出でた……正真正銘、場違いであるはずの存在が齎した拍動。
……さぁて、どうしたもんかねと、俺は首を思い切り逸らして見上げながら。
「…………………………ひ、久しぶりじゃん」
目にしたのは、いつ振りのことか。ともすれば、最近は形を変えて常に一緒にいるようなものと言えなくもない親しい相手に────
「元気してた?」
聳え立つ【神楔の王剣】に、頬を引き攣らせながら挨拶を投げた。
諸々封印されてるとはいえ一匹が四人に勝てるわけないだろ。




