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【黒血の星狼】────神創庭園のプレイヤー主街区から遥か北部に在るという峡谷にて、おおよそ二年前。北陣営序列七位【大虎】が遭遇した幻の獣。
体高四メートルは下らない漆黒の威躯、血のように真赤な双眸。残る特徴といえば十字を描くような不思議な尾の形くらいで、全体的な造形は至極シンプル。
当時ソロでの散歩中に偶然の邂逅と相成ったトラ吉は、非アーカイブ勢かつ【旅人】の流儀に則る北勢の信条よりも『唐突にエンカントするタイプの災害案件』と判断するに至り情報の共有を優先。それゆえ外見も広く伝えられている。
飾り気のない見てくれに似合いの、ガチな奴やったで────そんな感想も含めて広がった噂が、一時そりゃもう多くのプレイヤーを動かしたらしい。
アイテムでもエネミーでも、レア存在はゲームの華。大規模な捜索隊や討伐隊が無数に組まれ……しかし、今に至るまで終ぞ二度目の遭遇報告は挙がらぬまま。
それでも、今なお捜す者アリ。
たとえば〝狼〟に縁あり興味ありということなのか北陣営序列第二位【群狼】殿や、彼に憧れてノルタリアへ後続参入するまま傍まで上り詰めた六位&十位のトニック氏&リッキー氏など、一般勢に限らず幻の尻尾を追う者は後を絶たず。
まあ、当時から情報のインパクトは大きかったのだろうから不思議ではない。
おおよそ二年前、つまり俺が仮想世界へ飛び込むよりも以前の話。その頃から既に『北陣営の武闘派筆頭』として名高い【大虎】が、全力を以ってしても。
ほぼ相討ちで、精々だったというのだから。
それは即ち、過去のことではあるにしろ武闘派『序列持ち』単独の全力に対して、拮抗するか上回ることのできる程度の力を秘めた存在であるということ。
……然して、今。んなこと言ってる暇もないが、言いたいことは一つだけ。
残っているのは〝名〟と経験のみ、いまだ大半の〝実〟は奪われたまま。然らば冗談ではなく現状一般プレイヤーに劣るスペックの俺たちの前に、こんな化物をポンと置かれて一体どうしろってんだどうにかできると思ってんのか?
と、そんなところ。
そんなところの、文句は丸っと置いとくしかないもんだから────
「────俺が壁張るッ、が、一人じゃ十秒も保たへんフォロー頼むでッ!」
「っ、ソラ!」
「ッ、ふぁ、はいっ!」
俺たちは各々の刃を握り込み、唐突な戦の訪れに迷うことなく没頭した。
唯一の経験者、ならばと指揮を預かり預けるのに本人も周りも躊躇なく。
撤回の利かない指輪の権能は継続中、ゆえに攻撃は意味を成さずとも堅牢な壁には幾らでも成れる【大虎】が真正面へ一歩を踏み出す。
それと同時。指揮は預けども頭脳役としての務めは手放さず、立ち回りと声で戦場を回すアーシェが相方に指名したソラと共に左右展開────然らば、
「…………、」
俺は一歩退き、前衛三枚の後衛一枚。不得手を任せるのではなく誰にも真似できない得手を必殺に摺り替えるため、目を見開いて『記憶』開始。
話に聞いて……というか、興味に引かれて当時の記事を読み、目にしたことは知っている。が、情報アリといっても映像ではなく語りであるゆえ精度が低い。
わっけわからん状況は相変わらずってことで諦めるとして、とりあえずで打倒するのならば……──本気で攻略するのならば、まずは真に識るのが先だ。
『────……』
陣形を形作り、更には一番槍を投げ掛けた小さな者たちを見やる巨狼は、挨拶めいた咆哮を納めて再びの静。しかし動く気配がないわけではなく、
刹那。
「ッ──────なッッッつかしやないかド畜生、がぁッ‼︎」
直進からの転回、そして忽然からの急襲。
目前へ迫ったトラ吉が槍を振るうモーションを見せた瞬間、どこかの〝黒〟を思わせるような唐突さで掻き消えた巨狼が瞬く間に背後へ出現。
しかしそれを既知として迎え撃ったのは、ブラフ挙動をスイングのテイクバックへと転がした黒槍十文字。……既に本来の性能で息を吹き返しているとはいえ、巨狼の牙に負けず劣らず輝く刃は操手が背負った制約により攻撃力皆無。
更には槍、元来が競り合いに長けた得物ではなし。殊更、ヒトを遥かに凌駕する質量を真っ向から捌くことなど得手とするわけがない────が、
纏う力は『狼』に対して、退かぬ『虎』の〝顎〟が四つ分。
斯くして、振り下ろされる丸太のような前脚と横凪ぎ閃く槍が交錯。同時、
「ん……ッ!」
「ふッ!」
左右から滑り込む砂剣が二振り。弾くまでには至らず、しかし常と比べてまだまだ乏しい出力を鑑みれば称賛する他ない一瞬の拮抗による隙を逃さず。
鋏のように迫る剣閃が競り合いに遊ぶ前脚を、
「っ……」
「ぁっ」
捉えるに先んじて、再びの忽然。
『────…………ッ』
前衛三人と、後衛一人。即ちトラ吉たちと俺との間へ音もなく巨躯を飛ばした巨狼は、またしても獲物を値踏みするかのような仕草で小さく鼻を鳴らした。
成程、これが────
「……死角への、転移能力」
「せや。……今回の挙動を見るに、個人それぞれに対応可か。無茶苦茶やんけ」
巨躯の向こう側、初見の姫が零した呟きに既知の虎が答えている。
────【黒血の星狼】の特異能力その一、死角跳躍。
かの巨狼は文字通り、相対した獲物の死角へと忽然無音にて位置をズラす。過去のトラ吉の推測が確かであれば、対応射程は直線距離で十メートル程度。
奴の挙動や雰囲気を読む他、事前に能力の発動を察知することは至極困難。
しかもトラ吉が今ぼやいた通り、先の挙動を見る限りでは複数人で『死角』をカバーすることは不能。その者にとっての死角が在りさえすれば、そこに他の視線が通っていようとも跳躍起動に支障はないらしい。全くもって道理が無い。
然して、実物の振る舞いを目にするに際し浮かぶ感情は半々二つ。
よくまあ、これと単身突発遭遇して引き分けたなトラ吉よってな感心と……。
よくまあ、これと単身突発遭遇して引き分けたなトラ吉よってな呆れ────
「あら」
と、こっちサイドで一人と一匹の一対一。真っ赤な瞳と目が合った。
そして、合っていた瞳が────また、忽然。
完全なる空白。見事過ぎる断絶。称賛を贈る他ないまでのファンタジー。欠片も残さず意識の感知内から消滅した気配が、虚空から溢れ出すように、即座背後。
障害物が位置をズラして、前方が良く見えること。さすれば振り返って後方を見る三人、早々に懐かしさを覚えてしまう状況……つまり、
単純に、オーソドックスなアルカディア体験。即ち圧倒的な怪物に対して、ちっぽけな身一つで挑み掛かる非日常の中、慣れ親しんだ時間伸長の感覚。
これだよこれと言いたくなる状況に在って。なんの心配もなさそうな顔で、俺に目をやる仲間たちへ笑みを返す……余裕までは、流石に無いけれど。
────残っているのは〝名〟と経験のみ、大半の〝実〟は奪われたまま。
然らば冗談ではなく現状一般プレイヤーに劣るスペックの俺たちの前に、こんな化物をポンと置かれて一体どうしろってんだ、どうにかできると思ってんのか?
誠に結構、見せてやる。
「舐めんな」
装備状況、在るだけ全快。
【藍心秘める紅玉の兎簪】は『決死紅』起動、更に【真説:王鍵を謡う契鎧】部分展開両腕着装および招来【廻り回輝する楔の霊剣】。
【九重ノ影纏手】影糸放溢、腕部重点アバター補強衝撃緩衝形態────
外転出力『廻』、当社比六割出力収斂解放。
まだまだ見足りず、口が裂けても見切れるなんざ言えねぇが、
「どッ──────」
『、ッ────!?』
悪いが死角跳躍のイロハなら、俺にも一家言あるんでな?
読みが通り、合わせが通る。
目が合った瞬間から身体中を奔らせていた力を撚り束ね、瞬時転回からの大剣一閃。奇襲に返す奇襲が、背後致命の如く振るわれた鋭爪を前脚ごと殴り飛ばし、
「────ッッッせぃあ!!!!!」
その延長線上にて白金の鋒が黒の毛皮を裂き、舞うは鮮血代わりに舞台を彩る赤の光芒。交錯を制したのは言わずもがな、斯くして戦果は────
「……おぉ。そっちこそ、舐めんなってか?」
肩筋、残念ながらカス当たり。
重ね重ね死角へ跳び、今度は俺の方を振り向いていた仲間たちの更に後方。即ち、ようやっとパーティ全体で正しく向かい合える形に落ち着く位置。
憎々しげに俺を睨む真赤な瞳に、造り物ならざる意思を感じて、
「ッハ」
これだよこれ、と。
好むコンテンツの到来に、思わず緩む頬は抑えられなかった。
自称vEライクだからそいつ。
さて置き、なんだかんだ安定しそうで安定しなさそうなので、暫くは更新時間不定期続きとしておきます。ご了承くださいませ。




