その名は
「―――いやいや……」
予選開始から、もうすぐ五分―――否、まだ五分しか経っていないというのに。
見渡せばあっという間に過半数を割ってしまった会場の様子を横目に、ロッタは「冗談キツい」と引き攣り気味の笑みを零す。
中々どうして、だって?―――まったく、馬鹿みたいだ。
ロッタが「予想の上」を期待した青年は、彼の敷いた期待のラインなど眼中に無いとばかり、遥かな空へと飛び上がって見せた。
自身に挑み掛かる三人の予選参加者をあしらいながら、ロッタが視線を向ける先―――数秒の間に幾つもの死亡エフェクトが舞い上がる、対角線の向こう側。
赤い燐光の中を駆ける白蒼の影が手にするのは、これまた見た事も無い紅蓮の長槍。
しかしながら抜き身の刀身……その紅緋に輝く一角を目にすれば、それが何であるのかに思い至らないプレイヤーなどいないだろう。
【紅玉の弾丸兎】―――二週間前から此方でも彼方でも話題のタネである、【螺旋の紅塔】に生息する殺人兎。
入手方法不明、或いは入手不可能とされていたその一角、それに間違いない。
それとして思い返せば、全てが繋がる。
見覚えの無い、同じく紅緋色に輝く螺旋の指輪。
そして黒灰の髪を彩っていた、あの髪飾り。
【螺旋の紅塔】の攻略騒ぎから数日前、恒例の圧迫歓迎会から目を疑う方法で離脱した新参者の噂。
更にはひと月と少し前の事。掲示板界隈を賑わした、とある新人プレイヤーの爆弾めいた書き込み。
そして非匿名掲示板に確かに記された、その新人プレイヤーの名は―――
「【Haru】……!!」
まったく、何が期待せざるを得ないだ!
何が面白いものを見られるかもしれないだ!
あれほどの怪物と言葉を交わし、握手まで交わしておいて、その実力を毛ほども感じ取れず何が『視察官』か!!
「参った……!いや参ったよ……!!」
「―――参ったのはこっちだってんだよ!?」
「―――三対一で余裕の余所見だと!?」
「―――せめてこっち向いて戦ってくれませんかねぇ!?」
と、片手間にあしらっていたプレイヤー達から悲痛な苦情が届けられる。
……いけないな。我ながら夢中になるのは仕方ないと思うが、与えられた役割は真摯にこなさなければならないだろう。
「これは失礼―――それじゃあ、この辺にしておこうか」
目前に迫った曲刀を右手で打ち払い、鞘に納めたままでいた剣に左手をかける。
「やっべ―――」
「攻め手が貧困。手札を増やそう」
一刀。抜き放った勢いのまま曲刀使いを両断し―――
「ちょ、ま、ごめんなさ―――」
「ビルドが噛み合ってないんじゃないかな」
一刀。返す刃で、隣でたたらを踏んだ魔法剣士の首を飛ばし―――
「君は悪くないけど、悪くないだけだね」
「地味に一番ひど―――」
一刀。半ば戦意を喪失していた短槍使いを袈裟懸けに斬り払う。
流れるような動作でそのまま剣を鞘に納めたロッタは、グルリと周囲を見回した。周囲でこちらの立ち合いを窺っていたプレイヤー達と目が合うが……
「まぁ、だよね」
一様に逸らされる視線に、ロッタは苦笑いを隠せない。
『視察官』に挑み掛かってくるだけ、先の三人はまだガッツがあって良しというもの。あれで実力が伴ってくれば、本戦への推薦も是非にといったところだ。
―――しかしまぁ、今回に限って言えば。
「推薦枠は……無しかな」
改めて視線を向ければ―――もうほとんど伽藍洞となってしまった戦場で、遂に誰も近寄ってくる者のいなくなった青年が、困ったように立ち尽くしている。
貪欲に最後の一人まで狩り尽くす勢いかと思ったが、どうやらそこまで狂戦士めいたメンタルという訳でもないらしい。
……いや、一人で半分以上を喰らっておいて、狂戦士めいていないというのも可笑しな話だが。
―――決まりだね。
このブロックの勝者は既に決した、彼をおいて他にはいない。
ならばこれ以上続ける意味も無い。ロッタにも、そしてハルにも勝負を挑もうとしない残る数人のプレイヤー達も、もはや戦意は無いものと考えて良いだろう。
「そうだね……ここまでにしようか」
頷いて、ロッタは歩き出す。
その足が向かう先、佇む白蒼の青年が歩み寄るロッタに気付き―――あの警戒した様子、きっと此方の戦闘も見られていたのだろう。
笑みを零し、戦う意思が無いことを両手を挙げて示しながら。
『視察官』はただ喜びを胸に、訝しげな顔を向けるハルの元へ向かうのだった。
◇◆◇◆◇
無我夢中で暴れ回っていたら、いつしか周囲からプレイヤーが消えていた件。
いや消えたというか消した犯人は凡そ俺な訳だが、それはそうと新たに近寄ってくるプレイヤーすらいなくなってしまったのはどうしたものか。
バトルロイヤルと言うからには最後の一人まで血眼になって争うものかと思いきや、何やら残る数人は既に戦意を失っている模様。
謙遜を捨てて言ってしまえば、おそらくまあ俺のせいなのだろう。我ながら意味分からんレベルで戦果を叩き出しての大暴れだったからなぁ。
いや、強かったよ。流石は闘争のイスティアというか、間違いなく一人ひとりが油断のならない強者だった。
ただ、相手が悪かったな。こちとら情報皆無に加えて幾つものユニーク要素をこの身に詰めて馳せ参じた初見殺しの塊だ。
周囲にも気を配らなければならない乱戦で、そんな奴の相手は辛かろうよ。
―――さておき、だ。
遠巻きに未確認生物を見るかの如き視線を向けてくる生き残りは置いておくとして……おいロッタ、さっきの見てたぞ貴様何者だよ。
そんな笑顔で両手を上げながら近付いて来たって油断しないからなぁッ!
「考えてることが分かりやすいね、君は」
「隠してないからな」
左手には既に【愚者の牙剥刀】をスタンバイ。もし何らかの予兆を感じ取れたら即座に《先理眼》を発動出来るよう構えながら、ロッタの挙動に目を凝らす。
「そう警戒しなくて良いよ―――おめでとうハル、このブロックの勝者は君だ」
「………………………………な、なんて?」
我ながら、殊更に間抜けな声を出してしまった。
小さく噴き出したロッタが、可笑しそうに笑うまま何やらシステムウィンドウを操作して―――
◇Congratulation!! 【Haru】 Wins!!◇
「うぇあぃっ!?」
突如響き渡るファンファーレ、そして会場中空にデカデカと表示されるシステムメッセージ。
仰天して思わず跳ねた俺に降りかかる、紙吹雪めいた煌びやかなエフェクト光―――そして、
「「「―――――――――――――――ッッッ!!!!!」」」
混乱、動揺、驚き……何もかもを吹き飛ばす、絶叫の如き大歓声。
「う、ぉ、お、おおお……―――」
え、ちょ、ちょ、どうすれば良い?これどうすれば良い感じ!?
状況の推移について行けずオロオロするクッソ情けない勝者に、近付いたロッタが助け舟を出す。
いや助け舟というか、彼はおもむろに俺の右手を掴むと―――
「えぇ……」
「勝者の義務だよ?ほら笑って笑って」
無茶言うなや。
高々と拳を掲げるビクトリーポーズを取らされて、更に爆熱する歓声にあおられるまま俺は表情を引き攣らせた。
これでも笑ったつもりなんだよ、どうか許してくれオーディエンス。
「あれだけ魅せ付けたんだ。ファンだって出来たかもよ?」
「勘弁してくれ…………で、結局オマエは何者なの……?」
げんなりと横目を向ける俺の質問に、ロッタはただただ面白がるような笑みを返して……
「予選突破おめでとう―――『四柱運営委員会』は、君のような超新星を心から歓迎するよ」
歓声の只中でそう言って、腹立つほど似合う仕草でウィンクをしてみせた。
え、アッサリ終わり過ぎだって?
たかだか予選で何万文字も描いてたら
戦争本番まであと二ヶ月はかかるが宜しいか?