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目を覚ましたのはアーシェ曰く、おおよそ五時間後のことだった。
寝ながらでも己が感覚時計を完全に把握してんの諸々どうなってんだとか、無敵の姫に今更過ぎるツッコミなど入れようなんて者はおらず。
ツッコミたいのは結局二十四時間以上が経過しても微動だにしないシステムクロックの秒針に対してだとか、諦観に満ちた溜息も各々の胸に留め置きつつ……。
「────さて、二人目」
仮想世界の中での睡眠を経て、身体よりか心のコンディションを整え万全。
少なくとも万全と強がれる程度に回復した俺たちは、テント代わりにさせてもらった安全地帯である〝楔〟の結界を過ぎて一路。
「────西の【賢者】……フォルカナ、ね」
既に乗り越えた、東の【勇者】アリスティアに続く二人目。緑を基調とした城の残骸たる瓦礫の中で佇む、小柄な影の前に立っていた。
俺とアーシェの……特に後者。反応を見るための届けるような呟きに対して、しかし予想通り微動だにせず。〝彼〟は生気なく佇むのみ。
重ねて、小柄。身長は少女と同程度。
大きなフード付きのハーフローブを纏っていること。
やや長めの髪が束ねられ、肩から前へ流されていること。
黒一色で埋め尽くされており読み取れない容貌も相まって、挙げられる特徴と言えばそのくらい。【勇者】とは異なり、両の手も空っぽだ。
けれど、
「…………一緒やな」
「だな」
「えぇ」
一線が、ある。
踏み越えれば始まると、経験と本能に訴えかける線を知らしめる、圧がある。その点に関しては、先の【勇者】様と変わらない同類と言えよう────
「…………戦うんでしょうか? 西陣営……えと、西の、方ですけど」
と。俺、アーシェ、トラ吉の並びにプラス一名。
ここまで数えて軽く三桁を越える〝楔〟を巡り、例のアリスティアさんから賜った土産分も併せて、めでたく戦線復帰を認められたソラが俺の隣で疑問を零した。
謎の性能差が出てしまったアバターが追い付いてこれなかっただけで、俺と一緒に潜った修羅場は大袈裟でなく数知れず。その目にも確かにラインは映っているはずだが、しかしプレイヤーとして持つ『陣営』の常識が問いを生む。
西と言えば、非戦では? ────と。それは、
「まあ、せやな。圧は感じる言うても……」
「だなぁ」
「えぇ」
然り、再びの三つ並び。俺たちも等しく思っていることだ。
確かにデカい圧は感じる……が、圧と言っても存在感みたいなものであり、アリスティアさんから感じ取れた戦意や闘争心みたいなものは伝わってこない。
『────……』
静謐に在る小さな〝影人形〟から伝わるのは、ただただ静かな迫力のみ。ともすれば、前情報から俺たちが勝手に感じていると勘違いしてしまいそうなくらい。
ここから一歩を踏み出して、戦いが起きるという予想が生まれない。
「……まあ、でも、いくか」
「ん……始めないと、始まらない」
「ここ来てから予想外ばっかや。考えても無駄やな」
「は、はいっ……!」
とはいえ、アーシェの言う通り始めなければ始まらない。
東から西へ……────『北と南は後回しにした方が良い』という数少ない明確なケンディ殿からの助言に従い、迷路を横断して辿り着いたのだから、
ビビってないで、臨むとしよう。【賢者】フォルカナが示す〝試練〟とやらに。
然らば……背後確認。先の【勇者】戦後に『いきなり始めるからビックリするじゃんね???』と真っ当な文句を投げられたゆえのこと。
例によって後方にて待機中。今回はソラに代わって護衛騎士様にガードされているニアちゃんから、こくこくこくこく焦ったような過剰な首肯を受け取って、
今更を以って覚悟アリ、情報皆無ゆえ逆に憂慮ナシ。
こちらもこちらで頷き合い、揃って一歩を踏み出した────そうして揃って、舞台の上。床に引かれた〝線〟の内へ、俺たちの足が踏み入った瞬間。
『はい、一旦そこで止まってください』
耳に届いたソレに、俺たちは様々な理由から足を止めた。
警戒、驚き、咄嗟の順守。声代わりする前の少年めいた高い、しかし大人の余裕や深い理知を感じさせる柔らかく優しい声音。
どこから……誰から発せられたモノかなど、言わずもがな。
『遥かな未来で訪れし者へ。直接の言葉ではなく失礼しますが、ご挨拶を』
目の前に在る、影の人形より。
「…………聞きましょう」
呟いたアーシェの声音は〝彼〟に向けたものではなく、視線で行動を問うたパーティメンバーへと向けられたもの。然らば、頷き停止を続行する俺たちの前。
『僕はフォルカナ。恥ずかしながら、仲間内【賢者】などと大層な名前で呼ばれる者……実際のところは、物作りくらいしか能の無い非力な者。そのため、』
影人形は、口を動かさず。
初めの語り口から知れたこと────内から再生される録音を言葉として、無貌の奥底より過去に紡がれたメッセージを淡々と届ける。
『他の三人のように……いえ、まあ、ミルフィエに関しては一体どんな奇想天外な悪戯を用意するものか、わかったものではありませんが……と、ともかく』
……思いの外、淡々の内へ茶目っ気というか親しみ易さも入り混ぜながら。
『僕自身では、武を以って測れません。────ですので、』
穏やかな声音のまま。戦意も何も感じさせない声音のまま。至極ゆったりとした動きで……こちらが見守る先、片膝を折った〝彼〟が、手を。
『こうしましょう』
ひたと、床に片手の平を触れさせた瞬間のことだった。
「っ」
吐息を零す。それだけのアクションを以って反応できた者は、アーシェのみ。
即ち、無敵お姫様ほどではないが反射神経に自信がある俺も、同様に野生の勘に優れたトラ吉も、真っ当な反応速度だけ言えばギリ一般の範疇に留まるソラも、
反応すら、できなかった。
ここから……俺たちのいる場から、咄嗟に振り返れば背後の彼方まで。
「……………………マ、ジか……」
まるで、というか、そのもの剣山。
瞬きよりも速く、床に鋒を突き立てる形で生じた無数の武器が、見渡す限りを埋め尽くした。そんな尋常ならざる理解不能な現象に対して。
肝を冷やしながら視界に収めた風景の中。危機に見舞われて硬直する猫のようにビビり散らかしているニアちゃんや、その脇に居る騎士様が無事なのは幸い。
というか、ご丁寧に俺たちの位置や二人の位置は避けられているが……。
────なにが、非力。なにが、武を以って測れないだよ。もしも座標に隙間がなく、突き上がるようにして現れた武器群の向き、その上下が逆であったならば。
「…………こ、これ、今」
「あぁ、だな……」
瞬きの間に、俺たちを穴だらけにすること程度、容易かったのではないかと。流石に震えを隠せていない相棒の声に、そうして相槌を打つ俺を他所に。
「……おい」
「えぇ────皆、構えて」
他二人の声に視線を連れ戻された目前にて、更なる変遷が舞台に躍る。
『ルールは、簡単です』
それは、かつて壮大に在ったのであろう城の残骸。瓦礫の山。
元の形は見る影もなく……しかし城を、巨大な建築物を構成していた質量だけは、変わることなく今に健在。その、瓦礫の山たちが────
『僕の〝作品〟を自由に使って』
浮かび、連なり、新たな〝形〟を成す。
そして、無数の武器が咲き乱れる舞台を、
『僕の〝作品〟を壊してください』
西の【賢者】が従える巨大な瓦礫の〝竜〟が、まさしく無声の咆哮が如く、
盛大に、四本の脚で踏み鳴らした。
私なら回れ右して帰る。




