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斯くして、
「────…………………………俺たち、なにさせられてんだろな……」
「……知らん。新手の修行か、なんかちゃうか…………」
攻略開始より、二十時間超。
また新たな〝楔〟へと辿り着いた俺たちのリアクションは各々、懲りずに虚無を交わし合える俺とトラ吉なんかは……まあ、まだ随分とマシな方で。
「ソラさん、大丈夫か……?」
「………………………………ご、ご心配なく……ありがとうございます…………」
まずソラさん。言わずもがな満身創痍。結界内へと踏み込んだ瞬間へたり込んだ身体を咄嗟に支えたが、心配いらないと言いつつ体重全てを俺に預けっぱなし。
わかりきったこと、流石に正真正銘の限界点だ。
大休憩どころではなく、もう大々々休憩くらいを取らせなければ完全に動けなくなってしまうことだろう────と、向こうのアーシェへ目をやれば、
「……、……ニア、もう今日は動かないから。ゆっくり休んで」
「ぁぃ……」
俺がソラを支えているように、電池の尽きたニアを介抱中。
ぶっちゃけ『今日』も何も在ったもんじゃない倍率不明超加々速空間にて、いまだシステムクロックは秒を刻まず。せめて二十四時間で一秒くらい進んでくれたらなと謎の願いを抱き始めている有様だが、アーシェの言葉は気休めに非ず。
とりあえず今日……気持ち的に、明日になったと感じられる程度の時間は確保する形で。時の進まぬ今日は、この〝楔〟の下で野晒しキャンプが決定した。
それ以外に、選択肢がない。
「ったく、どういうゲームメイキングなんだよマジで…………ソラ?」
「…………」
「……過酷が過ぎる、よなっと」
然して、こちらも電源オフ。糸が切れるように意識を飛ばしたパートナーを優しく抱え上げ、緑を基調とした〝楔〟の足元へと運んでいく。
そうして、先んじてニアを膝で寝かせている姫王子の隣に腰を落とし、
「アーシェ」
「ん」
静かな寝息を立て始め、気絶から眠りへと推移した相棒を同じく膝に抱えつつ、
「────ギブアップ。できるかどうかも勿論、聞いてあるよな?」
「えぇ。勿論」
例によって最前。結界の際から遠くを見つめている騎士の背中へ目をやりながら問えば、お姫様は信頼に違わず当然のように頷いた。
「直接的に訊ねた、わけではないけれど」
「行き届いてるなぁ」
どこで聞いたかと言えば、他ならぬ東の城跡での質問責めタイムだろう。けれども、その時アーシェの隣にはソラさんがいたものだから……。
「遠回しな問い掛けで集めた断片からの推測……──無理と見なした時点で、彼が帰してくれるはずよ。幾つかの根拠を以って、間違いないと断言できる」
とまあ、あれこれ気遣って確たる推測を手に入れてくれたらしい。
「そか、助かる。根拠云々は聞かなくていいや」
「……信頼してくれるのは嬉しいけれど、推理を聞いて欲しさも少しある」
「珍しいこと言うな。お前も疲れてるだろ」
「…………少しだけ。お互い様」
そりゃまあ、聞くまでもなく嫌がるだろうからな────自分を気遣われて、パーティ全体でギブアップなんて。ソラも、ニアも。
事実、まだ折れていないだけで、
いつ心が折れても、不思議ではない状況であるだけに。
「なんや、出直すんか?」
スヤスヤ中の二人も含めて、ぞろぞろ集う柱の足元。乙女の寝顔に配慮したのか否か、少し距離を置いた位置にドカリと腰を下ろしたトラ吉の言。
俺とアーシェは、顔を見合わせて。
「「まさか」」
笑えてしまうほど、綺麗に同時に重なり合った言葉を返した。
「空前絶後の頑張り屋だからなぁ」
「ソラも、ニアも、ね」
「身体が……で、この場合は合ってるのか? まあ、この状況下で遺憾ながらアバターがついてこれてないだけで、意気込みは俺たちと同等だろ」
「諦める、なんて絶対に言わないでしょうね」
「あぁ。説得しようとしたところで、こっちが音を上げるに決まってる」
「むしろ、お説教されるかもしれない」
「それな。真面目にキレると怖いんだわソラニアの並びは」
返して、返して、返すまま。これもおそらく消耗によるもの、疲労を誤魔化すかのように軽口が止まらず、向こうでトラ吉は半眼を構え────
「なんやねん。娘二人可愛がり自慢する夫婦か」
容赦のないツッコミが飛んできて、
「……ふふ」
あの【剣ノ女王】が、大して面白くもないような会話で笑みを零した。
その通り、この通り────別にソラとニアに限った話ではなく、もう単純にパーティ全体が無視できないほど疲れ切っているのだ。
俺たちとて、体力気力は無限に非ずんばってな。
「………………寝るか。流石に、寝れそう」
「そう、ね……少しだけ」
言いつつ、チラと二方向へと視線を飛ばす。
まず一方。先んじて俺たちの方を振り返っていたケンディ殿は、一つ頷き「ごゆっくり」とでも言わんばかり穏やかな微笑みを返した。
こんの意味深発言連発騎士様がよ────とは、思わない。俺は殊更、此処へ来てから彼が並べ立てた言葉の数々を全て『記憶』しているから。
アーシェ曰く物語ばかりを寄越してくるという騎士様は、この苦境を打開するための核心を手渡そうとはしてくれない。けれども、彼は言っていた。
それが俺たちの『得られるモノで在る限り』全ての問いに答えよう、と。
つまり、俺の知る限り『嘘』や『誤魔化し』を口にしたことが無い彼が噤んでいるのは、答えたところで俺たちの為にならない事象である可能性が高い。
或いは……──答えることで、俺たち側に何らかの不都合が生じる可能性か。
実際のとこは、わからない。わからないが…………どうせわからないんだから、素直に〝友達〟を信用しておいた方が気分はいい。正義の思考停止だ。
もしもまさかの展開で裏切り騎士ストーリーが始まったとて、それはそれ。
俺たちはプレイヤーで、この世界はゲーム。目の前に思わぬシナリオが現れるのであれば、その時になってから好奇心で対抗して解き明かしてやればいいさと。
であるからして────ケンディ殿には友として親愛を以って、情け容赦なく不満を表す半眼睨みを贈呈。苦笑を視界の端に入れつつ顔を背ける。
然らば、もう一方……。
「…………ソラに匹敵する寝付きの良さだな?」
言葉を交わしたのは十数秒前。目を離したのは数秒ほど。向こうで既に静かな寝息を立て始めた二足歩行の虎を見て感心を口から零していると、
「……こちらも同じく、と」
とさり、思い切り休むと決めたら即実行。
膝に寝かせたままのニアごと如何様に、いつの間に距離を詰めたのやら。至近真隣で眠りに落ちたアーシェの頭が、俺の肩を目掛けて降ってきた。
勿論のこと受け止める。受け止めて、半分無意識のまま労わるように。いつ見ても空恐ろしいほど綺麗な顔に掛かる、青銀の糸を指先で避けて、
「…………………………一旦、おやすみ……────」
俺もまた疲労の水底へと沈むように、ゆっくりと目を閉じた。
◇◆◇◆◇
「………………………………っふ」
彼は見ている。まるで家族のように寄り添い合って眠る、尊き者たちの姿を。
「………………」
彼は目をやる。辿り着いた〝楔〟の先……そこから長く長く伸びた道の果てに在る、遥かな過去に崩れ落ちた平和と栄華を記して在る瓦礫の山を。
「……………………、……」
その中で佇む、いと懐かしき小柄な姿も、また。
「……────待っていろよ」
彼の心を、その奥底を、ヒトのように揺さぶるって余りある記憶ゆえに。
「もうすぐ、だ。もうすぐ……」
人の眠りを見送った騎士は、一人。
誰にも聞かれぬ呟きを静寂に溶かして、ただ静かに立っていた。




