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「────……寝れるのか。二重の意味で」
ぽつり独り言を零したのは、事情聴取から一時間程度が経った後。
場所は相変わらずの瓦礫山。大休憩ってなことで望ましいのは各々の精神完全回復、そりゃあ眠れるものなら眠っとくのが最善ではあるのだが……。
ふと目をやれば、大きな瓦礫の欠片を背凭れに寝息を立てていた虎一匹。
ただ目を閉じているだけではなく気配で意識が沈んでいるのを読み取れるゆえ、俺は言葉通り二重の意味で呆れ半分、驚き半分で感心せざるを得なかった。
よくこの状況で普通に寝れるな……ってのと、やはり星空イベント同様の仕様で『睡眠』が可能になっているのか……ってので。
アルカディアにおいて〝眠る〟というアクションは、元来二種の意味が存った。
一つ目は、寝落ち。
プレイヤーの意識が完全な睡眠状態に入る。その条件が満たされた場合、夢の筐体【Arcadia】は自動ログアウト処理を行い乗り手を現実世界へと送り返す。
その後は如何なる高級ベッドにも勝るという安眠が快眠が約束される、ってのが現在において広く知られた事実。『家にベッドを置かなくなった』という話も珍しくないようで、さて寝るかと仮想世界へ……なんて人も多いのだとか。
二つ目は、寝落ち。言葉は同じだが意味は違う。
これに関しては睡眠的な意味で『夢の世界へのログイン』を示すのではなく、ゲーム的な意味で『夢の世界からのログアウト』を示すモノ。
俺も基本的にそうしているようにリスポーン地点としての役割を果たす寝具アイテムを用いて、自然かつ最も感覚的負担の少ない形で世界を切り替える方法だ。
一つ目との差別化は簡単、ベッドの設定を弄ってログアウト機能のON/OFFを切り替えればオーケー。寝て眠るか寝て目覚めるかの違いが生じるというだけで、どちらもプレイヤーが受ける感覚的負担はゼロに等しい。
────とまあ、そんな具合。
つまるところ暫く前まで『仮想世界に居るまま眠る』というのは不可。どれだけ安らかな顔で寝息を立てていようと、ログイン状態を確認できるのならば全ては狸寝入り……というのが、極一部の例外を除いたアルカディアの常識であった。
で、あった。追加された三つ目に関しては言うまでもないだろう。限界超加速イベント【星空の棲まう楽園】での、現実に即した特別仕様に他ならない。
トラ吉を見る。意外というか似合わないというか極めて静かな寝姿で、得物である黒い十文字槍を抱えながらの穏やかな眠りが様になっている。
重ねて、完全に睡眠状態であるとして疑いようがない……けれども、視界端。
いまだに灰色表示のステータスバーはともかくとして、小隊インターフェースに並んでいる名前までは灰色に染まっておらずオンライン状態を示していた。
完全に、星空イベントと同様の状態である。
しかしながら、あちらには在った空腹感は総計十四時間弱が経とうとしている今なお訪れず。食わずに動けるのは結構だが、それはそれで違和感────と、
「ああいうとこは流石というか、無駄に肝っ玉でかいよな……トラデュオでは普通に緊張でガチガチになってたけど。トラのくせによ」
「トラのくせには意味わかんないし、キミが言えたことじゃないでしょー」
俺の言葉に反応一つ、隣を見れば藍の色。
肝っ玉虎大将と同じく大きな瓦礫に背を預けて休む俺。その横へストンと収まっているニアは、人の目アリということで距離おおよそ三十センチ。
「お前も寝てていいぞ。寝れるもんならな」
「そりゃもう、寝れるもんなら寝ますけどねぇ……」
睡眠状態に関してはイベント時と同様だが、状況に関しては全くもって異なっている。疲れているだろうニアが目をパッチリ開けているのが、その証左。
確かに疲労は感じているものの、眠気があるかと聞かれたら無い。特異な状況下で眠気デバフもなしに意識の火を消すのは、中々に難儀しそうだ。
「「………………」」
二人並んで、ぼんやり眺める異空間の空。
いまだ向こうでケンディ殿に怒涛の質問を投げ付けているアーシェ、そして彼の口から齎される話に強めの興味を示し聞き入っているソラ。
「「…………………………」」
とまあ、現状で向けられている目はない。……だからだろう、時折ソワついたように腰を持ち上げるか否かと身動ぎするも、ニアちゃんは位置固定続行。
笑ってしまう。可愛いかよと。
然して、つい零してしまった笑みを見咎められて半眼を向けられたので、
「────、……っ!?」
こちらから三十センチを踏み潰して、迎えに行ってやった。
身長差から、あっちの頭の高さは大体こっちの肩の位置。眠れなくとも寄り掛かれるものは多い方が楽だろうし、男の肩でも硬い瓦礫よりは幾分マシだろうて。
「…………………………み、皆、いますけども……」
「まあ、一番お疲れだろう非戦闘員様を労わるのも必要義務ってことで」
「……………………か、カメラ……」
「生配信じゃないんだぞ。編集徹底するから気にすんな」
この面子ならば、ニアを甘やかす俺を見て即座に文句を言ってくることはないだろう。後々に関しては、俺が諸々頑張ればいいだけの話。
カメラ────つまり攻略開始より現在に至るまで、ぶっ続けで撮り続けている映像記録に関しても……まあ、どうにでもなるので心配は要らない。
現状、真っ当な装備品の類からは機能が失われたまま。
即ち顔バレNGってか可能な限り勘弁してくださいのスタンスに在るニアちゃんの〝顔隠し帽〟も用を成していない始末なわけである。
けれども、言った通りだ。
「信用できない奴この場に一人もいないだろ。トラ吉に至っては個人アーカイブ活動皆無勢だから、そもそも録画すらしてないし」
「そ、………………そう、っすね……」
「『そうっすね』て」
心配ないから、休んどけと。
そうして最近ちょいちょい言葉遣いが誰かさんめいているニアに、再び笑いを零す俺の肩へ。おそるおそる、ちょいと、控え目に体重が預けられた。
然して、数十秒。
一分。
五分。
十分か、そこら。
「……………………んー……さっき、の」
やはり虎のように眠るのは難しいと判断したか、寝息に摺り替えようとしていた静かな吐息を切って、ニアが目を閉じたまま口を開いた。
「うん? さっきの?」
「んー……アリスティア、さん?」
「……あの、まだ詰め足りないと申────」
「じゃなくてさぁ」
んで、すわ暇潰しの俺イジりかと反射的に構えたところを笑われる。肩越しから笑みの震えが伝わってきて、それはもう様々な意味で至極くすぐったい。
「なーんか、キミに迫られて、いきなり後退り始めたじゃん?」
「言い方……まあ、そうな。それが?」
何を聞きたいのだろう、そう首を傾げものだが。
「なんで?」
単純なこと。先の〝戦い〟の解説が聞きたかったっだけのようだ。
それにしても、言い方、問い方。あまりにも子供っぽいというか気を抜いているというか無防備というかで、これには俺も頬がだるんだるん。
目を閉じているままで良かったと思いながら、自重で顔を取り繕いつつ。
「あー、まあー、単純な話……『鬼ごっこ』」
「うんー……?」
「【剣聖】式の修行法、知ってるだろ」
「んん……ぁー、と…………なんか、こう、すっっっごいキツいゲーム的な」
「まあ、大体それで合ってる」
剣聖式『鬼ごっこ』────仮想世界におけるスパルタ体力作りを主眼とする一方で、その究極的な先に在るのは〝読みの極致〟に他ならない。
そして、それによって培われる技術が、もう申し訳ないほどに……。
「あれと同じだよ────アリスティア……さんの動き方と癖を全部『記憶』して、一歩一歩を含めた体捌きの起こりと揺らぎで行先を全部、踏み潰した」
俺の『才能』と、相性が良い。
「踏み……………………」
「お師匠様曰く、相手が強ければ強いほど有効、だそうだ。実際、最近ういさんと一対一やると互いに動けない……みたいな感じにもなったりするくらいで」
「………………」
「んで、その技術に一応で付けられた名前が零の太刀《無極》……立ち回りならぬ太刀回りってことですか? って冗談で聞いたら怒られたっけな、ハハ」
「………………」
「ぁ、だから抜刀術の方は関係ないぞ。アレは俺の《爐》流用の間に合わせだ」
「………………」
「ともかく、そういうことで。保険で十二時間超じっくりコトコト温めた『廻』を注ぎ込めば瞬間的な速度で上回れる自信はあったから、あとは追い詰めて追い詰めて突撃を誘発すれば……Lv.50程度のスペックに合わせることは簡単、と」
「………………」
「とは言ったものの、ぶっちゃけ俺じゃなくてアーシェとトラ吉がMVPだよ。どうなってんだアイツらマジ、ほぼ素のスペックで超人相手にガチ駆け引きとか……」
「…………キミも、やろうと思えばできるんじゃないの?」
「え? いや無理無理、圧倒的に根本の経験値が足りてない。見て覚えてからじゃないと無理。初見ぶっつけ本番で即対応するアイツらは、ちゃんとおかしい」
「……………………………………ふ、……ふーん…………」
と、そんなこんな。求めた解説を並べたというのに、パチッと目を開いたニアが俺へと向ける視線は……なんというか、胡乱なモノを見るような感じで。
「…………説明、聞いても、よくわかんない……」
「ははは。ま、仕方なし。畑が違うってことで────ぃてっ、なんだよっ」
「べっつにー。どうせ戦いに関しては素人ですよーだ」
「なんで拗ねてんの? 拗ねるとこあった?」
それに対して『知ってた』とばかり笑みを返せば、なぜだか手の甲を抓られた。
そりゃ全部理解したいでしょ。好きなんだから。




