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旋風到来

 秒読みの終わりは間近。壁を背にしたロッタは、久しく見つけた面白いプレイヤーの姿を思い返して愉快そうに笑みを零していた。


 間違いなく初見の、この仮想世界では珍しく美化されていない顔の少年―――いや、青年か。


 彼の余りにもあんまりな・・・・・・・・・出で立ちに驚いてつい声を掛けてしまったのだが……いやはや、中々どうしてといった具合。


 隙だらけも隙だらけ。おそらくはこの世界の対人戦など欠片も経験していないのだろう、不安と戸惑いを隠せずにいる表情―――それなのに、一体全体あの『圧』はどういう事なのか。


 彼……ハル自身が口にしていた通り、その身に纏う装備は中々の物だった。


 いや中々というか、正直な所を言えば未だに判断が付かずにいる。辛うじて元となる素材に思い至れたのは、上下で揃えられた衣服。そして手足を守っていた籠手と深靴くらいのもの。


 その他まず目についた胸元で輝く藍色のアクセサリー、そして右手に光る紅の指輪―――果てはあの、トンデモない情報圧を放っていた威容の髪飾り。


 どれもこれも、そうお目にかかる事のない超一級品である事は間違いない。ブローチだけはどこかで見た覚えがあるような無いような……後の二つに関しては完全にお手上げだ。


 あとは、腰の後ろに提げていた短剣……いや、短刀だろうか。そちらは残念ながら全容を観察出来なかったが、鞘越しでも件の髪飾りに迫る何かを感じ取れた。


 全体の装いと立姿の雰囲気から言って、まず間違い無く敏捷特化の軽戦士なのだろうが……


「あれが新参者だって……?っはは、本当に……」


 期待せざるを得ない・・・・・・・・・


 いつも通り予選会場へ足を運んだロッタだが、今回はそんないつも・・・とは違う面白いものを見られるかもしれない。


 予感に弾む気分のまま、ロッタは聞き慣れたカウントゼロのコールを耳にして、


「―――…………あ、えっ?」


 開幕数秒―――対角の壁際で巻き起こった赤い燐光の嵐。


 つまりは大量のプレイヤーの死亡エフェクトを目にした彼は、両隣で同じようにその光景を見たプレイヤーと並んで―――戦場の最中、呆けたように立ち尽くしていた。



 ◇◆◇◆◇



 開戦の音が打ち鳴らされて―――その姿を目で追えていたのは、きっと彼を見つめ続けていた私だけ。


 白と蒼、新たな装いに身を包んだその姿が、見慣れない黒と紅の小さな刃を握り込んで掻き消える。


 真直ぐに一番近くにいたプレイヤーへと霞むような高速の影が迫り―――紅の短剣を一閃。


「っ……」


 一閃、いや、違う―――《観測眼》起動。


 スキルの輝きを宿して、一瞬先を捉える私の目が、一振りにしか見えない幾多の剣閃を視界に描き出す。


 すれ違う、五度の剣閃、撃破。


 すれ違う、三度の剣閃、撃破。


 すれ違う、四度の剣閃、撃破―――


 ようやく異常・・に気付き始める周囲。


 そして影は、大きな盾を携えた重戦士に挑みかかり、



 ―――《ブリンクスイッチ》。



 幾度も聞いたその音が、彼の口を震わせるのが見えて―――


 虚空より現れ出でるは、巨人の振るうが如き異様の戦斧。


 目で追えぬ速度、前触れの無い得物の切り替え、いくつもの未知に面頬の奥で顔を引き攣らせた重戦士は―――声も上げられぬまま、覚束なく掲げられた大盾ごと、全身を叩き潰されて燐光と散った。


「え、えっ、なにあの……えっ」


「やっば……え、ウソ、やばくない?」


「ちょちょちょ、誰!?アレ誰!?」


「見た事ない……見た事なくない?」


 男性プレイヤーの人混みを避けて、お邪魔していた女性プレイヤー達の席スペース。


 闘技場で武器を抜いている参加者たちと、ほぼ同時。私の周囲の観戦者たちも、その異様を見せつける一人のプレイヤーに目を奪われ始める。


 視線を集めている事を知ってか知らずか、彼は―――私の相棒ハルは更にその速度を増して、周囲を取り巻く先人たちへと挑みかかっていった。


 またすれ違い、倒す。


 またすれ違い、倒す。


 また、また、また……終わりなく繰り返される、その一幕一幕が―――私にとっての、紛れもない英雄譚。


「すっご……え、流石に格好良くない?」


 そうです、凄いでしょう?私のパートナーは格好良いんですよ。


「速過ぎて目で追えないんですけど」


 誰よりも早く駆けて行ってしまうから、ついて行くのが大変なんです。


「エッグいなぁ……一人だけ別のゲームしてるみたい」


 ずっと前に、私も同じことを思って拗ねたりしました。


「いやぁ……あれだけ自由自在に跳び回れたら、楽しいだろうねぇ」


 あれで、ハルは無邪気な顔して笑うんですよ?


 大人っぽいのに、子供っぽくて―――


「……っ」


 どうしてだろう。不意に涙が溢れてきて、ビックリして目元を押さえる。


 自分でも分からない、例えようのない大きな感情の波。


 見慣れたはずの背中が、とてもとても遠くに見えて―――どうしてだろう、それがこんなにも誇らしいのは。



 ―――ねえ、ハル。あなたは今、どんな顔をしているんですか?



 胸の内で囁いた問い掛けに、激戦の最中に垣間見えた彼の横顔が答えをくれた。


「あぁ、もう……っ!」


 思い描いた通り―――無邪気に笑うその横顔に、笑顔と涙が零れてしまう。


 楽しげに駆け回るその姿から、片時も目を離せないまま。


 両手で抑えた胸の内を焦がす感情の熱が、どうしようもなく私の心を震わせた。



 ◇◆◇◆◇



「ッきッッッッッツイ……!!」


 間断無い最高速度。超高速機動の制御に加えて数を増やしたスキル群の効果管理、更には探す間もなく次から次へと視界に映る新手新手新手―――……ッ!!


 けど意外とイケるな!?


 今ので何人倒した!?


 なにその装備は軽戦士なのか魔法戦士なのか!


 ええい重装盾持ちはガードの上から【巨人の手斧】だ!!


 追尾魔法はヤメテェ!!!


 いつもの事だが、もはや完全に思考が追い付いていないオール脊髄反射状態。


 そして右手の中で砕け散る紅の短剣―――ええい、おいでませ二本目のセカンド刃螺紅楽群パラベラム小兎刀バレット】ォッ!!


「ちょ、それどっから出し―――」


「企業秘密ですぅッ!!!」


 砕いたと思ったら瞬時に虚空から二本目を取り出した俺に、驚愕の声を上げた拳士モンクの兄さんを六分割にしてハイ次の方ァッ!!


 不意打ちを狙って背後から接近する気配には気付いている。振り向けば思いのほか至近距離にまで来ていた緑髪の軽戦士が、カギ爪のようなエグイ武装を振り上げて―――


 回避というか、ちょっと攻撃アタックで踏み込んだばかりで重心が落ちてるので足が持ち上がらないっすね―――ならば更に踏み込む・・・・・・まで、《トレンプル・スライド》起動!!


 直訳すると「踏み滑り」になるらしいこのスキルはその名の通り、グッと体重をかけた足の方向へアバターをスライド移動させる事が出来る機動力系のアクティブスキル。


 クールタイム短めでMP消費極小と使い勝手は良いものの、軽戦士御用達として広く知れ渡っているが故、読まれやすい。


 移動方向は足の動きに気を払っていれば察知出来るし、距離も凡そ二メートルと短い上に調整が利かないため、下手をすれば追撃で狙い撃ちされる可能性がある。


 ―――ただし、移動速度がプレイヤーのAGIに準拠するという仕様の一点が、俺が使う場合に限りこのスキルを神スキル一歩手前の性能へと引き上げる。


「はっやッ!?」


 相手も四柱選抜にエントリーするような強者だ。当然ながら対人のイロハは俺とは比べ物にならないだろうし、予想通り《トレンプル・スライド》の予備動作にも反応する素振りを見せた。


 だが悪いな、俺の横滑りは時速350キロなんだ。


「―――紅蓮奮グレンブルッ!」


 多様な武装が増えてきて、流石に瞬時のイメージ構築が追い付かない。名称発声で思考操作のトリガーを引き、《ブリンクスイッチ》の起動を補助しつつ喚び出すは紅蓮の長槍。


 さっきの攻撃、スキルエフェクト纏ってましたよね?


 悪いが技後硬直の後隙は狩らせてもらうぞ!!


「待っ―――」


後ろから襲撃バックアタックしといてそりゃ無いぜッ!!」


 顔を引き攣らせるカギ爪軽戦士の命乞いは当然の無視。ぶち込むは輝く魔煌角の刀身―――ではなく、クルリと回して石突アタック!!


「ごっふ……!!」


 それでも元となった素材のスペックがスペックだ。欠片とはいえ此方にも魔煌角を備えている石突の一撃でも、軽戦士のHPを二割近くは削り取り……二割かぁ。もう一発―――はいけそうに無いなッ……!


 反撃を警戒?ノンノン―――辺りを見回してみな?目の前の相手に集中しながらも、漁夫の利を狙うプレイヤーだってわんさかいるんだ。


 隙を晒したが最後、殺到した周囲のプレイヤーから袋叩きにされる憐れな軽戦士からいち早く距離を取った俺は、新鮮な仏様の体力を喰らった・・・・【魔煌角槍・紅蓮奮】を勢い良く床へと突き立てる。


「《この身に込めよインクルード》ッ!!」


 石突で一撃を入れる前より、ほんの少し丈を増していた飾り布が真紅の輝きを放ち―――奮い立つ紅蓮の魔力光が、槍からアバターへと宿主を移す。


 血を吸って……ではなく、石突での攻撃によって奪ったHPを魔力に変換して、使用者を強化する事が可能なこの槍。強化効果は武器を切り替えても喰らったHPに応じた時間持続する上、何より特殊効果に頼らずともシンプルに高性能。


 しかもあと二つほど能力を秘めていたりする。素直に優秀、あと俺って地味に槍が得意だったらしいんだよなァッ!!


 未知の武器に未知の強化エフェクト。オマケに訳の分からない武器切り替えスキルを連打しながらアホみたいな敏捷値を以て戦場を駆け回る俺は、既に十分過ぎるほど「要警戒対象」足り得るのだろう。


 一定の距離を取るように周囲が空くが―――結構結構、警戒という形でも評価を得るのは悪い気はしない。


 まだ握ってから日も浅いのに、よくよく手に馴染む長槍をこれ見よがしにクルクル片手で弄ぶ。決して舐めプじゃないぞ、これは純然たる威嚇行為・・・・だ。


「まだまだこっからだぜ先輩方―――ギア上げてこうかッ!!」


 猛り身を投じるは、まだまだ火蓋が切られたばかりの戦場。


 見渡す限りの敵影は、未だ尽きる事なく立ちはだかっていた。







Q.ご先達柔らかくない?


A.アルカディアの対人は相当PS高い者同士でもない限りこんなものです。

柔らかいというより、対怪物モンスター想定でプレイヤーの攻撃力が高過ぎる。


あと頭とか首とか胴体とかクリティカル部位の被ダメージ倍率がエゲツない設定なので、基本的にしっかり躱すか防ぐか受け流すのが対人強者の大前提。


主人公はクリティカル部位以外に被弾しても溶ける。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ十m級の化物相手にため張る火力を人間にぶち込んだら瞬殺できるやろうなぁ。 その体力で乱戦するの神経ごりごり削れるやろうし
[良い点] まぁパーティゲーのモンスがプレイヤーより柔かったりHP低い訳ないからさもありなん [一言] 多少は波乱を呼んでくれるかな?と思ってたおもしれぇ新人が虐殺者だった事でトラウマになりました。訴…
[良い点] ソラさん、相棒が輝いて誇らしそう&燻る恋心に確かに着火し始めちゃっている気がする! [気になる点] 主人公の初見殺しが過ぎる…でも主人公も対人初めてだから逆に初見殺しなんすよね。なんかされ…
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