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────見覚え……というか、どことなく覚えがある。
目前十数メートルの範囲。すっかり慣れ切ってしまった超常大戦争めいたカンスト帯の化物バトルと比べて、僅かなスペースに収まってしまう小さな戦い。
しかし、だからこそ奇跡の介在しない技術が存在感を放つ。
「──────────────……っ、………………………………っ」
静かに息を吸って、長く細く吐き出して。
意思一つで抑制可能な仮想的生理機能の『まばたき』を廃するまま、身動き一つしないまま、右手を【早緑月】の柄へ置いたまま……ひたすらに見続ける。
戦闘開始数秒で現状の己にできることを理解し尽くし、現実的な身体スペックを鑑みれば極めて効率的な『突き』を主体として果敢に攻めるアーシェも。
野生の勘、に思わせて意外や単純な理知。ノリは似ているが根本の戦闘スタイルは感覚派の俺と真逆、雄叫びと連れ立ちながらも至極冷静に立ち回るトラ吉も。
どちらも流石の一言だ。レベル一桁程度のステータスを以って推定五倍か十倍以上の身体能力を駆る影人形相手に駆け引きを成立させている。
────たとえ、それが遊ばれている結果だとしても。
パッと見の外見および雰囲気から予測した通り、奴のステータスは筋力先行で頑強を添えた典型的な物理火力型。動きの感じから読み取るのは容易い。
であればこそ、敏捷に能力が尖っていないからこそ、喰らいつけている。
速けりゃ強いは仮想世界の絶対則。どれだけ他のスペック差で圧倒していようとも、脚の速さで上を取られると基本的に成す術がない。
まあ、そこを引っくり返したりするのが『奇跡』なわけだが────
「ッおい、流石に攻め過ぎや‼︎ 〝壁〟使えッ‼︎」
「わかって、る……ッ‼︎」
「わかってへん動きやねんソレがぁ!!!」
『──、────、……』
重ねて、二人とも見事の極み。互いの実力と判断を信じるからこその巧みな連携を以って、スキルもなしに乏しいステータスを絞り尽くして立ち回っている。
通常の身体駆動速度は、そこまで劣らず。
その代わり、おそらく相当な数値であろう筋力の瞬間点火を用いた大剣の一振りや不意の踏み込みでは、瞬間的にだが完全に上を行かれている形。
前者を取っ掛かりに、後者に関しては各々が蓄えた膨大な戦闘経験が齎す勘と反射を頼りに捌いている状態だ。本当に、これ以上ないほど善戦している。
────最初。アーシェの奇襲を躱した時に見せた咄嗟の最大出力を、何故か常に解放してこないセーブ状態に対しては。そんな注釈が付くとはいえ、だ。
俺たちでいう『スキル』に類する、特殊な能力云々も使う気配ナシ。……使わないのか持っていないのかは知る由もないが、とにかく使ってこない。
大剣一本と身一つ。ただそれだけ。
「………………」
視線は動かさず戦いの動きを見続けるまま、背中を見守る気配に意識が行く。
スキルもなしに武器と技術のみを振るい、俺たちプレイヤーに匹敵するか時として容易に上回る力を披露する存在────心当たりは在り過ぎるが、今はいい。
臨めと言われたんだ。
求められたことを遂行した後、存分に聞けばいいさ。
「──────────────……っ、………………………………──」
静かに息を吸って、長く細く吐き出し続けて、
「────……っ、」
臨み始めて三分と二十六秒。
見続けた俺は、息を切ると共に、柄へ這わせていた五指に熱を入れた。
そして、一歩。
「っ……! タ────」
「わぁッ────とるァラぃッッッ!!!」
静かに、遅れて、踏み出した。それが合図。
幾度目かの一閃を危うく躱したアーシェが下がると同時。これまた幾度目かの強引な武器弾きを敢行したトラ吉も、逆に盛大に弾き飛ばされながら結果的に後退。
僅かなスペースに収まってしまう、小さな戦い。
然らば、ただそれだけの動きで前後が入れ替わってしまうほど。
『「──────……」』
役割を果たしてくれた二人が舞台を降りると共に、新たな一騎打ちが形と成る。
片や影人形。間違いなく『超人』の域に在る能力を以って身の丈を越える大剣を駆り、流れる真っ直ぐな髪で彩られた長身痩躯の無貌者。
片や俺。間違いなく『一般人』……とまではいかないが、ギリギリ現実的な範囲には押し留められてしまったスペックで以って超常に歯向かう無謀者。
斯くして、後者が鞘に納められたままの『刀』に手を添え歩む先。
『………………………………──、────』
影人形が、一歩、退いた。
俺が一歩進む。奴は一歩下がる。
また俺が一歩進む。また奴が一歩下がる。
無貌の顔に瞳を見出し、真っ直ぐに見つめ続ける俺を見返しながら。性能で紛れもなく俺の遥か上を行く身体を、影人形はジリジリと後ろへ後ろへと。
進む、下がる、進む、下がる────終わりなく続くかと思われた攻防は、しかし仮想世界に在る現実的な事情を以って幕が引かれた。
『────────、』
コツン、と。後退を続けた影人形の踵が、瓦礫の山に阻まれる。
然らば其処は、行き止まり……元居た場所までキッチリと押し込まれた奴は、顔を向けないままに次は左右への逃げ道を探すかのように一拍の間を吞んで。
『……………………──』
まるで覚悟でも決めたかのような大袈裟な挙動で、大剣を構え直した。
……やっぱ思考能力ってか、そういうの多少は在るのだろうか。ただひたすらの集中を以って獲物を追い詰めた俺は思考の隅、そんなことを思い浮かべながら。
「────……結式一刀」
這わせた指は、握り込まぬまま。
「零の太刀」
鞘は左腰。支える程度に柄へ添えた右手は、下から掬う逆手の型。左手は浮かせ、抜き放てば空にて柄を捉え諸手を成して送れる位置へ。
目を見開いて、視続けるは……『記憶』に刻み込んだ〝敵〟の全て。
さぁ、来いよ。
いくら今の俺たちの遥か上を行くステータスだろうと────
『────────────────……ッ‼︎』
その更に遥か上を駆け抜けてきた俺の〝眼〟が、捉えられない道理は無い。
蓄力十二時間オーバー、外転出力『廻』収斂解放。
二人の尽力によって、挙動の癖は一通り『記憶』した。アーシェの爆速適応奇襲のおかげで、おおよその最大出力に関しても『記憶』できた。
ならば、たかだかLv.50の全力突撃程度────
「《無極》」
────タイミングを合わせるなんざ、朝飯前だ。
交錯、一閃。
全速の踏み込みによって影人形が距離を潰した結果、閃いた刃は一つのみ。
甚だ乏しい元値。けれども回し続けた時間によって膨れ上がったソレは矮小に非ず。いつもの全力に比べたならば、それでも果てしなく見劣りするが……。
しかしながら。
女神の加護は用いられず、魂依器と称号の権能を以って造られた一揃え。
極限特殊環境下にあって生きている『刀』は、同じく生きている『鞘』の抜刀威力向上までも余さず飲み干し一刀と成して────
『────、』
鞘から奔り抜けた先。
向かい来た〝敵〟を、真っ向から両断した。
〝なにもわからねぇ〟になってる方々、ご安心ください。
ちゃんと次話以降でニアちゃんが聞いてくれますから。
多分。




