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それを目にした瞬間、勿論のこと誰の頭にも確信など在りはしなかった。
けれども、それを目にした瞬間。
俺たちの心は間違いなくシンクロしていたのだろうという、確信は在る。
「「「「「──────────ッ……!」」」」」
思い浮かべた言葉は、それ即ち『ゴール』ただ一つだけ。更には、
「────走られよッ!!! 塔の足元までッ!!!!!」
息一つ切らさず殿を努める騎士様が、背を張り飛ばすように殊更の大音声を放った瞬間。全員の思考からペース配分という言葉が消えて失せた。
「っ……ニア、頑張って!」
「ぅ、は、ひぃいっ……!!!」
おそらくは、転びでもすれば傍から抱き上げて駆け抜ける腹積もり。もう次の瞬間に力尽きても不思議ではないニアと、その僅か後ろを駆けるアーシェも。
「っしゃ、頑張れッ‼︎ ソラ、さっ……マジ、頑張、れぇッ……!!!」
「……ッ、っ……!、……ッ‼︎」
例外的な二人と比すれば、普通に必死。
脇腹が痛まぬだけで仮想の呼吸が乱れ散らかしている俺も、なりふり構っていられず。掴んだソラの手を轢かれるよりマシと強引に引きながら。
「っぜ……! ふ、……おい、騎士はんッ! 誰か前スッ転んだら────」
「私が右ッ! 貴虎様が左で浚いましょうぞッ‼︎」
「わかっとるやんけぇッ!!!」
頼もしいってか最早なんというか、漢気が過ぎる殿二人も高らかに叫びながら。
駆ける、駆ける、駆ける、駆ける、駆ける────ただひたすらに、無限にも思える百数十メートルの距離を、常の力さえあれば一瞬で踏み潰せるはずの距離を、
もう、すぐ背後にまで迫っている、巨大な圧と地響きに苛まれながら。
「────ッッッんぁいぃ゛……っ!!!」
先頭を駆け抜けたニアが、まさしく正真正銘の死に物狂いの果て。限界超過にて択も思考も失って、最後に前へと投げ出し不格好に宙へ遊んだ────
その身体を、お姫様の顔をした王子様が理解不能な挙動を以って両腕に確保。美少女の顔面ダイブが絵画のワンシーンへと摺り替えられた、その瞬間。
その瞬間より、刹那。一拍、二拍。
「ずあシャべァぃッ!!!!!」
「ッわ、ぅ、っ……!!?」
先行上映されていた藍色のソレと同じく、雪崩れ込むようにして飛び込んだ相棒の下敷きを請け負い決死の非美少女顔面ダイブを決めた俺。
「ッ、ドヤ、このッ、こんちくしょうがぁあ……!!!」
威勢は良くとも俺と似たり寄ったりの体力状況だったのだろう。同じく転がり込むようにして仲良く床に並んできたトラ柄ガラ悪ヤンキーと、
「っ、皆様方……!」
更に、その隣。やはり余裕を持った様子で以って急制動。
振り返り、背後を睨みながら────死屍累々とはいえ確かに塔の足元へと
辿り着いた俺たちの、反転最前に立ち大きな背中を見せる騎士が。
「────よくぞ。流石にございます」
それはもう、嬉しげに。
満足げに、称賛を口にしたと同時のこと。
『──────────────────.
勢いを緩めることなく津波の如く通路を埋め尽くして進む黒塊が、塔を囲む仄かな光幕────結界に激突。向こう側を、そのもの真黒に塗り潰した。
◇◆◇◆◇
「────ケンディ殿」
「はい」
「本当に、これ、大丈夫、なんだな……?」
「心配ご無用。アレは決して境界を踏み越えること叶いませぬゆえ」
然して、状況そのまま数分弱。
ゴールと定めて雪崩れ込んだ〝柱〟の足元。結界を隔てて通路の行く方と来た方、いまだ片一方は先の見通せない黒に埋め尽くされたまま。
どうにかこうにか各々で息を整えて……実のフレンドってなわけで俺が代表して総意の不安を問うてみれば、我が友ケンディは一切の疑いなく頷いて見せた。
「この〝楔〟は……グリエ様が御身体を分けて容を創り、アルヴ様が御力を籠め、ゼライ様が不朽と成した神遣の架け橋。決して〝黒〟を招くことは有り得ない」
見せて……。
「重ねて申し上げます、ご安心を。稀人様方────ヘリア様の子である皆様方、そして女神様の子である我々のみを抱く、まさしく絶対守護にございますれば」
見せ……………………────、
「え?」
「ん……?」
「あ?」
「へ……」
「なに?」
その、なんて、いうかな。
どれが誰の声とか、そういうのは、とりあえず置いとくとして。俺らも、ちょっと自分の口から出た声が、どれとかこれとかそれどころではなく────
「「「「「なんて???」」」」」
うん。はい。それ。
光の速さめいて唐突怒涛。仮想世界に生きる騎士様の口から、これまでの『沈黙』は一体全体なんだったのかと呆ける他ない勢いで瀑布の如く。
齎された知る由もないアレやコレやが、全速で俺たちの思考をフリーズさせる。
────然らば、その現行犯である〝千憶〟の騎士は……それぞれに口を開け放した表情で自分を見やる五つの顔を、丁寧に順繰りと眺めた後。
「……語るべきことは、あまりに多く。語る意味のないことも、あまりに多い」
俺の知っている笑み。俺の知らない笑み。二つの色を併せながら。
「此処ならば語れる。しかし、此処であるからこそ語る意味がない。……然らば、問いあらば答えましょう。それが貴方様がたの、得られるモノで在る限り全て」
語る言葉は、理解不能。
けれども、ほんの僅かながら、出所不明の予感があった。
おそらく、今ここから────〝誰か〟の本懐が、始まったのだろうと。
もう戻れないけど、まだ進めない。
聞いてもいいよ、聴こえないから。
目を閉じて見つめることだけは、赦してあげる。




