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◇ skill activation failed ◇
ステータスは封じられた。ならスキルの方は如何でしょうかと、半ば無意識および現実逃避めいて思考操作を実行したのは俺だけではないだろう。
つまりは絶望的な状況に更なるネガティブを叩き付けられたのはパーティ丸ごとってなわけで、見回すまでもなく全員の表情など手に取るようにわかる。
身体から感じ取れる性能は笑えるほどに頼りなく、意識を隅々まで探査しようとも親しい超常の奇跡は気配すらも感じ取れない────そして、
『……────────────────────』
前方数十メートルには、この世の終わりめいて産声を叫ぶ黒塊の化け物。
然らば、誰でもいい。考えるべくもない。至る思考は、放つべき言葉は、その場にいる全員が等しく僅かさえも違うことなく────
「ッ……走って!」
それ。
アーシェが当然の号を放つのと、黒塊が地響きを上げたのは、同時のこと。
経験の多寡に甚大な幅は在れど、この場にいるのは大なり小なり修羅場を経験したことのあるプレイヤーのみだ。ゆえに幸い、指令は滞りなく通る。
けれども、
「っ……!? ぁっ、ごめ────」
「無茶せん範囲で頑張りやッ! 誰も置いてかへんから安心して走りぃ‼︎」
どうしようもなく、身体がついてこない。
焦りよりもなによりも、急激突如が過ぎる身体スペックの変調こそ大問題。指示には従えども足を縺れさせ転びそうになったニアを咄嗟にトラ吉が支えて送り出したが、全力身体機動に慣れない職人がどうとかの話ではないのだ。
「ッ、ソラ!」
「だ、大丈夫っ、ですっ……!」
恐怖も混乱も戸惑いも山盛りだろう。とはいえ今まで付き合わせてしまった分の経験値が上手く働いてくれたか、快速とはいかずとも固まることなく走り出せたニアの背中を見つつ、他全員と並び駆け出しながら俺の意識は隣。
速攻で俺を追い抜きニアに並び、いつでもフォローできるよう並走を始めたアーシェは問題ナシ。なにも言わず殿を預かったつもりなのだろう最後尾に着いたトラ吉と、同じく言葉なくその隣に着いたケンディ殿も大丈夫だろう。
さすれば、
「ヤバかったら言ってくれ! 気遣いとかじゃなくて強がりナシだぞ!?」
「わかって、ます……ッ!」
最も心配すべきが誰か、おそらくパーティの意識は揃っていたことだろう。それは素直に了解を返したソラ本人も承知しているはず。
女神の加護が消失した────それが一体どういう状態を表しているのか正確には一切不明。けれども感覚で、なんとなくコンディションを把握することは可能。
そのもの現実のフィジカル反映……というわけではないのは、確実だ。目前の危機より踵を返して疾走開始から数秒、それだけでも理解できる。
促されて先頭を走っているニアに合わせても、軽く時速ニ十キロオーバーは出ている。本気となれば瞬間的に倍速を出力することも不可能ではないだろう。
間違いなく、現実世界の肉体よりもそれなりに高スペック。────なのだが、
「っ……は、……はっ!」
疲労ではなく、緊張からだろう。息を乱して走っている隣のパートナーだけではなく、仲間たち五人それぞれをチラ見しただけで察してしまう。
明確な、個人差がある。
「っ、アーシェ!」
「────わかってる!」
注意して比較するべくもなく、トップ組。つまりはケンディ殿と並び十分な余力を残していそうなアーシェを呼べば、当然とばかり即座の返答。
そりゃそうだ、彼女が把握していないはずがない。
見るからに、既に必死────これ以上は『無茶の範疇』となるであろうニアとソラのペースを守っていては、背後のアレを振り切れないと。
歩調のソレではなく、這い進むソレ。
迷宮の通路を満たすかの如く。床を擦り壁を擦り地響きと共に迫る黒塊の巨躯は、正直なところ欠伸をしてしまいたくなるほどの超絶スローペース。
だがしかし、それはこちらのスペックが通常通りであればの話。
一体全体どんだけの質量があるのか甚だ恐ろしい巨体に任せた前進は、俺たちの疾走速度に容易く匹敵している。真なる『大怪獣と一般人』の構図だ。
「おいどうすんねんコレ! ド突いてどうにかなるようにも見えへんぞッ!」
最後尾からトラの雄叫びが聞こえてくる。全くもってその通り。
アーシェが思考を豪速回転させて状況打破の解を探っているのはわかるが、ぶっちゃけ俺には現状一切の光明が見えていない。────ので、
「っ、ハル!?」
「止まるな、走れッ!」
頼りない身体に無理な負荷を掛けない範囲で急制動からの反転。名を呼ぶソラの背中を言葉で押しつつ、瞬時に擦れ違うトラ吉と目配せ一つ頷き一つ、
「小兎刀ッ!」
ド突くとまではいかないが、爪楊枝を投げ刺す程度とはいえ多少の〝なにか〟は望めるものか。無謀ではあるが必要な検証を積むべく刃を喚んだ────
「────稀人様ぁッ!」
正確には、喚ぼうとした。その結果は、
「稀人様方の〝製作技法〟は、女神様の力に含まれますゆえッ!!!」
「マジ、かよッ……!?」
兎短刀、沈黙。
ステータス無しでの投擲が果たせるのか威力が出るのかとか、そういう問題にさえ到達できず。スキルに類する《魔工》を以って制作された特級武装は呼吸を絶やしている事実を知らしめ、現状に更なる絶望を積み上げるだけ。
再反転、全力疾走、然らば即座に最後尾へと追い付いて────
「おいこらケンディ殿ッ‼︎ どうすりゃいいんだよ知ってんなら教えてくれ‼︎」
叫び求むは勿論のこと、少しずつ距離を詰めてきている〝死〟への対処法。
重ねて彼が……──〝千憶〟に属する英雄NPCの彼が、俺たちの側に立って協力の姿勢を見せてくれていることは理解した。顔見りゃわかる、真剣だもの。
であればこそ、さっさと核心を共有してくれない理由がわからない。それ故思わず責めるような口調が出てしまったが……しかし、返ってきたのは、
「────お赦しを。今は走るのみ、言えることはそれだけですッ」
物言いたげな愛嬌ある笑みと、断じる言葉のみ。……とあらば、彼の向こう側で大袈裟に溜息を吐いてみせたトラ吉を見つつ。
「ん、のッ……! ────信じるぞ‼︎」
「……、幸甚の至りにございます!!!」
心を繋いだ我が友に返す言葉など、それくらいしか持ち合わせていない。
やっと戻った彼らしい快活な笑みと大音声に苦笑い一つ、ペースを上げて元の位置へ。心配げな視線が再び並んだ相棒から飛んでくるが、そちらへも笑み一つ。
「っアーシェ!」
「聞いてた!」
先頭へと声を投げれば、やはり頼もしい即答が飛んでくる。
事情に通じているらしき騎士様が断じたこと。ならば懸命に走るしかない。斯くして、ジワリジワリ。徐々に甚大な圧と地響きに距離を詰められながら────
走って、走って。
きっと近い内に、誰かが限界を迎えていたであろうギリギリのタイミング。どこまで続いているのか定かではない巨大迷宮路の突き当たりを、
何度目か、曲がった瞬間のこと。
「ぁっ……」
息も絶え絶え。必死の必死で先頭を駆けていたニアが、思わずの吐息を零す。
遥か前方。その藍玉に、映ったソレは────やはり、見覚えがあるモノ。
赤の色を基調とした、一本の〝柱〟であった。
反撃不能の追われる系ゲーム怖過ぎて夢に見るから嫌い。




