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頭に響き渡った声────否、思考に書き殴られたとでも言うべき無機質なシステムアナウンスの文字列、それに対する反応を誰かが表出させるより早く。
「……………………へ?」
俺たちは、文字通り瞬きの間に送り届けられていた。
「…………ぇ、えっ……?」
俺と似たり寄ったりな反応で、声音を零すソラ。
「………………?」
当然ながら百パーセントついていけてないです。ついていくつもりも端からないですみたいな顔でポカーンと呆けているニア。
「……どういうこっちゃねん?」
疑問を口にしつつも狼狽えはせず、目を細めて周囲を睨むトラ。
そして安心と信頼の冷静沈着。落ち着き払った様子でトラ吉と同様、辺りを見回しながら『剣』を手に呼び静かに警戒臨戦の構えを見せるアーシェ。
そして、そして……。
「…………」
全くもって、キャラじゃない。
これまでの積み重ねで、そうとしか思えない表情。シリアス……とも少し違うような、なんとも言い表し難い凪いだ面持ちで立つケンディ殿。
数えて六人。誰一人として欠けることなく、バラバラにされることもなく、無事に〝扉〟の先へ誘われたと思しき俺たちが在るのは────
「………………なんか、こう……見覚えある気がするのは、俺だけか?」
時期的にも、非常に強い既視感の避け得ぬ特異な風景。
左右に聳え立つは、漆黒の壁。天井なき空を見上げれば、視線を迎える星の空。『道』の果てを求めて見れば、前も後ろも突き当たり。
思い浮かぶ〝舞台〟など、
「奇遇やなぁ……俺も最近、見覚えってか居た覚えがあるわ」
「同じく」
トラ吉とアーシェの同意も併せて、たった一つしかない。
「……小兎刀」
然らば、ダメ押し確認。
片手に喚び出した小刃をヒョイと真上に投じてみれば────はい。空へと向かう道の途中、目に見えない力場に阻まれて減速からの弾かれ落下……と。
失礼ながら不気味なほど大人しくしていらっしゃるケンディ殿の認識は読めないが、ここまでくれば流石に『参加者』でなくとも思考は統一されて然り。
仮想世界に親しむ人間であれば、此処を見知らぬはずがないのだから。
「四柱戦争の、迷宮区……?」
「いや、どういうこっちゃねんて」
アーシェの呟きが全員の頭に浮かんでいた答えであり、トラ吉のツッコミが全員の頭に浮かんでいるであろう疑問の代弁。それ以外にない。
俺が直接的に知る中では前々々回のデビュー時。浸水フィールドが一番近い。
あれから水を綺麗に抜いた……つまるところのプレーンフィールドとでも言える状態。滑らかな黒壁黒床の破壊不能オブジェクトは目で見て識る他ない独特の質感であるがゆえに、たとえ『記憶』のギフトがなくとも見間違うことはないだろう。
紛れもない、そのものだ。
「ん……ぇ、っとぉ………………な、なに? どうする感じ、です……?」
と、予測の利かない〝扉〟の奥で待ち受けていた予想外。それはもう一周回って予測の内とも言えるのだが、だからといって戸惑いは避けられない。
NPC騎士様を除き五者五様。各々が無機質な風景やら互いの顔やらを眺めたり見合わせたりする内に、謎状況の緊迫感に耐えられなくなったニアが問うた。
さて、どうするべきか。どう動き出すべきか、俺含めて全員が思考を目まぐるしく回していたはず。そしてやはり、それについて信頼が初めに向く先は────
「………………そう、ね」
青銀の髪を揺らし、ゆっくりとガーネットを瞬かせる旗頭。
「……『緑繋』攻略の際に生じたデバフアイコンは表れてない。今のところ目に見える形での時間制限提示はナシ。迷路壁以外、目立つオブジェクトの存在もナシ」
実はアーシェに匹敵するのではと個人的に思っているソラさんはともかく、今日も今日とて俺やトラ吉のソレとは比べ物にならない速度で超高速回転しているのだろう。超人至極の思考を以って可能性を追求した果て……。
「進むか、留まるか……────進みましょう」
「オーケー」
「了解」
「はいっ……!」
「ぁ、はーい」
我らが姫の出した答えに、否は無し。
ただの単純な二択、なんて思う者は此処にはいない。……ってか、一度でもアーシェが率いるレイドに参加したプレイヤーであれば、そんなこと思えないはず。
今の単純な答えを導き出すためだけに、何通りの思考を重ね束ねたのか真実わかったもんじゃない。そんな信頼も、また【剣ノ女王】の一部であるからして。
「ニア」
然らばと早速の追加オーダー。未知への探索行であれば頼らぬ道理ナシとばかり、当然の如く先頭へと陣取ったアーシェが振り返り友を呼ぶ。
というわけで────
「お願い」
「はいはい、お任せ……!」
【揺蕩う藍玉の双星】開眼。その眼を欲しての徴用もといパーティ入りなのだから当然のこと、俺の髪飾りから『片目』の力は予め返却済みだ。
物の構造と記憶を視透かす《月をも見通す夜の女王》────透視眼の運用も最早すっかり慣れ切ったもの。以前までのように必殺技めいた気張りもなく、もう随分と様になった自然体でニアが両眼に光を灯した、
そんな折だった。
「────稀人様方」
俺たちを見守っていた騎士様が、静かに口を開いたのは。
来たる時を識り、ただ穏やかに……否。
「来ます。お覚悟なさいますよう」
先んじて積み備えていた覚悟で以って盾になるべく、誰より前へ歩み出たのは。
斯くして、刹那。
ケンディ殿を除く俺たち全員が、同時に膝を折りかけた。
「ッ……ぃっ!?」
反射にして咄嗟。膝に手を突き踏ん張ったおかげで転倒は免れたが、突如として襲い来た激甚な変調は散っていかない。誤魔化せない。
身体が重い、なんてもんじゃない。────いや違う。
この感覚は言うなれば、
◇ status loading failed ◇
「おい、なんだよそれ……!」
システムの恩恵を失った、素の身体。
仮想のアバターに満ちていた〝力〟がゴッソリと消失した感覚。
俺、ソラ、アーシェ、そしてトラ吉。更には瞳の光を散らしたニアまでもが、甚大どころでは済まされない超特大の致命的なギャップに例外なくフラついている。
筋力がとか、敏捷がとか、そんなレベルの話ではない。たとえLv.1とて現実に比して満ち満ちている仮想の活力が、綺麗サッパリ消え失せたような────
「────この〝界〟には、女神様の力が及びませぬ」
然して、相も変わらず語る騎士。
雰囲気でわかる。おかしな様子に見えて、彼が『こちら側』に寄り添ってくれているのは。この期に際して、それを直感で察しているのは俺だけではないだろう。
「っ……貴方、なにを知ってるの」
なんともはや、流石としか言えない強度。力無きままとて誰より早く安定を取り戻し、崩れ落ちそうになったニアへと駆け寄り支えながら。
仲間として問うたアーシェを、しかし振り返ることなく。
────それが、おそらく振り返る余裕がなかっただけと、
「……重ね重ね、申しますが」
彼の頬を伝った冷や汗と共に、俺たちが知るのは一瞬後。
「来ます。今は各々、お身体の調子を迅速に整えてくださいますよう」
遠く。通路の奥に、なにかが湧いた。
それは黒。影をも呑むような、色も艶も光も欠片さえ含まぬ真の黒。ごぽりと床から……──否、空間から滲み零れ落ちる淀みのように、沢山。
「「「「「………………」」」」」
此処にいる者たちは、奇しくも全員がソレを知っている。
そしておそらくは、なぜだかケンディ殿も知っているのだろう。
ならば皆が、知っているのだ。
────あのゴテゴテとした、真黒な、多角形の塊を。
虚空から湧き出してはガタリゴトリベチャリと引っ付き合って巨大化していく、視覚で物質感を読み取れない不可思議奇妙奇怪な謎存在を。
唯一、その中に在る形。
「………………え、どうすんだよ化物」
ギョロリと蠢く、巨大な単眼までも。
始まりが始まっちゃった。




