時、刻々と
夜が明け、日が暮れ、一巡り。訪れたのは一月十日の夕刻。即ち、年明け時期に際して後へと予定が置かれていた第十二回四柱の打ち上げ日。
現実時間午後七時ジャスト。
前回のような四陣営合同千名超のバカ騒ぎは、既に第二のプレイヤー街区として認知が進んでいる【フロンティア】が開放前で空いていたゆえ。大人数を収める会場の選定で困ることがなかったからこそ決行できた、特別回に他ならない。
ので、今回は定例通りの陣営毎。それでも総勢三百名超の真実お祭り騒ぎには違いないが……元より、ソレが集うべく在るのが陣営戦時拠点大広間。
距離感近く騒ぎ合うのに絶妙な空間規模。実に収まりがいいというかなんというか、ここを貸し切ってのパーティに参加するのも何度目のことか。
これも少しは場慣れしてきたかな────……なんて、
「────ッカッカ! よう、いつにも増して大人気だったなぁ?」
「見てたんなら助けてくれよ…………」
割かし軽い気持ちで出席した俺は、二時間弱にも亘って繰り広げられた地獄のような〝可愛がり〟を受けて無事に力尽き、二階の序列持ち席にて死んでいた。
毎度のこと。祭りとあらば素直無邪気な小学生男子が如くノリノリを隠そうともしない【総大将】殿が絡みに来るが、残念ながら返すノリは売り切れだ。
別にカラオケ大会だの人力ストラックアウトだの百人斬りだの曲芸師だのを披露強要させられたのではない。なんというか今回は、ただただ……。
「お前さんにはやっぱ、ああいうのが一番に効くか」
「動じない奴なんて筋金入りのナルシストくらいだろ……」
盛大に。持ち上げられただけというか、持て囃されただけというか。
会場入りするや否や刹那で戦友三百名の渦に取っ捕まり、そこからはもうひたすらに逃れられぬまま喝采やら賞賛やら誉め言葉やら祝言および呪言の雨霰。
なに全世界放映公共の場で堂々と『愛の告白』を見せ付けてくれてんだとかなんとか、半ネタ半ギレ入り混じる最後のやつはともかくとして。
「ま、そんだけ〝いい景色〟魅せたってこった。胸張っとけよ」
パーティテーブルへ突っ伏した頭に、でっかい掌が降ってくる。ワッシャワッシャと髪を掻き混ぜる親愛表現にされるがまま、俺の口から出るのは溜息だけ。
「いや、もういいんだけどさ……ちょっとは加減をしてくれっつう話────」
「────だーれよりも〝加減〟に縁遠いヒトがなーに言ってんだ、かっ!」
「おっぶッ……!」
然して、そんな溜息までも背後からの衝撃により圧し潰された。
犯人は言うまでもない。言うまでもなく判っているのだが……ダメだ。このコンディションで【九重ノ影纏手】を解放しようものなら制御ダダ乱れで嵐が起きる。
ならば、俺自身はイラりを呑み込み不動が最善手。無理に己が手で審判を下さずとも、これに関しては一、二、三秒と数えていれば────
「ちょっとは貫禄も出てきたけどまだまだ、だーねぇ! お兄さ────ぐぇっ」
はい、刑罰執行。
顔を上げて見ずともわかる。特定個人に対してのみ嫉妬ってか謎の独占欲を発揮する自称妹様が、半ギレ無気力顔で己が半身を引き摺っていったのだろう。
どちらにもツッコミ要項がある。
赤色は、お前もう相方いるんだから他の男にベタベタしに来るなよとか、
青色は、お前もう普通に他人の目がある場所でもそんな感じなの大概だぞとか、
「いいねぇ、若者の絡みってのは。老け込むぜ」
「まだまだ若いだろ、オジジ」
「オジジやめろや。いやマジで。ミィナが最近ソレ流行らそうとしてんだよ……」
まあ重ねて今はHPゼロゆえ、そんなこんなは未来の俺に託すとして────
「……んでぇ? お前さんら、どうしたんだよ。んん?」
「その絡み方も超絶オッサンくさいぞゴッサンよ……」
今の俺が力を振り絞るべき案件は、この見た目はオッサンでノリは小学生の我らが大将を如何にして迎撃するべきか。それだけだ。
ゴッサンが視線で指したのは……離れた席で対『白座』の時期に世話になった元祖師匠、雛さんと和やか姉妹空間を形成している俺のパートナー。
ついでに今、首根っこを掴まれたままズルズル引き摺られていったボディプレ現行犯。および引き摺っていった駄妹警察が加わり凸凹四姉妹になった中。
当然のこと誰より俺の目を惹く、天使の笑み……──
「なんか最近、ぎこちねぇじゃねえの? 大丈夫か? ん?」
「抑えろオッサン。相当なウザさ指数になってるからマジで」
の、その下で。明らかに俺の方を意識しないようにしているソラさん。言っちゃなんだが、オッサンにさえ容易に気取られている点からして相当である。
最近と言うからには前から見抜かれていたらしいものの、こうして絡んできたということは『今が余程』ってなわけだろう────まあ仕方なし。
昨夜のが思いのほか効いてしまったらしく、今日の待ち合わせで顔を合わせた際そりゃもう至極わかりやすく挙動不審になっていたものだから。
言うまでもなく、超かわいかった。勿論反省はしていない。
「まあ……いろいろあんだよ。若者にも」
と、しかしアーシェに口止めされている以上はアレやコレやは話せない。親しい『身内』に隠し事をしている罪悪感がないではないが……。
「いろいろ、ねぇ」
果たして狙ってやっているのか否か。無遠慮なニヤつき顔を見せ付けられるもんだから、それも程々に薄れてくれるのが若干なり救われる────
「────個人の付き合いは勝手にすればいいが、攻略の方は大丈夫なのか」
「うわ出た」
「……出たとはなんだ、後輩」
とかなんとかやっていたら、要迎撃対象が増殖した。先程までアカペラ熱唱大会に拉致されていたはずだが、いつの間に生還しやがったこのブロンド侍。
当然のように椅子を引いて隣に座った囲炉裏。然らば『誰に断りを得てご一緒してんだ』と謂れ無き半眼を向けるも、無双のイケメンには無事スルーされた。
「で?」
「あ?」
そして流れるような睨み合い。傍らではゴッサンが愉快そうにカッカッカ。
「…………別に、心配いらねぇよ。アーシェもトラ吉も、ご存じの通り理論感覚両取りの天才肌だしな。連携云々の習熟なんざ秒よ秒マジでアホ頼もしい」
「そっちの心配はしていない。君たちの────」
「それこそ心配無用だわ。知ってるだろ俺とソラ超仲良し」
別に、無意識でポロっと零れたとかそんなんじゃない。けれども内緒は内緒として、そのくらいであれば惚気もオープンにしてしまって構わんかなと。
最近は根本のメンタルがそうなってしまっている俺の言葉に、
「へぇ?」
「ほぉ?」
男二人は、なにやら察したような顔。────だがしかし、これまでに積み重ねてきた付き合い諸々を信じて断言させていただこう。
大丈夫。コイツら察したような顔して確実に何もわかってねぇから。
俺、知ってんだ。過去の自己認識バグってた頃はともかくとして、今の俺は別に鈍感キャラでもクソボケキャラでもないことを自負してるから知ってんだ。
囲炉裏もゴッサンも、恋愛方面に関してはガチのポンコツであると。
「ま、お前さんが問題ねぇってんなら問題ねぇわな」
「弟子として、先生に恥をかかせなければ何でもいいさ」
と、必要に際して煙に巻こうとすれば即座に撤退してくれる。この勘の良さがそちらにも適用されないのは両名、誠に不思議でしょうがない────なんて、
「〝扉〟に関しては既に諸々、完全に俺の手を離れてる。アイリスとヘレナのやつに託してあるから……まあ気張ってくれや。期待してるぜ?」
「あいよー」
「……それはそれとして、ハル。その『刀』────」
「あーはいはいわかってるわかってる。もうずッッッッッと興味津々熱烈視線を向けられてるのに気付かないと思うてか後で見せてやんよ」
「おい、誰が、そん」
「ところで、ういさんとテトラどこ行った? 迫真の腕相撲大会無双してるゲンさんと当然の欠席ゆらちょろはヨシとして、影も形も見えないんだが?」
「…………テトラは、俺に代わって歌わされそうになった瞬間に消えた」
「あー」
「先生は……少々、人酔いして休憩中だ。心配無用ですよと仰っていた」
「ありゃー」
──────……
────……
──……
そんなこんなで、確実に。
賑やかだったり、和やかだったり、穏々だったり劇的だったりしながら、つらつらと止まることなく時間は飛ぶように過ぎていく。
夜が明けて、日が暮れて、巡り巡って数字は重なり────
開扉の時が目前へと迫るなど、文字通りに、瞬く間のことだった。
さて、何話構成になるのか一ミリも予測が利かんぞ。




