天使に子守唄を
とまあ、そんな具合に。
『鞘』だとか『刀』だとか、新しくなった『名前』だとか。アレとかソレとかコレとかの説明は長きに亘り、当然その後に続く実践交流会も長引いた。
挨拶の流れでヘレナさんは『簡単に』などと言っていたものの……アーシェ、トラ吉、そして俺。割かしノリとテンションと場の勢いに生きているエンジョイ勢が楽しくなってしまうと、適当に流すとかできるはずないのが世の道理。
結果として……現実時間で言えば、夜の十一時過ぎ。
呆れたような慣れたような顔で『後は各々ご自由に、お楽しみください』と言い残してヘレナさんが離脱していったのが八時過ぎのこと。
でもって、もう限界とばかりの大欠伸をかましてニアが『お先でーす……』と謎に小声で気配を消しつつログアウトしていったのが九時過ぎのこと。
そして、ハッと我に返り気付くのが遅れに遅れてしまった今現在。
「────いやほんと、マジごめん大丈夫……?」
「……もう。だいじょうぶ、ですってば」
一生懸命ねむねむを気取られないよう我慢して付き合ってくれていた天使の様子と共に瞬で過ぎ去った時刻を認識して、秒で解散からの即帰宅。
俺と一緒になって訓練に夢中になっていた二人からも申し訳なさそうな顔で見守られつつ、寝落ち寸前と思しきソラさんをクランホームへとエスコート。
してきた、わけだが……。
「言ってくれても良かっ────いや俺が気付けよ、だ。悪かった」
ヤベェ遅くなる時は俺からも一報を入れとく契約だよメイドにチクチク言葉でド突き回される……とか未来で発生する実際的なダメージにも思考の端で震えつつ、それよりなにより俺自身の罪悪感がグッサグサで『ごめんなさい』が止まんねぇ。
もっとも、当のソラさんは、
「………………」
眠たげな目で、けれども、しっかりと俺を睨んで不満顔。
……これは流石に読み取れる。別に眠たいのを我慢して付き合っていることに俺が気付けなかった、そんなことに対してムッとしてるわけではないのだと。
わかってる。いや、わかってるけどさぁ……。
「ぁー……ソラさん。言いたいことはわか────っちょ、ちょちょ……!」
と、理解を示し弁解に移るのがワンテンポ遅かったか。
廊下を歩き、ソラの自室まで辿り着き、扉の前で『おやすみ』を言おう。そう思い足を止めた俺の手を捕まえて、ふいっと顔を背けながら少女は扉を潜った。
勿論のこと、捕まえられた俺も諸共に。
「あのー……おーい……」
「………………」
あからさま不機嫌……いや、不機嫌というより、むくれてる。
────どうしてもそう可愛らしい方向にばかり見て取ってしまうことも、今の彼女にとっては大層ご不満。それも理解していることなのだが。
然らば、俺の手を放さないまま。部屋の中。
「…………────子供あつかい、やめてください」
ソラは、そんな自身が子供であることを自覚するからこその言葉を、ぽつり。
「……結婚してくれ、なんて。プロポーズまでしたくせに」
ぽつり、ぽつり。
あまりの可愛らしさに死ぬんじゃないかと、思わず俺が空いている片手で自分の心拍を確かめてしまったような、まことの天使が如き不貞腐れ顔で。
「いや、えぇ……かわい…………」
無意識に口から心が漏れ出た俺を、誰が責められようか。
「むぅ……っ、おこってるんですよ! 茶化さないでくださいっ……!」
はい、ソラさん以外に。
マジ申し訳ってなことで、また真面目モードで行かせてもらうが……。
「あの、わかってるよ? わかってるし、俺も個人的にはってか前も言ったと思うけどソラを子供扱いしてるつもりはない。伝わってるよな? オーケー?」
「………………」
まだ不満顔だが、とりあえず今の言葉は叱り判定をパスできたらしい。パートナーの以心伝心万歳、本心を疑いなく受け取ってもらえるって素晴らしい。
「ただですね、事実としてソラさんは育ち盛りの十五歳」
「……もうすぐ、十六歳ですもん」
「育ち盛りの、もうすぐ十六歳なわけでして。いろいろと大事な時期、俺自身は別に保護者を気取ってるわけではないけど、実際的な保護者の方から『気遣い諸々よろしくお願いしますね?』と配慮を頼まれている身であるからして」
「わたしよりも、斎さんの味方ですか。そうですか」
素晴らしいのだけれども、それはそれとしてソレだけじゃどうにもならないのが複雑怪奇もうすぐ十六歳の乙女心というやつなのだろう。
割とマジで限界手前おねむであるのも、大いに関わっているのは疑いようがない。このところの微妙な距離感が突然に消し飛んでいることからも明らかだ。
それは例えば……──こんな風に。
「ハルには、もう子供あつかいされたくないですっ……」
「だから別に子供扱いはしてな…………っえ、ちょ、あの、ちょちょちょ……!」
ほらな、明らかだ。
最近のソラさんは、間違っても、こんな風に────胸に頬を擦り寄せてくるような豪速ドストレート危険球の甘え方なんざしてくれないからな、と。
「…………ソラさん?」
「………………」
「ソラ?」
「………………」
「え、寝た?」
返事は、にゅっと伸びた片手に頬を摘ままれることにより。
「…………………………」
片方は手。片方は頬。両手で俺を捕まえたソラが顔を上げて、ぽやっと寝惚けた眼……に見えて、一応ある程度は意識がハッキリしていると思しき瞳で見る。
明かりも付けない部屋の薄暗闇の中、俺を。
「…………少しくらい、夜更かしをしたって、平気ですもん」
俺だけを見つめてくれる琥珀色は、やはりまだ少し、あどけなくて。
いい子のソラが自分に言い聞かせるかのようなことを言うものだから、思わず笑みを零してしまい……代償として、頬を強めに抓られながら。
「こないだ、風邪とか引いちゃったじゃん。単純に心配なんだよ」
「大袈裟……」
「大袈裟になっちゃうくらい、ソラのこと大切なんだってば」
「………………ハル、も」
「当然だろ。メイドに啖呵切って真正面から張り合ったっていいくらいだ」
「…………今の、斎さんに言っても、いいですか?」
「……の、望むところ」
「…………………………………………ふふ」
本心ばかり。本音ばかり。嘘も誤魔化しも取り繕いも欠片だって必要ない。ただただ素直な心を曝け出せば、ようやく不満顔は薄れてくれて、
「声、震えてますよ」
「ラスボス相手は流石に武者震いが……」
柔らかな笑声と共に、ぽすり。再び頭が胸元へ降ってきた。
そして、そのままで数秒。そのままで十数秒。
「……────あの、ですね。ソラさん」
「はい……?」
なんかこう、優しい感じの空気を読み続けられず、誠に申し訳ないのだが、
「いろいろ、諸々、ヤバいんですけど。これは抱き締めてもいいやつですか」
俺は正直に、音を上げた。
自然、寝惚け眼でポカンってかポワンと呆けるソラさん。いやもうほんと眠たくて頭が正常に回ってないのは理解するけど理解していただきたい心から。
もう俺、遠慮する気とか更々ないんだってこと。
そんな俺に、こんな風に近付いたら、どうなってしまうのかってこと。
「ぇ、ぁ……ダ────」
「ちょっと遅いかなぁ」
続く音を聞いて言葉が完成しない内に、羽根のように軽い華奢な身体を掬い上げる。抱き締める────は、流石に断りもなく強行したりしない。
答えも貰わない内から、そんな奪うような真似するわけにはいかないから。
「……………………もうっ……」
「これならまあ、許容範囲だろうか……と」
俺たちにとっての、いつもの。
お姫様抱っこで抱き上げれば、グッと近くなった距離から可愛い顔が俺を睨む。全然怖くない────ので、怯まず追撃の一手を撃ち込んでおこう。
「ソラ」
「……なんですか」
「子供扱いされてるかなって、不安になったら何度でも言ってくれ。もう、いつでも掛かってこい────いつでも何度でも、懲りずに女の子扱いするから」
然らば弾着観測……これは、至近弾って感じで宜しいかな?
頬を朱に染め、沈黙した相棒を寝台へ運ぶ。固まっているだけか、抵抗の気も起きないほど眠気が限界か、はたまた……そんな少女を、
壊れ物のようにベッドへ寝かせて、
宝物のように優しくブランケットを掛けて、
「さて……今は『おやすみ』と、どっちがいい?」
可愛い顔を隠した金の細糸を指先で優しく除けながら。
俺を見つめ続ける琥珀色に囁けば、震えた小さな唇から、またぽつり。
「…………おやすみ、なさい、ハル」
「あぁ、おやすみ、ソラ」
流石に堪らず、一時撤退。
そんな様子で仮想世界を去って行った相棒を見送り────
「────…………ぶッッッは……‼︎ 格好付けんの、慣れねぇッ……!!!」
唐突に降って湧いた口説き落としタイムを全力で遂行した俺は一人。
もんどりうって倒れ伏した後、それから暫く己が決死を振り返って悶え続けた。
もう逮捕でよくないですかコレ。




