繋ぐ鞘刀
「────とまあ、そんな感じの基本能力だ」
「ちょい待ち」
「そりゃもう『常時発動能力』なもんで常時発動させとかないと勿体ない。ってことで今後は兎短刀だけじゃなく【早緑月】も表に出しっぱがデフォになるわな」
「待ちや」
「つまり別に見せびらかしてたわけではない。鋭意〝持ち歩き〟特訓中ってか日常的に刀を差しとくことに慣れようと努力してる次第で」
「おいコラ」
「さて置き、お次は任意起動の────」
「待て言うとるやろボケこのハゲぇッッッ!!!!!」
「うっせぇな次々いかねぇと共有すること山盛りなんだよこちとらぁッ!!!」
……とまあ、そんな感じの掴み合い────は、まあ冗談として。
解説一発目からトラ吉プレゼンツの「ほえー」を飛び越え絶句を計四つ頂戴した俺は、真っ当な要求に口では反射的に反抗しつつも。
「………………陣営を繋ぐ能力、ですか……」
「ですね」
隣。我が師の御手により生み出された滅茶苦茶の内訳を一足先に知るソラさんより、苦笑い満点の見守り天使フェイスを向けられながら。
「『緑繋』由来の、武装……」
「だったらしい」
毎日のように顔を合わせるわけではないヘレナさんは勿論、今日の会議で話せば良かろと思っていたのでアーシェにとっても初聞きの情報。
南の主従ペアがトラ吉のトラトラぶっ壊れバフ詳細を聞いた時以上の……真顔を飛び越えドン引き&呆れ果てたと言わんばかりの顔で、溜息を一つずつ。
虎野郎は抵抗を止めた俺の首を引っ掴んだまま形容し難い渋顔。ニアちゃんはポッッッッッカーンと盛大に口を開けてフリーズ中。
前者はどうでもいいが後者が超かわいい。こちらもアーシェと同じく初聞きなわけだが、流石に非戦闘員だろうと直球で響く驚きがあったものと思われる。
仮想世界における『色持ち』の存在は、それだけ共通で大きいということだ。
「………………………………………………………………うい」
と、絞り出したような珍しい声音。半分二発目の溜息めいて推定現親友の名を呟いた『お姫様』が、本当に珍しい顔で、ゆっくりと天を仰いだ。
仰いで、一言。
「絶対、わざと」
なんて、確信の意を。然らば俺が返すのは当然のこと────
「同意。絶ッッッッッ対、後でビックリさせようと内緒にしてたぞアレ」
同じく確信を以っての肯定。プラス、真実お茶目が過ぎる愛すべき師への親愛を籠めた全力苦笑。あぁそうさ、考えるまでもない。
世間が思うより、あの人は、そういう人だ。
「ギャップ萌えの化身……」
慣れぬトラ吉から意識的か無意識的か、隠れるように俺の背にいるニアちゃんもポツリ呟いているが本当それ。ズルいが過ぎて怒る気になれんのよ、と。
「まあ、俺の師匠の限界お茶目は置いといて、だ」
ほんのり、僅かばかり、ソレに俺が弱いという事実をハッキリ認識済みゆえ警戒色が滲んでいた声音。読み取ったからには宥めるのが義務と藍色の頭頂をペフペフしつつ、ついでに空いた片手で虎の手をペッペッと払い除けた。
んで、
「ヘレナさん。追加で突っ込んどきたい詳細あります?」
問いの視線を向けるは、モノクルの先。驚倒しつつも誰より冷静に思考を巡らせていると思しき参謀様へ、盛大に脱線しかけている進行の取り成しを要請。
さすれば、黒い瞳が一度ゆっくりと瞬いた後。
「……『パーティ』の判定範囲は?」
「通常パーティひとつが〝枠〟ですね。連結部隊は適用外です」
「つまり、加護の共有は六人が限度……例えば、ハル様とソラ様がパーティを組まれ能力適用下に入ったとして、加護の重複は起きるのでしょうか?」
「あ、それは無いです。何人いようと、イスティアでワンカウント」
「能力が及ぶ物理的な範囲は」
「同じ空間内かと。神創庭園と陣営街区とか、あとはダンジョンやらクランホームやらのインスタンスエリアとか。ハッキリ別空間でもなければ基本どこでも届く……と、思います。検証したら千キロ単位で離れても余裕でしたんで」
「…………凄まじい、ですね」
つらつらと、的確な追加の質問により会の理解を埋めていく。
流石の【侍女】様、わちゃつきがちな序列持ち会議を制してきた百戦錬磨は伊達ではない。困ったら彼女に振っとけが俺の中でもスタンダードになりつつある。
「基本、能力………………それが、基本能力、ですか……」
もっとも、彼女は彼女で別に無敵の絶対零度怜悧参謀では非ず。そんなことは既に友人として知っているので、無茶ぶり連打は憚られる。
労わろう。
「『四凮聯繋』については、まあそんなとこ。聞いた通りのぶっ壊れで、正直なとこ俺もドン引き継続中なくらいなんだが……間違いなく言えることが一つ」
然らば、ちょいとクールダウンが必要そうなヘレナさんに代わり一時進行預かり。各々から視線を集めて、俺が伝える必須事項は一つだけ。
「悪いけど、慣れてもらう必要がある」
「……そうね」
「せやろな」
「です、ね。私も……」
それはそのもの、反応をくれたニア以外。つまるところ『戦闘員』に認識しておいてもらわねばならない訓練要項。どういうことか、言うまでもなく。
「北陣営のも多少は感覚が変わるやろが……東のは、エラいこっちゃで」
「全ての戦闘スキルの使用感が、別物になる」
そういうこと。
南陣営の加護『富裕』も通貨にして万能触媒のルーナ、つまりは大魔法などのコスト削減という形で戦闘に関わってくるが、そこは別にいい。
懐具合への慈悲を賜ったとて、実際に戦闘でアバターへ伝わるアレやコレやが感覚的に変わってくるわけではない────が、他の戦闘陣営二つ。
北陣営の加護『幸運』および東陣営の加護『闘争』に関しては、まず間違いなく戦闘に際して多大な変化を齎すだろう。
まず〝運〟の関与する大小様々ありとあらゆる事象にポジティブ補正が掛かる北の加護は、運も実力の内なんて言葉が存在するように戦闘でも効果を発揮する。
やれ紙一重で急所攻撃が成功しただの、やれ直撃弾が幸運にも逸れただの……と、そういった逸話がハッキリ大衆にも認識されるほど、北陣営には多い。
気のせいだとかプラシーボ効果だとか笑えないレベルで、明確に『幸運の女神が微笑んだ』と言える結果がサービス開始より四年の年月で積まれているのだ。
ゆえに北陣営ノルタリアに在って戦闘を嗜むプレイヤーは、端から『幸運』を手札に数えて己が戦いを組み立てることが多い。
全員が全員とは言わないが、北の連中がイスティアとは別方向で……なんというか、割とパッションで戦いに怒涛の突撃を見せる所以は、そういうことだ。
んで我らがイスティアの『闘争』だが、こっちは言うまでもない。
『全ての戦闘スキルに上方補正』────仮想世界を歩み出してから常に共に在った加護であるからして東陣営は自覚しづらいが、直球で何もかもが変わる効果。
威力が上がる。速度が上がる。規模がデカくなる。どんなスキルに、どう作用しても、些細なブレ程度では済まない様々な変化が起こるわけだ。
……ゆえに、重ねて。
「特訓必須、ね」
「ま、望むところやけどなぁ」
「が、頑張りますっ……!」
俺の隣で張り切っている天使も是非に頑張っていただいて構いません超かわいいとして、アーシェとトラ吉が一体どの程度の苦労を浴びることになるか予測不能。
それぞれ大出力のパワータイプであるがゆえ、結構とんでもないことになりそうなんだよな……────と、ひとまずは、まとまったかなってところで。
「んじゃ、次いくか」
ヘレナさんから進行を預かったまま、解説中の『鞘』に納められた『刀』の柄へと手を掛けながら一歩、二歩、三歩。
「ぇなに、次ってなに、まだあんの……?」
仲間たちから距離を取りつつ、
「あるぞ。まだ半分、な」
呆れ返るようなニアの声に振り返り笑みを投げる。ついでに、
「おい虎、実演してやるから〝特等席〟に来い」
「ほんにクソ生意気なやっちゃな。素直に殊勝に『どうか手伝ってくださいませんかタイガー☆ラッキー様』って頭下げやド突き回すぞ」
「……………………たいがー、らっきー……?」
「なんで忘れたみたいに首傾げとんねんハゲッ‼︎」
とかなんとか、義務感めいて弄りとセットに〝相手〟を召喚。ちょちょっと訓練場仕様で『宣言』の要らぬ決闘システムを立ち上げながら────
「トラ吉」
「なんやねん」
「十倍、起動してもらっていいか?」
「………………起動させて、どないしよる」
これは別に、煽りのつもりはないのだが、
「真正面から消し飛ばす」
「えぇ度胸や。やってみぃアホたれ」
大真面目に笑い合うと、片方の指にて虎目石の円環が輝いた。
口にはしないが、コイツのこういうところは素直に好ましい。扱いやすい馬鹿めいてノリよく何でも付き合ってくれる友人というのは、得難い存在だ。
そして、そういう奴こそ楽しませてやるのが俺の困った本懐。
それでは、お披露目とさせてもらおうか。
「繋げ【倶利伽羅】────」
師より賜った、
「────〝抜刀〟」
俺だけの、俺のための『刀』が魅せる、その全てを。
どうでもいいけど対トラ適当乱雑悪友ムーブが特定個人にガン刺さりしてそう。




