緑の声音
「第一回の『四柱戦争』が終わり、それから暫く後のことですね」
「はい」
「ご存じの通り、当時の私は『戦いを目的として刀を振るう』ことを苦手と思ってしまい……それから数年と続く閑居、その入口に手を掛けた頃合いになります」
「はい」
「ハル君は私のことを〝引き籠もり〟などと言いますが、なにも本当に毎日この場所で過ごしていたわけではないんですよ? 出掛ける時も、あったんです」
「はい」
「……ちゃんと聞いていますか?」
「はい。勿論です。どうぞ続きを」
「…………」
「ほうお、ふうひお」
「……そういったわけですから、繰り返し。第一回『四柱戦争』から暫く時が経った頃、本格的に『ただ刀を振るう』こと自体を目的として修練を始めたんです」
「はひ」
「そもそも、まだ道場の門を開け放つより前の話ですね。名のある剣は《飛水》ただ一つのみ。まだまだ流派などと呼ぶには心許ない『結式』の剣を紡ぎ見出すため。いわゆる〝いんすぴれーしょん〟を求めて、ふらりと旅に出たんです」
「はい」
「仮想世界が始まって、四ヶ月と少しばかり……初心の界域を踏破し、新天地にて太古の森を切り拓き、街を築き……──まだまだ、遠方を目指すなど夢物語の頃」
「すげぇ楽しそうな時代────はい」
「多くの方々に先んじて一人、集団を抜け出して……どこへ向かうか、方角も何も考えてはいませんでした。ただ、気の赴くまま、ひたすらに進み続けた結果」
「はい」
「目の前に現れたのが、緑の巨躯でした」
「おー」
「当時、私が『緑繋』を最初に発見した者か否かは、わかりません。既に旅人は多くいたでしょうし、情報の共有がされていなかっただけで他にも邂逅者が存在した可能性の方が高いでしょう────ですが、ともあれ、私は衝撃を受けました」
「でしょうねぇ」
「『白座』の第一発見者。その栄誉を偶然にも賜ってしまった時に次ぐ、二度目の途方もない衝撃です。たっぷり数分は、その場に立ち尽くしていましたね」
「でしょうとも。…………………………………………………………ん?」
「そして、衝撃から立ち直った後」
「ん? いや、え? ……んん???」
「ふふ……思い返しても、怖いもの知らずでした。【剣聖】などと大層な名を授けられて気が大きくなっていたのでしょうか、真っ先に思い浮かんだのは」
「は、ぇ……はい。思ったのが?」
「さて、如何にすれば斬れるものやら……と、そんなことです。大真面目に」
「…………………………ぁ、はい。目に浮かびますね」
「……それで、それから三日三晩ほど、でしょうか。如何にしようとも刃が通るどころか傷一つ付けられない異次元の存在を前にして、むきになった私は数限りなく刀を折りました。折っては、造り、折っては、造り……三日三晩も。諦め悪く」
「えいうはひあふへ」
「その結果として生まれたのが、二の太刀────《打鉄》です」
「ほー、わあひえいひあひ!」
「残念ながら、それでもやはり、爪の先ほどさえも成果は刻めませんでしたが……ですが身にはなったと納得して、流石に刀を納め帰ることにしたんです」
「帰り道、ちゃんと覚えてました?」
「ハル君?」
「ほえんあはい」
と、そんな具合。
ほどほどに戯れつつ、心底から興味深い過去話を拝聴した果て。
「全くもう、揶揄い過ぎです。仕返しのつもりですか? ────……こほん。とにかく、そうして帰ろうと一礼して踵を返した時のことでした」
師は語る。
「なにか大きくて重たいものが地に落ちた音がして……振り返れば、これが」
過去に得た、土産物を指先で撫でながら。
「どこから落とされたものか……そもそもが一体なんなのかも、わかりません。過去も今も、それは変わらずです。『緑繋』由来の何か、としか……」
「え、わかんないんです? アイテム名とか詳細テキスト的なものは……?」
首を傾げる師の姿を、弟子も当然のこと真似るしかない。自然な疑問を口にしてみれば、ういさんは「どうぞ」とばかり掌でソレを示した。
然らば、失礼して────
「……………………………………ふーん? へぇー? ほーん? 成程……?」
指でつつくも、無反応。遍くモノ……それこそ、その辺に転がっている石ころですらタップすればアイテムとしての表記を晒す仮想世界の道理が、息をしてない。
「由来は、まあ確実みたいっすね……」
「そのようです」
それも道理に反して『ステータスバーが表示されない』といった特異性を持つ『色持ち』と、似通っているっちゃ似通っていると言えよう。
なんなのか調べることは叶わないが、叶わないからこそ察せられるモノがある。
鱗……とか、なんかそれっぽいものとでも思っとけば良いのではなかろうか。大きく外れてはいないだろうし、ともかく至極特別な代物であることは間違いない。
「…………三日三晩。頑張った、ご褒美的な?」
「ふふ……私としては、あの見上げるばかりの巨躯の口から『土産はくれてやる。頼むから二度と来るな』と、文句を言われたような気がしました」
ころころと笑っていらっしゃる様子を見るに、それなり良い思い出なのだろう。『名のある剣』が二つに増えた記憶というのもあるだろうが……。
思いの外と言っていいのか。ちょいちょい割かし普通にアルカディアを楽しんでいるらしい【剣聖】様エピソードを聞く度、俺は心の底からほっこりしている。
全人類の代弁として、まっこと可愛らしい御人だなぁと────
なんて、アレコレさて置き。
「……『全くもう』は俺の台詞ですよ。まあ普通の金属じゃないんだろうなぁ程度のことは色味やらスペックやらで察してましたけども…………マジかぁ」
まさかまさかの『緑繋』由来。〝白〟からの〝赤〟に続き、知らず〝緑〟とも共に歩んでいたとは冗談抜きで思いもよらなかった。
疑問や興味が生じる時間も、そこから訊ねてみる時間も大いにあったというのに……なんだろうな、頂戴したこと自体が大き過ぎて満足してしまっていたから。
師から賜った『たいせつなもの』というカテゴライズが、とかく甚大で。信頼と感動の初期値がデカ過ぎたがゆえに湧いて不思議ではない諸々が埋もれていた。
────ということで、改めて確かな価値を知った今。
「…………半分に留まらず、頂いちゃって宜しいので?」
聞かねばなるまい、聞くまでもないことであろうとも。
さすれば師は、
「……畏れ多いというのであれば、別の物を打ちましょうか?」
穏やかに微笑みながら、そんな恐ろしいことを言うものだから。もう弟子は、様々な感情が綯交ぜになった苦笑い一つを噛み締めて。
「冗談です。ご冗談を。マジで取り上げられたら、わんわん泣きますからね俺」
「それはそれで、見てみたくもありますが……なんて、ふふ」
言葉を交わしつつ、神聖な場の空気を乱さぬよう……なんて考えたわけではないが、自然と数歩ばかり退いて。俺を見つめる灰色の瞳に真っ直ぐ視線を返し、
「……────宜しくお願いします。師匠」
戯れを消して、最敬礼。
言葉による返答はなく。数秒後、ゆっくりと頭を上げた俺が見たのは────
……一言で表すのであれば、天女。
灰から転じて純白に輝く長い髪を、風もなしに靡かせ。
半分に断たれた〝緑〟の上に置かれた〝翠〟の刃、そのまた上に。慈しむように片手の指を添えて────空いた、もう片方。
右手に携えた小さな『木槌』……飾り気は少なく、形状も単純。しかし言い表せない、途方もない気配と意思を感じさせる光り輝く魂依の器。
持ち上がる。振り上げられる。ゆっくりと、
そうして、目が合って────
「「……────」」
【剣聖】は笑み一つ。
「……〝粧せ、一振り〟」
言の葉を唄い、
「〝召しませ、一刀〟」
呼ぶ、その名は、
「〝刀成せ〟……──────【天目一箇神】」
振り落ちて、打ち下ろされて、
〝緑〟が、鳴いた。
・【天目一箇神】第七階梯:鍛冶槌
七に上がったのは最近らしいです。




