最後にキミから
―――東陣営四柱戦時拠点【異層の地底城-ルヴァレスト-】へ転移しますか?
YES。
―――只今、四柱戦争選抜戦が開催されています。出場を希望しますか?
YES。
―――出場申請を受諾しました。プレイヤーの実績状況を審査します。
―――審査を終了。プレイヤー【Haru】を第一選抜予選へ組み分けします。
―――憩いの闘争へようこそ、【Haru】。貴方の奮戦を期待します。
憩いの闘争ってなに???
流石だぜ闘争のイスティア。システムメッセージですら、戦闘狂味の混じった謎言語で語りかけてくるとは。
手を振るニアと別れ、転移の光に誘われる最中。
何やらあるはずも無い俺の『実績』とやらが審査されていたが、その辺は事前にカグラさんから説明を受けていた通りだ。
過去の四柱戦争出場記録を始めとして、記録に残るような大規模戦闘への参加経験。或いは公式―――つまりは【Arcadia】開発運営が企画する闘技大会などの、いわゆる公の場においての戦績。
全てのプレイヤーのそれら情報は逐一記録に残されているらしく、そのデータを基に算出された実績ステータスによってこの「振り分け」が行われるとの事。
ちなみに、この審査で落とされる者もいるのだとか。何でも「やる気ないけどお祭りだしとりあえず参加しとこ」程度の適当さで出場申請をした場合、システム側に検知されて弾かれるらしく……思考の検知ってなに?いや思考操作とかあるくらいだし同じ畑の技術なのか?
なお、お祭り気分での出場申請も「ヒャッハァお祭りだぁ!!!」くらいの熱意で臨んだ場合は普通に通るらしい。あくまでやる気無しの者を事前に篩に掛ける、程度の機構なのだろう。
俺が組み分けられたのは第一選抜予選。つまりは本選出場資格に満たない実績のプレイヤーが集められる、選抜本戦の前座とでも言うべき前哨戦。
本戦は四柱運営委員会……長い、委員会の調整により出場者数は一定。予選の方も多少のブレはあるが、基本的に参加者の数はある程度決まっているらしい。
勿論、選抜『戦』であるからして、回復役や支援役などのサポート専門のプレイヤーはこれには参加しない。
彼ら彼女らには選抜戦とは別の審査があるとの事だが……まあ、とりあえず今の俺には関係無いな。
あと正面戦闘を想定しない火力役、つまりは砲台型の魔法士や射手なんかも別審査。そりゃ近接専門のプレイヤーの中に放り込まれたら、ただの餌になりかねないだろうから当然か。
逆に言えば、それ以外の全てのプレイヤーがこの選抜戦に放り込まれる。
俺のような軽戦士や、ガチガチの鎧に身を固めた重戦士。更には近距離戦で弓を使うような変態や、バチバチの肉弾戦も交える武闘派魔法士なんかもいるらしい。
予選出場者数は、凡そ一万人。
多いと驚く者もいれば、少ないと拍子抜けする者もいるだろう。
俺は後者だった。ここ最近で散々「このゲームはゲームにあらず」を叩き付けられてきた事もあって、もっとこう……意味不明な人数が集うトンデモない規模のお祭り騒ぎを予想していた。
闘争のイスティアだぞ?四陣営で人口が最も少ないといえど、確か四百万人前後の所属プレイヤーがいたはず。
アクティブ人口とのズレはあるだろうが、大体四百分の一しか参加者がいないとは……という俺の疑問にはカグラさんとニアが一緒になって答えてくれたのだが、まあ理由は様々あるとの事で。
闘争のイスティア所属とはいえ、全員が全員一線で戦えるような戦闘センスを持っている訳じゃないとか。
闘争は闘争でも、お祭りは参加側じゃなく見物側で囃し立てたいだとか。
『お姫様』のご尊顔を愛でたい。けれど戦場に出て接近を試みようものなら一瞬で灰にされるので、モニター越しを選択するだとか。
イスティア所属と言えど、全てのプレイヤーが等しく脳筋ヒャッハァでは無かったらしい。謎の安心感を覚えざるを得ない。
初期の初期なんかは流石に収拾の付かない大混乱だったりしたようだが、第一回四柱戦争本戦の内容がそれはもう「地獄絵図」だったらしく―――そうだよ、出場プレイヤーが悉くバケモノだったって意味だよ。
それで「あっ無理」となった一般プレイヤーが大多数を占めたらしく、第二回からは一気に参加者の数が落ち着いたんだとか。
ともあれ、その一万人前後の参加者が集う選抜予選。いったいどういった形式で行われるのかと言えば……まあ、分かるよな?プレイヤー人口に比べれば一握りと言えど、五桁に上る参加者でチマチマ個人戦などやっていられるはずも無い。
―――バトルロイヤル。およそ百人一組にブロック分けされて執り行われる無差別戦闘こそが、選抜予選の内容だ。
……ソロ同士の多人数戦闘のため一対多ではないにしろ、全方位警戒が必要な対多数戦ってのがなぁ、小パンが致命傷になりかねない俺と相性が良いとは言えないのだが―――
「お」
ブロックの組み分け処理など色々あったのだろう。これまでの経験よりも長めだった転移過程が、唐突に終わりを見せる。
身体と意識を飲み込んでいた青光の奔流が途絶えて―――視界が開けた。
転送されてきたのは、特に目立つようなものは無い広いだけの四角い空間。床に巨大なイスティアのシンボルマークが描かれているものの、それはまばらに立つ多数のプレイヤーの姿によって塗り潰されていた。
ざっと見た限り、普通に百人以上はいる。付き添いで同行した観戦者なども、まとめて控室に送られるのだろう―――ほら、俺の隣にも。
「―――っ……ぁ、良かった」
何であれ、初体験の事にドキドキする気持ちはよく分かる。ニアに詳しく説明を受けていたが、実際にちゃんと合流できるのか不安だったのだろう。
すぐ隣に俺の姿を見つけて、応援に同行してくれたソラは安心したように緊張を解いた―――かと思えば、何やらこれまでに見覚えの無い不思議な表情を向けられる。
視線が向かう先は……あぁ、コレか。
「似合ってる?」
「素敵です、けど……あの、ハル?」
別れ際に贈られた【藍玉の御守】に手を添えてポーズを取れば、ソラは素直に頷いてくれる―――が、何だろうねそのモニョモニョした感じは。
本人も自分の感情がよく分かっていないのか、過去最高レベルに歯切れの悪いソラさん。窺うように此方を覗き見る瞳に映るのは……疑惑?困惑?本当になんだろうね。
「その……ニアさんって、ハルも会うのは今日で三度目って言ってましたよね?」
「そうだねぇ。向こうが最初からあんな感じだから、俺も遠慮無しでやたら気安い関係になっちゃったけど」
他人の口から聞いて改めて思うが、距離感狂ってるよなぁ。
ただ何となく、俺もニアも互いが今の状態を好ましく思っているのを分かり合っているというか……我ながら出会って三度目の距離感ではない事は自覚しているが、俺達は多分これで良いのだろう
「気安い……?気安いというか……えぇ、最初から……?」
なにがしかの疑問と困惑に首を傾げるソラに、何と言葉を返せばいいのやら迷う―――そのうち絡まった思考を振り払うように首を振ると、ソラは気を取り直した様子でペコリと小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、何でもないです。数回会っただけであんなに仲良くなれるんだって、驚いてしまっただけかもしれません」
言葉通り、ソラ自身もなにを疑ったのか上手く理解していないようだった。
そう言われてしまえば、俺もそりゃそうだと言う他ない。スリーエンカウントで旧知の仲みたいな遠慮無しの関係が、特殊と言われたらそれはそう。
「改めて……とってもお似合いです。格好良いですよ、ハル」
「うん、ありがとう―――……な、なんか、流石に照れるな?」
職人二人に誉めそやされた時も勿論嬉しかったが……こう、やはりソラからの言葉は少し違うというか。無二の相棒に手放しで褒められるというのは、何とも言えないこそばゆい感覚が付いてくる。
真正面から微笑まれて柄にもなく照れてしまうと―――普段とは逆の立場だからだろうか、ソラはどこか楽しそうにクスリと笑みを零した。
「……ハル」
そのまま、ソラは一歩近付いてくる。
先程のニアと同じ距離で―――見上げてくるのは、琥珀色の瞳。
「ごめんなさい、私は何にもお手伝いできなくて」
そんな風に謝るソラの表情に、しかし曇りは無い。
どこかの出会って数日で距離感の狂ったペアの事を言えないだろう。まだ二カ月にも満たない付き合いであるにも関わらず、俺達はもう互いの考える事くらい分かってしまうから。
「俺にとっても急な展開だったし、ソラが謝る事なんて何も無いよ」
きっと俺がそう返す事も分かっていたのだろう、また穏やかに微笑んで―――小さな手が、俺の手を取る。
「本当に突然なんですから、ビックリしましたよ?」
「俺もビックリだ。カグラさんに焚き付けられてさぁ」
「聞きました。カグラさん、格好良くて優しくて、素敵な方ですね」
「テンパると丁寧なお姉さん口調が出てくるのもポイント高い」
「あまり揶揄っちゃダメですよ?喧嘩になったら、私はカグラさんの味方をしますからね」
「そこは唯一無二のパートナーを庇ってくれても良いのでは?」
「私が加勢しなくたって、どうせハルは涼しい顔して何だって切り抜けちゃいますから」
「謎の信頼感……これ信頼だよね?諦めじゃないよね?」
「ふふ、どうでしょうか」
「カグラさんのキャラブレもポイント高いけど、ソラのそういうお茶目もポイント高いよ?」
「っ……あ、甘いですよ?私だっていつまでも、そうやって揶揄われっぱなしじゃないんですからねっ」
「真赤になってそっぽ向きながら言われてもねぇ」
「もう……!相変わらず意地悪ですっ!」
握られたままの手で、胸元を叩かれる。
何だろうな、やっぱり心地良いんだよ。ソラとこうして話しているのが。
「ハル」
「うん」
俺達は恋人ではなく相棒だが、それでもお互いに異性として意識してしまう事はある―――けれども、現実世界でいう男女とは、やっぱり違うんだよ。
傍に寄れば伝わる彼女の空気から感じるのは、異性に対する緊張感ではない。
ただ思うのは、幾度となく共に駆け抜けた冒険で積み上げた、比類の無い安心感。
触れれば伝わる彼女の熱から感じるのは、女性の柔らかさや温もりに対する昂揚ではない。
ただ思うのは、手を取り合って途方も無い大壁を打倒してきた故の、揺るぎ無い信頼感。
手を繋いで、視線を交わす。それだけの事。
俺達は今更、恥ずかしさを覚えたりはしない。
「応援しています―――頑張ってください」
「ありがとう―――頑張って、格好良いとこ見せるよ」
だから、ソラの頬が微かに赤く染まっているのは、気付かなかった事にしておこう。
俺の可愛いパートナーは、怒らせると結構怖いんだ。
きっと目の届く周囲二十人くらいの男性プレイヤーから「あいつボコろ」って思われてる。