師と弟子と相棒と
正月も三が日が遠ざかれば、新年あけまして特有の『厳か』と『緩い』が共存する不思議な空気感も徐々に薄れていく。それはいつとて変わらない。
去年の今とは全て……それはもう、なにもかもが変わってしまった俺とて同じ。
アレやコレやと穏やかで賑やかな平和を満喫していれば、時が経つのは至極あっという間だ。それはもう、瞬きをする間に一週間程度が過ぎ去るほどに────
と、いうことで。日々は巡りて一月の七日。
「「「──────────ッ!」」」
俺は我が師【剣聖】の居城にて、相棒と共に死力を賭していた。
竹林に囲まれた境内、終わりなどないとばかり響き渡り続ける剣戟の調は幾百度目のソレか。経過時間などに割く思考の余地は皆無。ただただ、ひたすら、
一切の雑念を捨て去るまま、至高の刀へと挑み掛かるのみ。
俺の手には翠刀一本、相棒の手には砂剣一本、そして対する【剣聖】……ういさんの手には、代わり映え無き数打の大太刀が一振り。
しかし、得物の優劣は存在せず。俺たちを取り囲む〝竹柵〟の境界が、俺たちの全てを支配する〝ルール〟を創り『立ち会い』を取り仕切っているがゆえに。
ステータス数値および武装スペックの均一化&各耐久値……つまりプレイヤーのHPおよび武器耐久力の固定化。そしてスキル含む一切の特殊能力無効化。
ここ最近の定番と化している、俺たち三人の『いつもの』だ。
「ッ……! ────、……ッ‼︎」
「──、────っ……!? ッ──!」
「……──っ、──────、……!」
数限りなく重ねてきた二対一の鍛錬。
もうそれぞれ、最中に言葉を交わすことすらなくなっていた。
俺が斬り込み、ういさんが木の葉を撫でるように軽く往なす。擦れ違った【剣聖】の脚は止まらず、真っ当に目で追うことなど叶わぬ速度で大太刀が霞む。
向かう先は追撃担当、俺の後ろに続いたソラ。情け無用で閃いた刃は吸い込まれるように首先へ向かい────大粒の琥珀は、怯むことなく見開かれたまま。
無数度目の響音。当たり前のように【剣聖】の一太刀を捉え、剣で以って受けた少女の身体が、しかし威力までは殺し切れずに勢いよく後ろへ飛ばされる、
「「────ッ゛!」」
前に、呼吸と同義の連携刹那。
躱されると同時に追走した俺のフォローがソラの砂剣を押し込む大太刀を横合いから叩くと共に、相棒へ伸ばした片手を小さな片手が確かに掴み返す。
瞬間、反撃。
地に突き立てた俺の脚を基点に威力転換。後方へ跳ね飛ばされるはずだったパートナーの身体を────円を描き、回り込ませ、至高の背中へぶち込んだ。
然して、剣戟の音。
これまた当然の如き読み切り。真横から弾かれた太刀を勢いそのまま後の先へと転じ、背後からの砂剣を迎撃。それと同時に前方より奔った翠、
首筋狙いの鋒までも、
「っ」
小首を傾げ、師は目も向けないままに躱してのけた。
俺も、ういさんも、結式の技は使っていない。『縮地』も『纏移』も全部ナシ、けれども別に立ち会いを共にするソラへ配慮しているわけではない。
理由は至極単純。
これは『超常を上乗せする地力』を、ひたすら磨くための鍛錬だから。
重ねて少し前から定番と化したこの修行、基本的に決まった終わりは存在しない。いつまで続くかは……まあ、これも【剣聖】のお決まりっちゃお決まり。
「────……ふふ。まだ、ですね」
「当然ッ……!」
「っです……!」
誰かしらが限界を迎え、ぶっ倒れるまでである。
◇◆◇◆◇
しからば、それも流石に当然っちゃ当然。
「────ぁぅ、ぅ……」
「おっと」
俺、ソラ、ういさんと並んで終わりなきスタミナ勝負ともなれば、仮想世界有数の体力馬鹿な弟子と師の間に挟まれる少女がダウンするのが世の定め。即ち定例。
もう立てない無理ここで私はおしまいとばかり。か細い瀕死の声を上げながら崩れ落ちるパートナーの身体を受け止めたのは、もうこれで何度目のことか。
「……ここまで、ですね。よく頑張りましたよソラちゃん」
「ごめんぁさぃ……」
然して、流れるように膝枕ってか俺枕……むしろ、俺ベッド。
ひと欠片の余裕もなく幻感疲労に呑まれた相棒を前に男だの女だの可愛いだの超可愛いだのは、ひとまず理性の方へ蹴っ飛ばしておくのがパートナーってなもん。
んでこれも当然、そんな様子を揶揄うような我が師ではない。
俺に全身を預けてフニャフニャ鳴いているソラさんを、ういさんも一緒になって甘やかすのも……まあ、恒例と化した『いつもの』ってなことで。
と、ういさんと俺の対応は基本そんな感じなのだが────
「うぅ……」
先程のウルトラ可愛い『ごめんぁさぃ』から引き続き、力尽きたソラさん本人が滲ませている感情は一色。それ即ち、真っ先にダウンした恥ずかしさ……。
などでは、勿論ない。ほら、この子これでアレだから。
「ソラさん、何度も言ってるけども」
「今の時点で十二分、ですよ」
俺にも匹敵するくらいの、負けず嫌いだから。
どう考えても仮想世界での体力に関しては、結式修行法に絶えず明け暮れている俺たち師弟が行き過ぎているだけ。俺も最近は遂に囲炉裏の野郎まで抜いてスタミナ第二位に着けた自覚があったりなかったり、そんな感じの具合であるからして。
それに数十分。調子の良い時は一時間単位でついてこれるソラさんは、欲目ではなく完全に一般レベルからはるか上空へと飛び抜けている。
序列持ちと比較しても遜色ないレベルだろう────と、ういさんも俺も事あるごとに手放しで褒め称えているのだが……この美少女。
「うぅ……!」
納得しない。というか、諦めない。マジで負けず嫌い頑固甚だしい。
超かわいい。流石は俺のパートナーだ。
「ふふ……本当に、ソラちゃんは可愛いですね」
「あげませんよ。俺のです」
然らば、そんな天使を二人揃って甘やかしに掛かるのも『いつもの』こと。身体も精神もクタクタで、ソラが碌に抵抗できないのをいいことに……。
「ハル君」
「はい」
「そろそろ、代わってください?」
「お師匠様の頼みと言えど聞けないことは弟子にもあ────本気『縮地』はズルいですって! ちょっと、こら! 返して俺のパートナー!」
「ふふふ」
「『ふふふ』じゃなくって! この、よかろう弟子の成長とくと見よッ……‼︎」
無駄に身体技術をフル活用して丁重には扱いつつも、遠慮なく。
「ぃ……いつも、いつも、なに、これぇ……っ…………」
愛らしいが過ぎる甘やかし対象の、取り合いが発生するまで含めてがセットで。
ここ最近の、日常である。
家族かな?




