凸凹三名夜更かし中
なんだかんだ、どこかしらのダンジョンにでも突撃するものと思っていた。
広く言われているリィナの『単独戦闘能力ゼロ』は、正しくは『単独攻撃能力ゼロ』であり、加えて言えば意外と本人は好戦的……──
というより、いろんな意味でアグレッシブ。
追い込まれたりすると割と簡単に焦りもビビりもするが、それは『東の双翼』という己が立場と力に自負を持っているがゆえの反動みたいなもの。
基本的に戦いで尻込みするタイプではない。ミィナ共々、実に東勢。
ので、言っちゃなんだが勝手に引っ付いてきた流れも加味して気を遣う必要ナシ。バトルツアーになっていたとて、普通に三人目としてノッてきたはずだ。
んで、幾度も話したことがあるってんならトラ吉も知れたことだろう。ならばバトルジャンキー虎星幸、己が欲望に忠実に戦場へ虎まっしぐら……と、
そんな流れになるものと、思っていたものだから。
「────………………なんだコイツ。実はモテ狙ってんのか……?」
「なにがやねんケンカ売っとんのか」
「天然虎山大将イメージはキャラ作りの可能性大?」
「よしわかったケンカ売っとんねやな。いてこますぞアホたれ兄妹が」
目的地も決めないまま、星空の海を竜の背に乗り延々どんぶらこ。
別に俺含め各人それでもいい的な雰囲気ではあったのだが、ふと「せや、えぇとこ知っとるで」と思い付きの手を挙げたトラ吉に案内され辿り着いた場所。
即ち、えぇとこにて。
「いや、だって……なぁ?」
「ん……────これ以上は早々ない、見事なデートスポット」
夜空も斯くや。いや、輝きの近さは本物以上。
数多の輝きを乱反射させながら飛び交う〝星〟の渦。その只中へ放り込まれたような空間で、俺たちは呆れ半分の感嘆半分で虎を弄っていた。
何処に居るのか。簡単に言えば、花の中だ。
「驚いてるってことは、リィナも知らなかったアレってことだよなー……」
「こんなの知らなかった。……別に、フィールド関係は詳しいわけじゃないけど」
相も変わらず、膝の上。胡坐の内を収まり良く占拠したミニサイズに、しかし俺も今ばかりは半眼ジト目も憮然真顔も向けている場合ではなく。
幾重にも折り重なった、巨大な水晶……なのか、鉱石なのか、なんなのか。
それは、鏡のように風景を写し取る不思議物質。最も近いイメージで言えば蓮の花、的な。とにかくそんな形をした天然の観覧場。
四方八方、三百六十度。映し出されているのは、夜空の星。
アルカディア世界特有の絶えず動き回る星々が。それぞれの反射光が干渉し合っての副産物か、優美なコントレイルまで描き足されて……。
「「………………」」
ちょっとこれは、スゲェとか綺麗とか以外の感想が浮かんでこない。
二人して物の見事に語彙喪失である。
「っは、ようやく黙りよったか。素直に感動しときゃええねん」
コイツ……背中合わせで俺の背凭れになっているドヤ顔タイガーに黙らされたと思うと、ちょっと無条件で腹立たしくはあるのだが。
なんて、我ながら理不尽な生意気を読み取ったわけではないだろう。
「ま、知らんでも無理ない。北陣営は基本、こういうの言わへんからな」
ただ単に、旅の果てで気分がいい。
そんな感情を思わせる、どこか清々しい声音でもって友人は笑う。
「こういうの?」
だから俺も、ひとまずは悪ガキを引っ込めて素直に聞いてみれば。
「戦利品にもならん。経験値にもならん。ステータスにもスキルにも称号にもならん。そういう……────心置きなく独り占めにできる、冒険の宝や」
そんな、随分とカッコイイ語りが返ってきてしまったものだから。
「……リィナ」
「……うん?」
「今のコイツのキメ顔、バッチリ『記憶』した。本人に上映してやろうぜ」
「任せて」
「ド突き回すぞボケたれ兄妹」
そんなもの、友人として茶化すのが礼儀ってなもんだろう。
斯くして、数分。
「なーんか、さっきの。ゆらも似たようなこと言ってた気がすんなぁ……?」
あるいは、十数分。数十分。時折どうでもいいような戯れの言葉を交わしながら、飽きもせず星の海に溺れ続けるまま。
くぁ……────と、紅一点(青)が可愛らしい欠伸をしたタイミング。
「情報を独占するつもりはないけど、隠してるのは先輩旅人の流儀どうたらっていう……ん? いや、アイツのは違うか。得るもん在るし」
以前、まだ今ほど親しくなかった頃。俺の『記憶』に一言一句が刻まれている。
────別に端から独占するつもりもねぇ。いろいろ面倒だってのと、先輩旅人の流儀に倣って黙ってただけだ……とかなんとか。
ゆらちょろが全開で格好付けながら言っていた。
「あー、ゆらか」
然らば、それだけでなんとなく伝わる程度にはトラ吉も事情に通じている模様。わかったような反応を示したトラッキーは……天を仰いだのだろう。
ゴツっと俺の後頭部を自分の後頭部で打ちながら、
「────あんアホ、ルクスの弟子やからな。間違ってへんと思うで」
「Why?」
素っ頓狂なことを言い出すもんで、つい俺も外国人になってしまった。
「……知らなかった?」
「え、知らなかったですけれども???」
「古参の序列持ちしか知らんやろ。アイツからは話さんやろし」
「それはそう」
とかなんとか、どうやらリィナ……どころか、古参序列持ちの中では周知の事実であるらしく。この場で唐突に俺だけが取り残された状況。
ぽかーんと呆けていれば……膝の上。虎太郎に続いて今度は前から、後頭部で俺の胸をド突いた古参序列持ち(自称妹)がジッと見上げてくる。
「なんすか」
「言われなくても、気付いてると思ってた」
「なんですか」
「お兄さん、見てるでしょ」
「なにをすか」
見上げて、なにを言うかと思えば。
「────無詠唱。ルクスさんも、ゆらゆらさんも、達人」
確かに、気付いていても良かったであろう共通点を示してくれた。
「………………」
「それだけじゃなくて、魔法の使い方。戦い方。ゆらさんは、かなり武闘派寄りでアレンジが加わってるけど……お兄さんなら、正確に比べて気付けるでしょ?」
然して、仰る通り。
今やって、遅ればせながら完全に気が付いた。
「魔法拳士。根本の立ち回りが二人ともソックリ」
「マジじゃん……」
ルクスの戦い方も、ゆらの戦い方も、俺は見て『記憶』して知っている。なればこそ、仮想脳にて完璧な再演を同時上映することで理解が及ぶ。
「え、マジか。ルクスが、ゆらの、お師匠様……?」
「そういうこと、だね」
「せやで。────魂依器だの語手武装だの、他にも序列持ちとしての力だのな。意外でもあらへんけど、そういうのナシって『序列持ち』おらへんやろ」
んで、おそらく追加解説まで付けてくれるというのだろう。ご親切な虎もといタイガー☆ラッキー大先輩の切り出しに頷いて見せれば……。
どことなく、奴は機嫌良く。
「ウチの一位くらいやってん。補助ナシ魔法一本でガチ強いヤツって」
「一応、今はレコードさんがいるけど、ね。〝杖〟ナシでも凄い、よ」
「まあな。せやけど、レコはアイツ入った時おらんかったし────」
間違いなく、若干、自慢気な風味で。
「過去でも今でも、魔法一本で単独最強はルクスやろ」
己が陣営トップの名で、胸を張る。
なんだコイツ。知らんかったぞ。まさかのルクス大好きトラッキーか?
「…………まあ、単独なら、そう」
ともあれ、トラ吉の言に『ペア最強』は異論ないらしく。リィナは単独ならばと地味に強調しつつも頷いた。はい負けず嫌いイスティアン。
「んでまあ……ゆら、な。アイツ序列持ちに選ばれた当初はバリバリの近接アタッカーやってんけど、それは流石に知っとるな?」
「まあ、はい」
そちらも置いといて、解説続行。
虎先達の言ったことに関しては知識がある。かの【剣聖】に黒星を付けた【銀幕】に興味を持った際、ゆらに関することは少しだけ情報を仕入れたから。
【銀幕】ゆらゆらが序列持ちに台頭したのは、全くの無名から突如のこと。ただ気ままに一人旅を続けていた『はぐれ者』の名が、前触れなく世に轟いたのだ。
その当時、ゆらが一体どんなバトルスタイルだったのかは……まあ、アレだ。トラデュオで俺とバッチバチに殴り合ったクライマックス、大体あんな感じ。
あれから魔法を抜いた感じが、かつての【銀幕】だったらしい。
「んでまー……あれや。詳細は省くが、突然のことでアイツ自身だけやなく周りも混乱困惑が走ってな。別に侮りみたいなモンでもなかったんやけども……」
で、ほんのり言い淀んでからの。
「ぶっ壊れ魂依器のおかげみたいな、ニュアンスがな? まあ……」
「あー……」
はい、納得。
「仕方ないこと」
リィナの言う通り、仕方ないことだ。そりゃもう、序列持ちならば誰しもが目にして耳にしてきた十人十色しかし意味合いは共通の仕方ないこと。
【曲芸師】だって散々アレコレ言われていたし、世間をフォローしたトラ吉の言も納得できる。話題になるってのはそういうことだ、本当に仕方ない。
けれど、それで深く納得した。
俺の知っている【銀幕】ならば、そりゃそうなる。
「ブチ切れたんだな……」
「せやな。ブチ切れてたわ」
「文句も反論も言わずに、静かにブチ切れてた」
そんで、まあ、そういうことなのだろう。
「それで、基本一切『特殊なモノ』に頼らない、全てのプレイヤー共通ほぼ完全な技術の多寡で語られる〝魔法〟を極めて、黙らせようと……──いや、違うな」
俺の知っている、我が『友』であれば。
「自分で勝手に納得して、自分の中だけで勝手にドヤ顔かますために、か……んで、そのために単独最強魔法士だったルクスに弟子入りまでしたと……アホだな」
「せやで。アホやろ」
「もう病気の域」
と、俺も含めて言いたい放題だが……なんというか、うん。お前が言うなだけど、そう処置無しみたいな顔してやんなよ。いくら筋金入りだからって。
またちょっとアイツのこと好きになったぞ俺。ひねくれもの同士としてさ。
「────せやから陣営は違えど、師の流儀をアイツなりに重んじとるんちゃうか。そこに性格ひん曲がりも合わさって、自分が見たもんは黙っとんのやろ」
「ネタバレ防止の感動保護に『ザマァミロ』のミックスぅ……?」
でもって、誰かに何かしらの感謝を示す際には『お礼』としてデレる手段と化す、と。ヤバいなアイツ、拗らせ過ぎてて可愛い(笑)まであるぞ────
「んで……まあ、なんや。えらい脱線したけども」
と、ゆらゆら伝説に一区切り付いたところでトラ吉が話を戻す。
「つまるところが【旅人】の流儀や。冒険は自分だけのもの。初めての感動は誰にも奪われるべきじゃない────なんて、そう本人が大層に語ったわけやないが」
なんの話にか。
今や北陣営全体のモノとなっている、信念についての話にだ。
「ノルタリアは、誰しも自然と一番星の輝きに倣っとる。そゆことやな。せやから……────まだまだ仮想世界中、ぎょうさんあるで。こんなもんは」
「ほー……ん…………」
割と、悪くない。いい話だと思う。
あのルクスに皆が倣っているという字面だけなら不安と諦観しか湧かないような点も、エピソードの意外性として実に良いアクセントになっている。
然らば、どうする? ────決まっている。
「つまり……アレか。イスティアが信念を以って四柱を蹂躙するのと」
「っはぁん? 一緒にすんなやアホたれ戦闘狂どもが! 北のは美学や!」
「イスティア以外で一番『お前が言うな』が相応しい人に言われた、ね」
「それな。あと東のも美学だろ舐めんな」
「うっさいわ! あとなんでやねん少なくともユニのが上やろ!」
「そんなことよりトラッキー。コレ結局なんなの? なんで何の変哲もない草原に突如として巨大鏡面の謎物体が生えてるわけ? 怖くない?」
「知らんわボケハゲ誰がトラッキーや‼︎」
「……ぁ、ふ…………流石に、眠くなってきた」
「確かに。目ぇ瞑ったら秒で寝れる」
「自由か! いや、もうえぇ時間やわ帰るぞ寝とけッ!」
「「えぇー」」
「こんッ……なん、」
笑う。おちょくる。騒いで、賑やかす。友人三人の夜更かし行なんて────
「 ず っ と な ん や ね ん コ イ ツ ら ! ! ! 」
そんくらい適当が、ちょうどいいだろって。
ボケ寄りのツッコミとかいう一番ツッコミ入れさせるのが楽しいタイプ。
それはそうとして主人公コイツ虎タイガーを誘った当初の目的完全に忘却の彼方君ですよ。鍵樹扉攻略選抜の話を振れよシーン終わったんだが???




