藍玉の御守
衆目の視線を浴びながら屋根上を駆け抜ける事、はや数十秒。
元々大して距離も無かった目的地はすぐにその姿を現し、俺はこの喧騒の最中でほぼ無人という妙な空地へと着地する。
広さはそこそこ。直径百メートルはありそうな真円の広場で、中央に謎のエフェクトが―――え、なにアレ?なんか空間に亀裂入ってるんですけど、こわっ。
しかしまあ、この場に来て何となくの事情は理解できた。
地下に城ってどういうこっちゃと思っていたが、広場の外周部に達した途端に次々と転移の光に包まれて消えていくプレイヤー達―――そしてこの場に足を踏み入れた瞬間から視界にポップアップした、一枚のウィンドウがその答えを示している。
―――東陣営四柱戦時拠点【異層の地底城-ルヴァレスト-】へ転移しますか?
地底城って言っちゃってるもんね。実際どういうもんなのかは知る由もないが、システムが明言している以上はその通りなのだろう。
「なるほどね……実にファンタジーで大変結構」
「……ええと、満足そうにしていないでニアさんのフォローをですね」
と、一歩遅れて追い付いてきたソラが俺とは違うスマートな着地を披露しつつ、俺の腕の中で伸びている藍色娘を気に掛ける。
いや忘れてたわけじゃないんだよ。すぐに降ろしたら目を回したままぶっ倒れる予感しかしなかったもんで……
「あー……ニア、さん?調子は如何かな?」
「如何だと思うぅ……?」
そうだな……流石の【Arcadia】もそこまでのギャグ描写は対応していないようだが、そりゃもうデカデカとしたムカつきマークが幻視て取れるな……。
「か、借り一つという事で……」
「ふーん……ニアちゃんにそんなこと言っちゃって良いのかな。あたし忘れないからね」
これ一つどころか、既に二つも三つもニアに対する借りはあるわけで……俺に出来る事ならば、喜んで返していきたい所存だ。
我ながら殊勝な態度が伝わったのか、此方を見上げてくるニアのジト目はやや攻撃力低め。どうやら本気で怒っている様子ではないようで一安心―――
「ハル、いつまでそうしてるんです?」
したのも束の間、思いがけず別方向から飛んできたジト目の攻撃力が高い。
パートナーを差し置いて別の女性を―――なんて、ありもしない嫉妬の可能性など考えるべくもない。単純に「いつまでも気安く女性に触れているものではありませんよ」ってニュアンスは、しっかりと読み取っていますとも。
「これは失礼。ニア、降ろして大丈夫か?」
「えぇ~?折角だしもうちょ―――っとぉ!?」
コイツも職人ビルドとはいえLv.100のカンストプレイヤーである事には違いない。いつもの調子を取り戻したと判断した瞬間にリリースしてやったのだが、咄嗟に着地をキメる身のこなしは中々のものだった。
「そ、そういうとこ!そういうとこは良くないと思いますぅ!!」
「俺もお前のそういうとこは良くないと思うよ」
思春期青少年を気安くからかうもんじゃない。こちとら消しゴム拾ってくれただけで好意を抱くような単細胞生物なんだぞ、知らんけど。
「本当に仲良しさんですね」
ほら見ろ、ソラさんに笑われてしまったじゃないか。
微笑ましげに俺とニアを見てクスクス笑うソラから視線を逸らしがてら、広場中央の謎エフェクトへ目を向ける。
何だろうな……透明な硝子の破片が集まって宙に浮いているような、上手く形容できないが攻撃力の高そうな空間亀裂である。
「全くもう……―――さて、と。それじゃあニアちゃんのお見送りはここまでだね」
「あぁ、そっか」
声に振り返れば、両手を腰に当てたニアが「ご案内終了」とばかりに澄まし顔でこちらを見ていた。
「これ、このまま転移を受諾すれば良いのか?」
「だねぇ。あと選抜戦中は追加で選択画面が出るはずだから、流れに従えばそれで会場……この時間ならまだ控室かな?に、飛ばされるはずだよ」
成程ね。
加えて、その過程で出場登録からブロックの組み分けまでが自動的に行われるらしい。メチャクチャ機能的というか、そりゃエントリーに時間は取られないって言うはずだ。
「あの、応援……観戦の場合は、どうすれば良いんでしょう?何もしなくてもハルの会場へ行ける訳ではありませんよね?」
「難しい事は無いから、心配いらないよ。フレンド登録してあれば、その情報から指定会場に飛べるようにシステムが案内してくれるからね」
と、ソラの方も問題無さそうだな。しからば―――
「それじゃ、行ってくるよ。重ね重ねだけど、本当に―――」
「はい、すとぉーっぷ」
別れ際に改めて……と思い開いた口が、突き付けられた人差し指によって封じられる。何事かと見つめれば、ニアは何やらソワソワした様子で視線を返してきた。
「お礼は勿論いただきますけれどもぉ……その前に、さ。ソレ、まだ完成じゃないから仕上げさせてね」
「うん?」
ソレと指し示すは、彼女自身が仕立てた【蒼天の揃え】だ。未だに身を包んでいるだけで気分が高揚してくる素晴らしい出来なのだが……完成じゃないとは、はて。
首を傾げる俺を他所に、ニアが小さな何かをインベントリから取り出した。
朝日を反射して輝くそれは―――
「宝石……?」
「ん、仕上げのワンポイントってね」
ずいと距離を詰めたニアが俺の胸元、左側の鎖骨下辺りに手を伸ばす。その意図を察せないはずも無く、俺はじっとして藍色の職人に身を委ねた。
パチリ、と。そうと見れば確かに用意されていた台座に収まった玉石が、すぐ傍で揺れている髪によく似た深い青の輝きを放つ。
「どうぞ、確認して?」
「あ、あぁ」
見上げてくるニアの距離感に戸惑いながら、新たに贈られた装飾を指先で叩く―――
【藍玉の御守】装飾品:装身具
この出会いに歓迎を。この縁に感謝を。この訪れに、祝福を。
ただあなたの道ゆきが、数えきれない高鳴りに満ちたものでありますように。
「ぁ……ふ、フレーバーはさ、気にしないでよねっ!そこはあれだよ、システムが勝手に意味深な事を書いちゃうだけだから……!」
自分から接近しておいて、頬の赤味を隠せずにいるニアが取り繕うように言う。
全くこの藍色娘は、何に対しての言い訳なのか知らないが―――
「ニア」
「な、なんでしょう……」
システムが勝手に誂えたものだろうが、それはそれ。贈り物に込められた思いを読み取るのに、フレーバーテキストなんて関係無いだろう。
まだまだ短い付き合いだが、こうまでされては気に入られているという事実を認める他ない。相変わらず、何が彼女の琴線に触れたかなど分からないままではあるが……
「―――ありがとう。頑張ってくるよ」
好意的な思いには、素直に応えるのが俺の信条。
普段のノリを引っ込めて笑顔を見せれば、ニアは照れ臭そうに顔を俯けて、
「はい、あの……頑張って、ね」
呟くようにして、応援の言葉を授けてくれた。
システムちゃん迫真のフレーバーテキスト。