心を攫われた、あの日より
────元々、努力することは得意だった。
苦を感じないなんて異常なメンタルを持ち合わせているわけではないが、なんだろう。苦を上回るモチベーションを燃やすのが得意だった、ということだろうか。
思えば、師に出会う前から、ずっと俺はそうだった。
やればできることはやればできるので、やれると信じて励みましょう────なんて、そんな明確な言葉として座右の銘に認定する以前から。
やると決めたら、やり通す。
ただ我武者羅に、走り続けて辿り着く。
三年間、青春を捧げてバイト戦役を戦い抜いた、だとか。それと学業を並行させて、学年一位だの難関校合格だのと、やり過ぎな結果へ至っただとか。
今に至っては、必然だよな、と。
誰が言ったか、きちんと自己評価をして。自惚れではなく、今こそ俺は堂々と、高らかに……己が紛れもない『特別』であることを誇らしく宣おう。
俺は────努力を結実させる、天才であると。
「ついて来いよ、アーシェッ‼︎」
「……────ッ!」
普通のフリして、誰より普通ではない俺だからこそ、君たちに出逢えたのだと。
開戦より一分、戦況は五分。従える双腕双刃に併せて我が身で振り翳す【早緑月】の翠刃、三方からの包囲で以って漸くのコレ。心の底から堪らない。
右腕白金の剣が奔る。霞むような体捌きを以ってギリギリで躱された。
左腕灰鱗の剣が迸る。『剣』を合わせた反動に乗り、弾かれた身が忽然と消失。
そして、
「「ッ……────‼︎」
瞬間交錯。互いの思考を読み切った果てで、銀閃と翠閃が交わり響轟。空間を劈く衝撃と音の最中、互いに一歩も引かない無数度目の競り合い────
そう、競り合い。つまるところ、
俺はもう、かの【剣ノ女王】と真正面から打ち合えている。
「っ……!」
「笑ってんなよ余裕かっつ────のァラッ‼︎」
双碗追撃。アバター出力全開にて【早緑月】の刃を押し込み『剣』を僅かに揺るがすと共に、巨剣を短剣の如く軽々と振り回す質量の暴力を叩き落とす。
即ち、上から下への拳骨二連。当然の如く手応えナシ。
ハイ知ってた知ってたぁッと!!!
転回即応。背後へ生じた剣気に対するアンサー、つまり追撃に重ねた後手の先は装填済みだぜ結式一刀、三の太刀────‼︎
「ん、ぐ……ッ!?」
《阻霧》────迫る悉く一切を無数の《飛水》によって叩き落とす結式唯一の守護剣。そんなものに技の出掛かりを滅多打ちにされたとあらば、さしもの『最強』とて剣筋を僅かとてブレさせるのは当然のこと。
というか、当然のことであってくれという願いが無事に届いたってなわけで、
「〝繊奏五行〟」
「ッ……」
攻め手は、止めない。
刀の握りを右から左へスイッチ、五指より放つは影の糸。些細とて確実に精彩を欠いたまま奔り抜けた『剣』を首を傾げて躱すと同時、糸を繰り成すは────
「《二纏ノ塔》ッ!」
左右に置いた《王威の纏鎧》の双腕を塔代わりにした、相棒との連携技の即席ソロ再現。大質量の楔を基点として成立する、雁字搦め影糸の縛鎖。
ただ【九重ノ影纏手】の糸を直接的に縛り付けたとて、単純出力では俺の遥か上を行くアーシェの動きを封じるなんてことは不可能。だがしかし────!
「こ、の……!」
【神楔の王剣】との力比べ、流石に一瞬程度は止まるだろってなぁッ‼︎
「四凮一刀────」
「ッ」
「《颯》」
容赦なき一閃、駆け抜けて────……零すは、当然。
「おい、なんだソレ知らねぇ」
「……私にだって、隠し技の一つや二つや三つくらいある」
「あり過ぎだろ二つくらいにしといてくれよ」
信頼の笑み。
音速を容易く超える最速の剣が喉元に届く瞬間。捕らえていた身体が光り瞬き、刃も影糸も擦り抜けて逃げ果せるのは目が捉えたが……。
言った通り、知らねぇ。なんだアレ《フラッシュ・トラベラー》の親戚かぁ?
とかなんとか、警戒している俺を他所に。
「……《リーサルプロアクタ》。雷属性の保険魔法」
「お?」
「事前に発動しておけば任意タイミングの一瞬だけ、自分の当たり判定を消せる。代償は起動待機時の継続的なMP減少と、起動時の追加消費……」
「おぉ……」
「それから、発動後十秒の強制行動不能」
「おぉ…………あれ? つまり」
「ん。今、終わった」
見事に俺を興味で釣り掌で転がした『お姫様』が楽しげに微笑み、硬直が解けたのであろう身体を揺らす。そりゃもう、機嫌良さげに。
超可愛いかよ────じゃなくてぇッ!
「追撃仕掛けりゃ勝ってた……!!!」
「そうね、残念。今度は……」
後悔と再警戒を同時展開。グッと体勢を落としたアーシェが、
「今度こそ、私の番」
『剣』を閃かせ、風となる。────そう、文字通り、
「《疾風波濤》ッ……‼︎」
剣閃一迅、嵐を成して。
「ッッッッッぶねぇ……!?」
退避は成功。咄嗟の《天歩》が紙一重で間に合い、身を置いていたならば瞬きの間に細切れにされていたであろう暴風域からは逃れられた。
だがしかし、即死だけは避けられたといえど────
「ッ……!」
あの嵐、完全追尾で俺に突っ込んで来るんだよなぁ……っと。
「ッ────契鎧‼︎」
左腕解体、臨時完全着装。灰鱗の巨剣を手放し燐光となった『王道を拓く白金の双腕』の片割れが、俺のアバターを覆うまでゼロコンマ一秒。
「っ…………ふふ、似合って、ない……!」
「見慣れてねぇだけだろ、超カッコイイ、だろうがッ……!」
重ね重ねの紙一重。生身で受ければスッパスパだったであろう『暴風の鎧』に対する『白金の鎧』が間に合い、再び剣を交えながらの戯れ一合。
間に合った────が、被害を受けていることに変わりはない。
「や、べ……ッ!?」
鎧の上からの、多重被弾。完全着装時の『被撃転換』が働いているとはいえ限度があるってか相手が相手。衝撃が殺し切れない、動けな
「《無境剣────」
い。
「────天剣》ッ‼︎」
閃光、轟響。
接触状態からの振らぬ剣閃。直前の一撃を参照しての瞬間的な繰り返し。回避不能な状態から放たれた『当たれば必殺』が金光を散らして迸り────
「…………ふふ」
今度、笑ったのはアーシェの方。
「それ、ほんとにズルい」
「お前が言うな。さっき似たようなことやったろ」
それはそのもの《フラッシュ・トラベラー》。直前までの状況を一切無視して任意座標へ身体を置くスキルにて、窮地を脱した俺へ向けての文句を一つ。
「「………………」」
そうして、風の奥から、鎧の奥から、俺たちは何度目か、
「……ふふ」
「っはは」
ただただ純粋に、笑い合う────まるで、終わりなどないかのように。
そんなもの、互いに求めていないと、わかっているから。
「────『赤円は現世に遺り』」
「────《ひとりのための勇者》」
今は、ただ互いだけを瞳に映していればいいのだと。
俺たちは俺たちを、理解しているから。
後ろは一体どうなってんのかって?
描かなくても分かるでしょ阿鼻叫喚だよ楽しそうだね。




