邂逅の先で
「っ……!」
咄嗟に振り返っての状況確認。飛散する勢いのまま絨毯爆撃のように仲間たちへ降り注いだ剣閃の雨は────幸い、メイの〝城〟が一つ残らず防いだ模様。
けれども、安堵と同時に戦慄。
ちょっとやそっと……どころではなく。並大抵の強者程度では傷一つ付けられないはずの最硬部位、即ち〝城壁〟に深々と刻まれた破壊痕が克明に告げている。
自分の『剣』が真っ向から威力を以って突破されたのは、事実であると。
「よう、アーシェ」
然して、そんな事実を齎した張本人。
「来たぞ。────五日遅れのサプライズプレゼントだ」
音もなく地に足を付けた【曲芸師】が、先の光景を当然のモノとするような気の抜けた笑みを浮かべて言う。その表情に、去来する感情は二つ。
……いや、三つ。
愛おしさと、
喜びと、
「……プレゼント、用意してないって言ったくせに」
「だぁから、サプライズだっての」
紛れもない、恐ろしさ。
「………………驚い、た。噂程度に、聞いてはいたけれど……」
この一ヶ月、アイリスは仮想世界でハルに会っていない。だからこその驚愕、だからこその動揺。目の前に居る想い人の情報が合わない。
だって、おかしい。
いくら彼でも、最速無比の【曲芸師】といえども────
「本当に、ハル……?」
「っは、ご覧の通りだが?」
たったの一ヶ月で、こんなにも。
これほどまでにも〝圧〟を増していようなんて、アイリスをして想定の上。
「………………」
────いやぁ、流石にアイリスもビビると思うよ。
ユニが言っていた。
────アイツやっぱ頭おかしいって。もう絶対に人間じゃないムカつく。
ナツメが言っていた。
────……アイリス。一応の、忠告と思ってください。
ヘレナが、言っていた。
────【曲芸師】が今、なにやら『ヤバい』らしいです。
「……なんだ、どした、そんなオバケでも見るような目で。珍しい顔だな?」
それを……それらの『噂』全部を踏まえても、なお自分の予測を、想定を、期待を、突き抜けて上回ってしまった、あなたに聞きたい。
「…………なにが、あったの?」
然らば、
「……────っは」
ハルは、笑った。心の底から愉快そうに、子供のように笑って、
「愚問だろ? アーシェ」
何故か────いや、一瞬後に理由がわかった。
刀を右手に提げたまま、空いた左手でフードを下ろして……アイリス以外には見えなくなった表情と瞳の熱を、想いを以って隠さず伝えるまま。
言う。
「お前が、仮想世界『最強』なんだから」
その隣へ立つために、
「俺も、目指さないとだろ。『最強』とやらを」
相応しく、あるために。
「────人生賭けて、死に物狂いで」
「っ……」
そのために、強くなるのだと。
これまで『強さ』を楽しむための手段としかしていなかった、あの【曲芸師】が。これからは目的として『強さ』をも追い求めていくのだと。
……誰のために?
「おいこらアーシェ」
「ん……」
「全国ネットで泣くのはNGな────笑えよ、お姫様」
「ん……!」
私の、ためだ。
……感情を抑え込む。無理でも、抑え込む。
後で、いい。胸に溢れた想いを伝えるのは、もう我慢ならないと乱暴に叩き付けるのは、後で────二人きりに、なってからで、いいから。
「……、…………ハル」
「おう」
「なにしに来たの」
今は、敵として。
いつか、待ち続けていた人として。
「あぁ、ちょっと────南のトップを落としに」
「やれるものなら、やってみて」
贈り物を、受け取ろう。この『剣』で。
この【剣ノ女王】で。
「オーケー、上等だ────行くぞアーシェ」
「……ん」
あなたがくれる、あなたの全てを。
「 顕 現 解 放 」
待ったナシ、笑みと同時いきなりの全開。
話には聞いていた『真説』の解放。轟と吹き荒れる魔力の風によってフードが流れ、晒された黒髪が髪飾りと共に揺らぐ。そして、
「覆せ────《王威の纏鎧》」
顕現するは、巨大な白金の双腕。かの東陣営シークレットボス【神楔の王剣】の一部そのものと言えるであろう、騎士鎧の手甲。
然して、その上部へと次いで現れた騎士兜の双眼に光が灯ると同時。
「〝想起〟────【エルヴァド】、来い────【廻り回輝する楔の霊剣】」
虚空より現れ落ち、地響きと轟音を打ち鳴らした二振りの巨剣を、左右の腕それぞれが……まるで短剣のように、軽々と逆手に握り浮かべた。
どちらも、ほぼ見知らぬ武装。放つ情報圧は言うまでもなく最高位のソレに属し、スケール的な見た目の威だけでなく秘める能力にも警戒が必要だろう。
────と、
「あぁ、そうだ」
「……?」
完全に『ただのプレイヤー』を逸した様相を呈すハルが、緊張の高まりに水を差すような気軽で惚けた声音を放つ。然して、アイリスが首を傾げた瞬間。
「邪魔は入らないから、その点も安心してくれ」
彼が言い、彼が片手を振り上げた瞬間のこと。
「────いつまで話をしているつもりかと思ったぞ」
「────ふふ……こんばんは、アーちゃん」
鉄砲玉に引き続き、刹那の登場。……おそらくは、ハルが運んだ後に迷宮区入口の陰で待機していたのだろう。それぞれの歩法によって推参といった流れ。
わざわざ登場をずらした理由は、問うまい。
改めて訊ねたところで、愛おしさが積もるだけのことだから。
「さて、一応の確認ですけれども……」
斯くして、
「要らん────行きましょう、先生」
「────えぇ、参りましょうか」
ハルが口にする言葉の途上、それぞれ素っ気ない言葉と柔らかな微笑みを返した【無双】と【剣聖】がアイリスの横を駆け抜ける。
疾く……──けれども、片方から投げられた意外と様になっているウィンクを受け取れる程度には、反応も対応も容易に利く程度の速さで。
ならば何故、動けなかったのか。答えは一つ。
「……んじゃ────東陣営序列第四位【曲芸師】」
「ん……────南陣営序列第一位【剣ノ女王】」
言うまでも、ない。
「あの日の、続きだ」
「あの日の、続きね」
互いから、目を離すことなどできなかったから。
そして始まる逢瀬と地獄絵図の隣同士。




