結実の兆し
──────……
────……
──……
そして、無限にも思える時間が疾風の如く過ぎ去るなんて、いつものこと。
四日目……──つまるところ、星空イベント最終日の夕方。
◇アーツを修得しました◇
三泊四日の修行漬けは、無事に成果を成して幕を下ろした。
「ふぃ……」
息をつき、納刀。
もう完全に手足の延長となっている【早緑月】の刀身が僅かすら無駄な擦りを起こすこともなく、納まるべきところへ納まっての澄んだ鞘鳴りが心地良い。
そんでもって、
「……、…………────っばぁ……ッ!!!」
心地良い、どころではない疲労感。
自然と崩れた膝をフォローする間もなく草原に倒伏。頬を撫でる風の冷たさに気付いてようやく、自らが仮想の汗に塗れていることへ気付くことができた。
集中、できていた証拠だろう。────と、
「ハル……?」
「大丈夫。クッッッッッタクタなだけ……」
仰向けに転がった視線の先、遥か彼方へ大地を浮かべる空を遮って美少女見参。そっちもそっちでカナタと特訓に明け暮れていたはずだが、我がパートナーの可愛い顔には俺と違い汗粒一つ見当たらない。
ほんのり心配の声に問題ナシを返して視線を横へ、そして半笑い。ソラの代わりにぶっ倒れ臨終している少年の姿に、仲間意識と共に黙祷を捧げた。
絶対的なスタミナ量で間違いなく現カナタはソラの上を行っているが、修行内容が修行内容。そりゃ各々の疲労比率は比べ物にならないだろうて。
重ねて自分の修行に没頭していたゆえ、そっちの詳しい成果については現状把握できていないが……まあ、ゆうて確かめるまでもないのだろう。
真面目二人で片方ぶっ倒れるまで修練を回したとあらば成果がないはずないということで。まずは直近の四柱選抜にて、楽しみにさせていただこう。
……あ、なんかルクスが構い始めた。ご愁傷さ────頑張れ後輩二号。遠くで目が合ったニアにアイコンタクトでブレーキ役の要請は掛けとくから。
で、ソラに次ぐ足音が一つ。
「────ハル君」
至近まで迫り、この場において誰よりも小柄で、誰よりも大きな姿が傍らに。
然らば、
「……稽古付け、ありがとうございました。お師匠様」
「力になれたのであれば、冥利に尽きます」
おそらくはソラの手前、我慢してくれている。
いつものように弟子の額へ手を伸ばすでもなく、頭を撫でるでもなく、気にせず地に転がる弟子の頭を膝へ抱えようとするでもなく。
我が師は、ただただ優しい微笑みを頑張った弟子へと降らせていた。
◇◆◇◆◇
────笑みが引き攣ってはいないだろうか。考えるのは、そればかり。
喜びは大きい、当然だ。
感心も称賛も止め処ない、当たり前だ。
ほんのりと避け得ず滲む寂寥その他も、また贈り物として受け止められる。
けれども、戦慄。
それだけは、決して『師』としては呑み込めない。その感情だけは決して、なにより可愛い『弟子』としての彼には向けること叶わない。
【剣聖】は、今ただ〝剣士〟として。
「もう……張り切り過ぎ、ですよ? なにも倒れるまで頑張らなくても」
「いやいや折角の機会、むしろ倒れるまで気張らにゃ勿体な」
「この後、どうするんですか?」
「………………最悪、身体は動かなくても動かせるぃてっ」
「無茶を無茶で帳消しにしようとするの、やめてくださいっ」
いろんな意味で、変わらない。
変わることのない、ほんの少しでも離れた位置より見る分には、いつもいつとて微笑ましく応援し甲斐があるだけの青年に……紛れもない畏怖を抱いていた。
「………………」
瞳の揺れを気取られぬよう、瞬きならず目蓋を下ろして静かに開ける。再び目が合った弟子へ、今度は師として完璧に微笑むことができた。
然して、昂ぶりは胸の奥へ。
言ってしまえば病気の類。どうしようもなく熱を上げる想いには、今暫くの余暇を命じて静かに無理矢理に眠らせる。
────わかっていたことでしょう、と。
わかり切っていたこと、訪れると確信していた未来でしょう、と。
その〝飛躍〟の到来に。覚悟を以って、心を備えていたでしょう、と。
キッカケなど知る由もなく。ただ、間違いなく何かがあったと知れる日より。
心晴れたとは、また違う。けれども確実に、どこか明確に雰囲気を変えた弟子が、その内において大きな変革を始めた兆しだけは感じ取っていた。
そして、満を持して此度の三日余り……────剣を交える中で、何度。
「わ、わかったわかった……! ごめん、ごめんなさい! これからは気を付けるから許してヤメテ抓らないで俺が悪かったから……!!!」
「……『これからは気を付ける』って、何回、自分で、言ったのか。ハルなら覚えてますよね? 一つ残らず、全部、記憶してますよね?」
「その顔ヤメテこわい……!」
何度この弟子に、自分は『恐れ』を感じさせられたのか。
────修行とはいえ真剣全霊。迫る刃に、仮想の死を想起させられたのか。
「………………、……」
『記憶』の才能。……わかっている。理解できている。
これは、才能の〝覚醒〟などではない。
これは、才能の〝結実〟なのだ。
「ん、ういさん?」
「はい、なんでしょう」
「いや……どうかしました?」
「どちらかと言えば、どうかしているのはハル君では……」
「本当ですよっ」
「えぇ……」
重ねて、恐ろしくも喜ばしい。
怖ろしくも、悦ばしい。
────いよいよ以って、二人目。早くも明確に自分の手を離れ始めたと、そう思わざるを得ない大切な〝子〟の成長を見守るまま。
「ふふ……冗談です。よく頑張りましたね」
「ぁ、はい。ども……────ぁっ違っ待、ちょ……!?」
「…………………………」
「真顔ジト目こわいッ……!!!」
祝い半分。我慢を解いて手を伸ばし、優しく前髪を掻き上げて額を撫でる。もう半分は勿論のこと、可愛くない弟子に対する意地悪で……。
「ふふ」
「いや『ふふ』じゃなくてですね嗚呼、視線刺突が二方向……ッ‼︎」
次ぐ四柱。公での初共演が、どうなることやらと。
不安と期待、併せ持つ心を秘めて、師たる【剣聖】は上手に微笑んでいた。
そして時間も飛躍する。




