森の子猫
演奏中、なにを考えてるの? ────今も昔も、誰かに聞かれたことがある。
今も昔も答えは変わらない。いろいろと、沢山のことを、目まぐるしく精一杯。一瞬一瞬で何を考えているのかなんて、自分自身でもわからないくらい。
曲を追うとか、作曲者の想いを追うとか、そんな余裕なんて欠片もなく。いつもいつも、自らの指や心を奮い立たせ走らせることだけで必死だった。
才能が、無かったわけじゃない。
才能が、足りなかったのだ。
結論を出して、世界を移って、良かったと思う。
こっちの方が良いとサッパリ言えるようになるのが何年先になるかわからないけど、少なくとも今。もう既に『こっちの方が合っている』とは思えているから。
相も変わらず、この指は決して理想通りになど動いてはくれないけど。
「「──────────……見つけた」」
それ以外のモノだって沢山、この仮想世界は求めてくれるから。だからこそ、唯一だったソレも今や一つの要素でしかない自分を気に入っている。
ほら、この通り。
砂漠から一粒の砂を見つけ出すような真似だって、今の自分にはできてしま
「……ん? へっ?」
……うのだから、と。
一人で得意気な顔をして、椅子代わりにしていた倒木から腰を上げると同時。遅まきながら重なっていた声に気が付き、ナツメは素っ頓狂な声を上げた。
上げて、反射的に身を守るべく糸を手繰りながら、振り向いた刹那。
「「………………………………」」
パチリと視線がぶつかった水色の瞳を見て、数秒後に溜息を零した。
「……なにが、単体戦闘力皆無? マジで気付かなかったんだけど???」
然して、感知系統のプレイヤーとしては最上位に位置すると自負しているナツメの〝糸〟を掻い潜った小粒一名。リィナはこてんと惚けるように首を傾げ、
「先輩の貫禄?」
「そんなんで説明にされたら堪ったもんじゃないわよ……」
やはり惚けたようなことを宣う小さな先輩に、呆れ交じりの苦笑い一つ。……同時に思い浮かんだ追加の言葉を噛んで、殊更に微妙な顔をしつつ。
「なんか、早くも段々と似てきてない……?」
「……? ────ぁ。ふふー」
「どういう顔なのよソレは。喜んでんの? 褒めてはないんだけど」
思うままを口にしてみれば、少女は無気力顔のまま満更でもなさげに頬を緩めた。どんな微妙な表情とて可愛らしい様は、もう完璧すぎて嫉妬の対象外だ。
────とまあ、今は遊んでる場合ではなく。
「……見つけた? なに?」
拠点の外、深い森の中にて二日目の午後。初日から続けて気ままな単独行動をしていたナツメを見つけたリィナが問う。然らば〝糸〟を慎重に繰りつつ、
「探しモノ。……ついて来てもいいけど、邪魔しないでよ?」
「もう先輩の貫禄は見せ付けたはず」
「あぁ、はいはい、そうね……隠密行動でよろしくね……」
予定外の連れを伴って、暗い森を歩き始めた。
そして、歩き始めてから五歩。
「ナツメちゃんは」
「いや、お喋りはするんかい。いいけど……」
早速のこと緊張感の欠片もない声音を投げ掛けてきた先輩に、後輩は再びの苦笑いを滲ませながら仕方なく応える。そう、仕方なく。
別に、嫌々でも渋々でもなく、単に仕方ないなと────
「恋、したことある?」
「待って、なんの話???」
「恋の話……?」
応えてしまったことを、刹那の内に後悔した。
「えぇ、なにをいきなり……」
意図が読めずに振り向いて表情を窺ってみれば……リィナはナツメではなく、どこか遠くに目を向けていた。おそらく、景色を見ているわけでもないのだろう。
目も、心も。大した付き合いではないが、人が相手ならそれくらいわかる。
「私、一度もない」
「そ、そうなんだー……?」
だから、まあ何事かを考えているゆえの発言なのだろうと、それくらいも察せられる。察せられてしまうから、ナツメという人間は────
「あー……えー、っと…………──まあ、そうね。ウチもない、かなぁ……?」
誰かさんに負けず劣らずの『お人好し』な彼女は、やはり応えてしまうわけで。
「小さい頃の、初恋もナシ?」
「ないわね……あんま、男と関わることがなかったし」
「箱入り娘?」
「とまでは…………いかない、ってことにしといて」
「ん」
とてとて。あどけないようで、覚束ないようで、おそらくソレすらも纏った技なのだろう。男女の隔てなく愛嬌の暴力を叩き込み庇護欲をそそるどころか攫う様子で、視覚情報に反して苦もなく道無き森中を歩む少女。
アバター外見は完全に年下。現実でアイドルとして活動する彼女が公開しているプロフィールが事実であれば、実年齢でも少しだけ下。
だけれども、
「……皆、大変そう」
こういうところが、前から、ちょっとだけ苦手。
嫌いなわけでは、決してない。好ましくない人間というわけでも、決してない。
ただただ……ナツメより幼い顔で、ナツメには決して真似することのできない大人の顔をする彼女と彼女の片割れが、ほんのりとこわいだけ。
親を尊敬しつつも、心のどこかに本能的な畏怖を併せ持つ子供のように。
「……はぁ」
「……?」
「なんでもない」
今も昔も、変わってない。
どうすれば大人になれるんだろう、なんて正しく子供のようなことを思う自分の心は。────今は、別に変らなくてもいいだろうと思えているけれど。
「なんかあったの? あんたの〝お兄様〟」
首を振りつつ、言葉を繋ぐ。もう完全にアイドルの術中に嵌まり『お喋り』を止められなくなっているが、幸い向かう先の包囲は滞りなく成った。
最終的には出たとこ勝負だが、まあなんとかなるだろうと。
「………………た、ぶん……? 雰囲気が、変わった……ような…………?」
「へぇ。人間観察のプロが『多分』なんて、アイツも案外やるじゃないの」
ようやく見つけ出した探しモノの捕捉を維持しながら、ナツメは会話へ割くリソースを僅かばかり増量。別に、今の関係でも全くもって構わないが……。
「むぅ……どっちも生意気」
「ねぇ『どっちも』って。誰と誰のこと言ってる? え、セットにしないで?」
「人の兄と勝手にセットにならないで。片腹痛い」
「アイツのことになると途端に情緒メチャクチャになるのもヤメテくれる???」
いつもいつも、負けっ放しは流石に癪だからと。
捉えた〝獲物〟の元へと向かう道中、子猫は先輩へと果敢に挑み始めた。
なお負けた。




