被害者その二
―――例によって俺の知らぬ事であったが、四陣営の拠点にはそれぞれに『城』があるのだという。
東西南北の陣営によって建築様式……というか趣が異なるらしいが、住人無きその『城』が備えている役割は皆一様に同じもの。
ただ一つ『四柱戦争』に関する機能だけが集約されたその戦時拠点は、戦争時は勝敗に直結する心臓の役割を果たす他、大規模イベントに際して必要とされる様々な事柄をプレイヤーの手で管理するための巨大なシステムコンソールでもある。
各陣営に所属する全プレイヤーの名代として、数ある有力ギルドの代表を集めた『四柱運営委員会』なる組織が主だって管理しているらしいが……いや意味が分からんな?
なんで唯一とも言える公式イベントを、プレイヤー側に仕切らせてるの?
なんでそれで三年もの間、世間一般でも「何だかんだ上手く回ってる」と言われるような状況を作り出せるの?
開発運営側だけじゃなくプレイヤー側まで狂ってないか【Arcadia】……流石は世界を変えた唯一の仮想世界といったところか。もう色々と難しい事を考えるのが無駄に思えてくる。
「……とかなんとか、概要は教わったけどさ」
あれから「激励の言葉は伝え終えた」と酒場に残ったカグラさんと別れ、ニアに案内されるまま『城』とやらに向かう道すがら。
結局初心者エリアを突破するまでついぞ散策の機会を逸し続けたイスティアの街並みは、こうして落ち着いて歩いていると思った以上に広く感じる。
……感じるのだが、
「その『城』ってのはどこにあるんだ……?」
ビル街の如く背の高い建物が並ぶ正規フィールドの【セーフエリア】と異なり、純ファンタジー然としたイスティア街区の建築は基本的に背が低めだ。
拠点設定が出来たりとプレイヤーも利用可能な宿屋を始めとして、二階建て程度の建物はいくらかあるが―――はて、『城』などと言うような巨大な建築物が存在するのなら、流石の俺でも気付いていない筈が無いと思うのだが。
「あー、まあねぇイスティアはねぇ。知らなきゃ気付かないのも仕方ないと思うよー?」
疑問をそのまま伝えれば、ニアからはそんな反応が返される。珍しく俺に非が無いタイプの無知らしかった。
「まだまだ自分には関係無いと思って触れてませんでしたけど……イスティアのお城は、地下にあるそうですよ」
「地下に城がある???」
隣を歩くソラが教えてくれるが、残念ながら疑問は更に深まった。
地下建築に城も何もなくない?アホみたいにデカい地下室って事?
「私も実際に見たことは無いので……どういう事なんでしょうね?」
俺より偉い事は間違いないが、相変わらずソラの知識も広く浅くが基本らしい。結局一緒になって首を傾げていると、そんな俺達の手をニアが引っ掴む。
「あーもーそれこそ百聞は一見に何とやらって奴だよ!ほらほらもう受け付け始まってるんだから、い く よ っ!!」
「わ、わっ!?」
「子供かオマエは」
小さな手に引かれるまま、慌てるソラと並んで小走りに道を行く―――と、先ほどから徐々に増え始めていた人混みが、一気にその密度を増し始める。
「凄い人ですね……!?」
「予想はしてたけどヤバいなこれ……」
噎せ返るような熱気とはこの事。人混みはあっという間に道を埋め尽くすほどの人波と化し、いつかの圧迫歓迎会を彷彿とさせるようなお祭り騒ぎの様相。
考え無しにそこへ突撃かまそうとしていたニアを引っ張り返すと、勢いよく跳ね返ってきた非力な藍色娘が俺の鳩尾に頭突きを入れる。
……顔面ボディプレスならばともかく、軽い鳩尾ヘッドバット程度ではLv.100のアバターはこゆるぎもしないらしい。「むぎゅ」と悲鳴を漏らしていたニアがどうかは分からんが。
「っ……ちょ、ちょっとぉ」
「いや流石にコレを突っ切るのは面倒だろ」
混雑具合を考えると異様なほどスルスル前へ進んではいるものの、未だ行く先の終わりは見えないままだ。別にまだ急ぐような時間ではないが……
「これ、別に順番に並んでるって訳じゃないんだろ?」
「えぇ?そりゃまあ、出場登録も観戦申請も特に手続きとか無いし……」
ならまあ、わざわざ人混みに付き合う必要も無いというわけで。
「それじゃソラ、行こうか」
「はい?―――え……え゛っ」
俺の言葉にこちらを振り向いたソラが、「行こうか」と言いつつ空を指差す俺を見て頬を引き攣らせる。
「いやもう、どうせ今日で全部バレるんだし……自重する意味もなぁ?」
「そ、それは……そうなんですか?でもあの、二人も抱えて跳べるんです?」
「しがみ付いてもらえば……いや無理か?片方おんぶとか?」
「……えと、イヤです」
「ねぇ、キミ達いったい何の話を―――」
イヤかぁ……ならば仕方ない。
「そしたらソラさんは単独屋根上アクロバットにデビューして頂いて」
「あの、ハル?一人で先に行ってくれても―――あぁ、もう!分かりましたよっ!」
結局のところ詳しい場所も知らぬ俺が、一人で先行して何になるというのか。視線に込めたそんな心の内を捉えたのかどうなのか、若干やけっぱちな様子でソラは頷いた。
そしたら後は―――
「さて、ニアちゃんや」
「な、なに?なんなの?」
不穏な空気を感じ取ったのか、ニアが警戒した様子でジリジリと距離を取る―――んだけど、キミはいつまで手を握ったままなのかな?
そっちこそなんなの?俺のこと好きなの?
「おんぶと担がれるのと……まぁ、仕方ないからお姫様抱っこ。好きなものを選ぶと良い」
冗談めいた思考はさて置いて、希望を問う俺にニアは更に困惑を深めつつ、
「えぇ……?その三択ならそりゃ……ニアちゃんも女の子だし、お姫様抱っこが良いですけど……」
おそらく深く意味を考えずに口に出したであろう回答が、藍色娘の未来を決定付けた。
「ソラ、準備は?」
「いいですけど……な、なるべくハルが目立ってくださいね?私は端の方からこっそり上がるので」
それはつまり派手な挙動をしろと?
よろしい、同行者を楽しい空中散歩にご招待といこうか。
「ねぇ、本当になんなの?そんなにニアちゃんをハブにして楽し―――にゅわあっ!!??」
何を気に入ったんだか知らないが、普段から隙あらば擦り寄ってくるコイツに今更ボディタッチを躊躇ったりなどしない。
ソラ相手に慣れ切った動作で小柄な身体を掬い上げれば、ジト目を向けていたニアは腕を寄せて縮こまりながら悲鳴を上げた。
「な、なんっ、ななな何してんのっ!?」
この一幕を察知していたのか、騒ぐニアに周囲の目が集まる頃には隣からソラが消えている。視界端のUIレーダーに映るパートナー殿の反応を追えば―――あら早業。少女はおっかなびっくりといった様子で既に屋根の上に乗っかっていた。
そしたら俺も行きましょうかねぇ。
「ニア」
「は、はい……?」
「あんまり騒ぐなよ?―――舌噛むから」
「……………………ちょ、ちょっと待っ」
―――《守護者の揺籠》及び《兎疾颯走》&《フェイタレスジャンパー》、加えて《浮葉》起動。
「あれ、【藍玉の妖せ―――」
ざわめきの中からチラっと耳を掠めた気になるワードは、残念ながら最後まで聞き取れず―――ニアを抱えて踏み切った俺の身体が、弾丸のように人波から撃ち上がる。
「ひ、ぇ―――」
それが無くとも【守護者の揺籠】の効果で落っことしたりはしないのだが、咄嗟の事で俺の首に両腕を回したニアが悲鳴を漏らした。
「絶対に落とさないから心配ないぞ」
「なに、飛ん―――ひぅっ!?」
両腕が塞がっているため《ブリンクスイッチ》を用いた切り替え跳躍は使えない。元より着弾地点に定めていた建物の壁面を蹴って再び飛び上がると、彼女は二度目の悲鳴を上げて更にしがみ付いてくる。
「あれ、ちょ、ごめん。高所恐怖症とかだったりする?」
「な、ないけどっ、ないけどッ!なんでキミはそんなふつっ……!?」
「いやぁ慣れてるからとしか」
スキルの効果で大分軽減されてるはずなのだが……踏み切りで揺れる度に身を固くするニアの様子を見て、流石に少々配慮に欠けたかと反省する。
いやごめん、絶叫マシーン好きそうだなとか勝手に思ってたんだ。
……ソラには目立ってくれって言われたけど、これ俺も普通に屋根の上を走った方が良さそうだな?
「ニア、悪いんだけど方向だけ教えてくれると」
「あ っ ち!!!」
いやほんとゴメンって。今後はもうちょっと丁重に扱うから許して?
思いのほか怖がらせてしまった事を普通に悔やみながら屋根上走行に移行した後、怒り七割くらいの勢いでニアが指差した方角へと向かう。
注目を搔っ攫う俺達から、数列ほど離れた屋根道を器用に駆けているソラ。
すっかり軽戦士然とした身のこなしが板についた彼女に視線を向ければ―――散々これを経験してきたパートナー殿は、俺の腕の中で固く目を瞑っているニアを見て何とも言えない苦笑を浮かべていた。
飛んだり跳ねたりしなくても、生身で抱えられて時速数百キロ走行とか紛れもない恐怖体験であるという事実に気付いてほしい。