他称先輩と自称後輩の場合
「──────……あー、カナタ君。一つばかり問うても宜しいか?」
「ダメです」
取り付く島もないとは、まさにこのこと。
一日目の修行を終えて、白状すれば舐め切っていた【旅人】が振る舞うアウトドア料理の腕前に驚かされ、星空イベントお決まりの『夜襲』を適当に散らし……辿り着いた初日の終端。文句ナシ寝心地抜群なベッドに収まってから数分ほど。
同じ空間内に在って無限に伝播してくるのは緊張の気配。流石に心配が湧いてルームメイトへ声を掛ければ、少し遠くから返されたのは食い気味の即答だった。
然らば、俺は数秒の間を開けた後。
「俺、実は今現在に至って嫌われてたりする?」
「ダ、なッ、ちがっ……!!!」
九割九分九厘の冗談にて『まさか』を山なりに放ってみれば、此方と彼方を隔てる〝壁〟を飛び越えた問い掛けは無事に着弾したのだろう。
ガバッと毛布を跳ね退け起き上がるような物音と、焦りの声が返ってくる。
「ふむ……」
成程、違うらしい。
そりゃまあ重ねて百パー冗談ではあったのだが……──だとすれば余計、天井から視線をずらせば目に入る光景に『なんでやねん』と言わざるを得ないのだが。
「いや別に、いいんだけどさ。あって悪いことは、確かに無いんだけども……」
なにか? ────それは他でもない、男部屋のド真ん中を横断する衝立だ。
男同士、俺との相部屋自体は普通に了承したカナタ君。しかし何事か家主にゴニョゴニョ言っていたかと思えば、就寝時にドアを開けるとコレだったわけで。
「もしかして、一人じゃないと寝れないタイプだったり?」
「そ、そういうわけでは……」
「ほんとかぁ?」
ダル絡みをしている自覚はある。が、せっかくの貴重なお泊り会。俺も健やかな十八歳男子、イベントとあらば上がるテンションを抑え付けたりは中々できない。
ゆえに、なにかしら話題の種が生じたのであれば申し訳ないが呑み込む択はない。それが健気で可愛い構いたくなる後輩ともなれば猶更だ。
なお実際のアルカディア歴。なんて、それは今更として────
「うぅ……っ…………せ、先輩。わかって言ってますよね?」
「まあ」
「『まあ』って……!? な、なんか、少しずつ意地悪になってませんか……!」
結局のところ、若者特有の『寝るのが勿体ない精神』が働いているだけ。
話題なんて別になんでもいい。気に入った相手と同じ部屋で同じ夜を過ごしている特別な状況を、ゆるり適当に楽しみたいだけの話だ。
ということで、
「ったく。今更まだ俺相手に緊張なんてするかね?」
「し、します。全然しますよ、こういう状況は初めてですし……」
「ご存じの通り、根本のメンタルで言えば普通の人だろうに俺」
衝立が微妙な心の壁に見えなくもないのが若干なり切ない気もするが、向こうの声音から迷惑そうな色は感じ取れないので、お喋り続行。
すると耳に届いたのは……────小さな溜息一つ。
「…………いつか、言おうかなとは思ってたんですけど」
そして、ほんのり躊躇いを滲ませた声。しかしカナタもカナタで緊張や遠慮を晒しているとはいえ、イベントに在って普段とは心持ちが違うのかもしれない。
「お、なんだなんだ。今が『いつか』だ言ってみたまえよ」
だからだろう。煽ってみれば、数秒の後。
「先輩、よくソレ言いますよね。────貴方、全然〝普通〟じゃないですよ」
「そんな馬鹿な」
飛んできたのは、割かし勢いの良い断言であった。
然らば、反射的に零した俺の驚愕を耳で拾ったのだろう。衝立の向こう側で、カナタは再び此方まで届く程度には大きな溜息を吐き出すと、
「はぁ…………先輩みたいな呆れるほど優しい人が、普通なわけないですよ。それが普通だったら、世界は今より生きやすいはずです。現実も仮想も」
なんて、俺が一ミリたりとて予想だにしていなかったことを、つらつら述べた。
「んん???」
自然、素直な困惑が口から出る。重なるは、三度目の溜息。
「先輩の根本って、俺が思うにソレですよ。だから皆、貴方のことを好きになる」
カナタの口から、断言ばかりが続く。対する俺は首を傾げるばかり。
「優し……い、か? 俺……」
そりゃ、人に不親切であったり嫌がることをしようとは思わない。したくないと思うし、すべきではないと思っている。わざわざ考えるまでもなく無意識で。
けれども、そんなものはそれこそ〝普通〟の範疇だろう────少なくとも、人格審査をパスして仮想世界入りを許可されたプレイヤーにおいては。
「皆、優しいだろ。カナタだって……ここに居る面子で言えば、ソラも、ういさんも、ニアも、ルク………………スも、まあルクスも、優しいだろ?」
「そうですね」
「アルカディアのプレイヤーって、誰も彼も大なり小なり優しいだろ」
「そうですね」
素直な肯定が続き、だろうよと俺は頷くが、
「……だから、その優しい人たちしかしない世界でも目立つくらい」
やはり、特別な状況に在って普段とは少々異なる精神状態ではあるのだろう。後輩二号は、ハッキリ珍しいと言えるくらい俺に対して呆れを晒しつつ言う。
「群を抜いて優しい先輩は、根本からして普通じゃないんですよ。全然」
「えぇ……?」
なにを言われているのか上手く理解できないが、とりあえず呆れられてはいるものの貶されているわけではないのは、わかる。ゆえに────
「な、なんだコレ……? どういう方向性の話になってる……?」
不覚。なんか普通に照れてきた。
いやだって……! あんま言われたことねぇって『優しい』とか……!
「先輩ほど、他人のことばかり見てる人なんて早々いませんよって話です」
「そんな人間観察が趣味の人みたいな」
「自分が楽しむため、ですよね。知ってます。【曲芸師】名言集の基本です」
「おいなんだその地獄の収集物は……!」
ほんのり狼狽え始めた俺の様子を、衝立越しに知ってか知らずか。一度つらつら言いたいことを言い始めれば、後輩二号の口は止まる気配がなく。
「普通じゃないですよ。他人が楽しんでいることを自分の幸せにできる人って」
「そうかぁ……? そんなことも」
「フリなら簡単です。先輩は心の根っこから……そのもの、根本じゃないですか。それ、一部でも『他人を楽しませたい』がアイデンティティってことでしょう」
「大袈裟に言ってね……?」
「大袈裟じゃないです。少なくとも、俺にはできない考え方です。……他人のためを思うことはできても、それを当然のように前提条件にするなんて無理ですよ」
「そ………………う、なん、だぁ……?」
正直、やはり今一なにを言われているのか理解が及ばない。いや言葉の意味は理解できているが、自分がカナタの言うほど特別なことをしているものかと。
そう、無限に首を捻っていると。
「……あはは」
向こう側から、小さな笑い声。
……男部屋を了承した以上もう完全に男と見て構わないのだろうが、ふとした時の可愛らしい表情や声音で度々混乱させてくれる後輩君である────
「俺、先輩のこと大好きですよ」
「へぁっ」
とかなんとか考えていたら、なんか唐突に告白された。
「ソレに関しては無自覚とは少し違うと思うから、わからなくていいです。そういうのは周りが気付いて、理解していればいいモノだって思いますから」
「お、おぅ……?」
「先輩は首を傾げながら『そっかー俺って優しいのかー』って、いつもみたいに惚けた顔をしてくれていれば大丈夫です。それがいいです」
「『いつもみたいに惚けた顔』はギリ悪口では?」
「そういう貴方が、きっと俺と同じく、皆さん大好きなんでしょうから」
「ははーん、わかったぞ。さては貴様、俺を道ずれで寝不足にさせる魂胆だな?」
「ということで、おやすみなさい」
「どういうことで……!?」
静かに毛布を被る音。それきり、カナタは何も言わず。
自分から仕掛けておいて、結果を見れば見事やり返され心を乱された俺は、星空イベント特有の眠気デバフに反旗を翻し始めた思考の渦をグルグル回しつつ。
「…………ところでカナタ君、好きな子とかいるん?」
時間を置いて投げ掛けた反撃は、意外と強かな寝息で以って打ち返された。
お前のことが大好きだって言っただろ。良かったね。




