Now 修行 ing……
夕暮れ時。
見渡す限りの真っ平。凸を散りばめる茂みや岩の類すらも目に付かない、究極の無個性こそが個性として成り立っているような平原の只中にて。
パチパチと火花を散らす、小さな灯りが一つ。
「………………おわはぁ……──ごめんルーちゃん、正直ちょっと舐めてました」
「っふッッッふーん!!! 〝料理〟は旅人の必須スキルだからね!!!!!」
そして、その前に仲良く並ぶ影二つ。
辺りに漂うは仮想の食欲を刺激する芳香。主な根源たる湯気を立ち昇らせる大鍋の他、傍らにある間に合わせの卓には既に幾つもの〝品〟が並べられていた。
鳥団子の香草煮込み鍋に、大きな葉に包み焚火直下へ埋めていたモノを掘り起こした蒸し鳥。細切りの鳥皮をアクセントにした山菜の炒め物など────
「鳥さんばっかりなのはっ! 目を瞑っていただけると嬉しいなって!」
「美味しそうだし全然いいよ。誰も文句なんか言わないよ凄いってば尊敬」
全部が全部、そのもの【旅人】ことルクスの手料理。
とりあえず『見晴らしがよく広々として怪物たちが心置きなく暴れられる場所』を見つけた後、道中で確保してきた食材を用いて当たり前のように用意したもの。
「ふふーんっ!」
重ねて、真なる手料理。
即ち、スキル無しのリアル技能。鍋を含む器具やら食器やらは彼女の【宝栞の旅手帖】────他者の魂依器を制限付きで複製する魂依器による借り物だが、それらを駆使したのは間違いなくルクス本人の手腕によるものだった。
現在修行中のニアには、ちゃんと理解できる。
正直ちょっと悔しい。が、いつもの如く自信満々堂々と胸を張る友人に、今回ばかりはツッコミも苦笑いも贈れない。贈れるのは拍手だけだ。
「やー……正直ルーちゃんもソラちゃんにくっ付いてくるって聞いた時は『え? いろいろ大丈夫?』って思ったり思わなかったりだったけど」
「え?」
「これは来てもらって正解だったねぇ。やっぱルーちゃん、いろいろ便利。偉い」
「そうでしょうとも! ボクってば偉い!!!」
いつもいつとて相変わらず。なにも考えずに喋っているとしか思えない、ただひたすらな元気爆発を平常運転としている若草色が再び堂々と胸を張る。
他人からすれば大なり小なり引いてしまうのだろうが、友人目線ならば……まあそれでも稀に避け得ず『うぉっ……』と怯んでしまうことがないでもないが、彼女の元気一色は間違いなくポジティブな愛嬌に他ならない。
友達と、思い合っているのだ。ニアとて勿論のこと嫌いじゃない。ので────
「それに……。あたし一人だったら、三日間マジ超暇だったと思うし」
諸々含めて、やはり来てくれて良かったと嬉しく思い直すばかりである。
────夕暮れ時。
見渡す限りの真っ平。凹凸を散りばめる茂みや岩の類すらも目に付かない、究極の無個性こそが個性として成り立っているような平原の只中にて。
凄絶な舞踏の火花を散らす、大きな世界に比して小さな煌めきが一つずつ。
片や、親友にして恋敵────先日また一層に関係性が複雑になってしまった、しかしそれでもなお無限に可愛らしいとしか思えない年下の少女。
……と、見れば慄くばかりの勢いで剣を切り結ぶ、いまだ関わりの薄い少年君。………………少年、君? まあ、うん、可愛い顔した少年君の二人組。
そして、
「うーん………………参考までに、ルーちゃん?」
「んーっ?」
「アレ、どんくらい見えてるの? 北陣営序列一位様の目には」
まだしも一般人目線で『凄いなぁ』と感心できる、そちらは置いといて。視線をスライドさせた先、ニアが失礼を承知で指差す方。
最早、なにが起こってるのか。
むしろ、本当に何かが起こっているのかさえも判断が付かない方への意見を請えば……様々な意味で、しかし確実に高名な【旅人】は数秒間ジッと目を凝らし、
「うーーーーーーーーーーん……………………………………………………」
更に、十数秒。ジッとジッと、目を凝らした果て。
「え、全然わっかんね。うーちゃんはともかくハー君ヤバくね?」
カラカラと笑いながら、そんなことを宣った友人を見て。
「あぁ、やっぱ、序列持ちからしてもヤバいんだ……」
そして、師と弟子の双演。
────互いに微動だにせず……少なくとも、自分の目にはそうとしか映っていない様を崩さぬまま、剣戟の轟響を奏で続けている想い人の真剣な横顔を見て、
「……………………ちぇー。張り切っちゃってさー……」
ありありと輝いて見える胸の内を読み取ったニアは、見惚れるでもなく。
口の中で、ほんのりと。〝やきもち〟の音を零していた。
ルーちゃんも可愛い。
・【宴饗万賛】魂依器:調理具 第三階梯
ルクスの旅手帖に記された魂依器の一つ。
鍋や包丁、まな板など人が思い付く限りの調理器具を始め、箸やら皿やらの食器まで〝食〟に必要となるあらゆるモノを内包したワンジャンル限定の万能器。
仮想世界のどこかにいる本来の持ち主はコレを戦闘にも用いている武闘派料理人。旅先で偶然の邂逅と相成ったルクスから魂依器の写し取りを依頼されるにあたり『ならば〝食〟と〝武〟の両方で以って己を下してみろ。来いよ序列持ち』と勝負を挑み両ジャンルでボコられた果てに写し取りを快諾したという逸話がある。
そんな面白武闘派料理人(料理下手)は名前だけ既に登場済み。
果たして誰なのか。正解は未来永劫、明かされることはない。




