第四回【星空の棲まう楽園】
────ワールドイベント【星空の棲まう楽園】が開始されます────
────参加プレイヤーは任意の安全地帯で待機してください────
────間もなくイベントフィールドへの転移を開始します────
──────……
────……
──……
十二月十日。
「──────…………お。おぉー……〝此処〟が?」
即ち、第十二回四柱選抜を五日後に控えた現実時間の午後九時。俺は第四回目となる星空イベントの転移に連れられ、舞台となる『鏡面の空界』へと降り立った。
ペアでのエントリーが原則のイベント。
然らば隣に居るのは、いつもの藍色……ではなく。
「……はい。〝跡地〟です」
灰色。つまるところの、お師匠様。直前の我欲に塗れた予定変更を結局のところ貫いて、なっちゃん先輩を筆頭に各方面へ頭を下げて今に至る、と。
……グループチャットでの報告も大層な嘆きの声が氾濫して嬉しい一割の申し訳ない九割だったが、間近に迫った四柱に備えてのことだと事実を告げれば全員が秒で許すどころか応援までしてくれた。まこと安心と信頼のアルカディアンである。
────ってなわけで
「…………」
今に至っても、相変わらず。
なんだか申し訳なさげにチラチラこちらを窺っていらっしゃる我が師に対し、弟子こと俺がすべきことは決まっている。
「あー、もう、いつまで気にしてんです! いいんですってば! 俺が決めたんだからいいんです! 俺が修行付けてもらいたかったんだからぁッ!」
「そ、……、…………」
アーシェに枠を譲ってもらう形での同伴。いまだに唐突な思い付きで俺を振り回してしまったと落ち込んでいる様子だが、残念ながら責任なんてありゃしない。
俺が、喜んで、振り回していただきに来たのだから。
「……わかりました」
「本当に、わかりました?」
「……………………はい」
そんなこんなで、ようやく微笑み一つ。
「ごめんなさい。気にしすぎてしまいましたね」
「そうですね。もう腹一杯です」
この程度は互いに今更『生意気』とは思わない、気兼ねナシのやり取り。
珍しくズルズル……といっても一日足らずのことだが、言葉通り気にしていらっしゃった彼女は己を叱るようにペチと小さな手で頬を叩き、
「ふふ……承知しました。────では、心置きなく。励むとしましょうか」
「っす」
意気を取り戻した師と二人、深淵の底から改めての周囲状況把握。
前回のイベント時。ういさんがアーシェと二人でアレコレやらかした結果に生じた『地下大迷宮全崩壊』という密やか未曽有も甚だしい大事件の真っ只中。
どこを見回しても瓦礫、瓦礫、瓦礫……と、なんかもう一周どころか二、三周ほど回ってボケッとした息しか漏れ出てこない有様で、大変コメントに困る。
「スゥ──────……とり、あえず。どこかに、拠点を作らね、ば……?」
「流石に瓦礫の中で寝起きは、精神的にも健全ではないもしれませんね」
然して真っ先に思うのは、当然のこと拠点構築の必要性。別に『干支森』よろしく人の輪を広げる未来なんて無いだろうし、ささやかなものでも……──
「ん? あ、いや。ってか、ういさん?」
「はい?」
構わない……なんて考えつつ、またすぐに思い至ったのは彼女の権能。
おそらくは現仮想世界で唯一の第四段階『語手武装』────【真名:外天を愛せし神館の秘鍵】のポケットインスタンスがあるではないかと。
「むしろ、家を出してしまえば一発では?」
なので、素直に問えば。
「……? ────あぁ……ふふ。ごめんなさい、言っていませんでしたね」
しかし、ういさんは困ったように笑み。
「いべんと中、あの子が抱く世界へ足を踏み入れることは叶わないんです。空間自体は内に存在したままなのですが、どうやら時間の方がそぐわないらしく」
「ほう……? …………うん?」
なにやら、よくわからないことを仰った。
けれども、
「……────成程。了解っす」
知ってたか、師の言葉は弟子にとって絶対。たとえ一発目で『この人なに言ってんだ』と思おうが、一瞬後には『まあでも師匠が言うのであれば』と納得が完成するのが弟子頭脳。つまるところ〝無理〟ってなわけで委細承知、次に行こう。
「そしたら……どうすっかなぁ。移動してから呼ぶか否か…………」
先程から、頭の中で声は鳴りっぱなし。
わかってるからと、ちょっと待てと、いくら返事を返そうが聞く耳を持たず。
いつまで年上大和撫子と二人っきりでいるつもりかと、ワーワー騒いでいる愛すべきというか愛してる馬鹿者を宥める義務を並行しているため頭の回転が鈍い。
あぁ、もう、いいや。
「……安地を探すとこから頼った方が早いか。────ういさん、呼びます」
「はい、わかりました」
別に多少人数が増えたところで、サファイアを頼れば一斉移動に問題はナシ。然らば、もうなんか可愛いだけでしかない俺に会いたくて堪らないらしい遠方の誰かさんを────悉くの距離を無視する〝繋がり〟の先で、呼ぶ。
起動承認。斯くして……刹那。
水面へ雫が落ちるような、秘めやかな音と共に。
「まぁ……本当に」
「えぇ。ご覧の通り、本当です」
伝えてはいたものの、実際に見て驚きの様子を見せる我が師。そして何度見ても自分自身へのソレを含めて呆れが先行する俺の目前に、
現出したのは、藍色に輝く転移門。
そうして、一秒後。
「────── ボ ク が 来 た ぁ ッ ッ ッ ! ! ! ! !」
ゲートを突き破って現れたのは、まず若草色のアホ代表一匹。
次いで、
「────……わ、凄い。本当に…………」
つい十数分前。『また後で』と軽い別れを交わして解散した我がパートナー。
次いで、
「────…………これは、また仮想世界に革命が起きそうな……」
同じく十数分前。ソラと同じく手を振って別れた、後輩二号ことカナタ君。
次いで、ラスト。
「────お邪魔しまーす?」
ニュッと。あからさまなジト目で姿を現したニアちゃん。……なんだねその目は。なにをそんなに膨れっ面なのかね可愛いってのは、ひとまず置いといてだ。
その右手首で光る『腕輪』は無事に役目を果たしてくれたようで、何より。
「ふふ……賑やかになりましたね」
「えぇ、ほんとに。────……それじゃ、三泊四日」
各々の反応も、さて置いて。とりあえず俺は、改めて視線を隣へ。
「よろしくお願いします。我が師よ」
「心ゆくまで。我が弟子よ」
礼を一つ、長いようで短い幕を開けた。
予告しておくとガッツリは描きません。




