合間の夜空で
「──────は?」
高い高い、空の上。
仮想世界アルカディアは【隔世の神創庭園】プレイヤー主街区その壱こと【セーフエリア】の遥か高空、雲をも飛び越えた誰の目にも付かない練習場にて。
「え、アンタ来ないの?」
巨大な真円の月が浮かぶ夜空をバックに揺れる、長い白髪────そのカーテンの下で黄色い瞳をパチクリ瞬かせながら、先輩子猫は……気のせいか否か。
やや不満気な声を、地上に比べて強い風に乗せて俺へ届けた。
時は十二月九日。第四回【星空の棲まう楽園】前日の夜である。
「今回は、ちょっとな。あとニアも一緒だ」
「いや二人ともかい。ぇー……それ、直前で言う?」
『緑繋』攻略戦以降。定期的とまではいかないが、ちょいちょい暇な時間が重なった時にと続けている演奏練習会。人目に付かないし高空の風が絶妙な塩梅で邪魔をしてくるため常時都合のいい負荷が望めるから────と、
その辺は南陣営序列七位こと【糸巻】なっちゃん先輩の言であるからして本気か適当かは不明だが、そんなこんなで例によって顔を合わせた空の只中。
「ほんと悪いけど、それこそ直前で択が生まれた感じなんすよ。今日の昼に、他ならぬ我が師から『もしよろしければ』ってな具合で……」
「発端が【剣聖】様ぁ……」
白と黒。片や随分と様になってきた様子で空中に己の身体を吊り浮かしつつ、片や普通に虚空を踏み締めつつ。それぞれの糸繰りに励みながら。
「あの、あれだぞ。勿論ういさんも急な提案をしたってのは自覚してたし、本当あくまで『もしよろしければ』ってな具合で乗っかろうと思ったのは俺なん」
「あーあーいいわよそういうのハイハイお師匠様が大好きな弟子だこと」
言葉を交わす先輩殿は、やはり僅かに不機嫌模様。
いやはや致し方なし。────別に他へ行きたいわけでもないからーと、今回のイベントも我らが『干支森』グループへ参加する流れでいらっしゃったわけで。
つまるところ、普通に俺がドタキャンした形になるわけで。
いや別に俺と彼女と二人でハッキリ約束した予定ってことでもないのだが、かといって愉快か不愉快かと問われたら間違いなく愉快な話ではないだろうから。
「ごめん。三泊四日修行漬け、ちょっと今の俺には魅力的だったもんで……」
頭は素直に、下げておく。我欲を優先した結果とあらば猶更だ。
然らば……──というか、そもそも自分が不満気な顔をしていたことに気付いていなかったのやも。なっちゃん先輩は俺の殊勝な様を見て言葉と糸繰りを微かに詰まらせ、わかりやすく空気を取り繕いながら「いや別に?」と目を逸らした。
「そりゃ、まあ、ええ。ちょっとは残念だけ────ニアね。ニアが、来れないのは、残念だけど、別にイベントなんて究極的には各々の好きに楽しむべきものなんだし決めたことにギャーギャー文句言ったりしないわよ。しないわ」
「そ、そうすか……」
逸らして、怒涛の捲し立て。……そんな切なくなるほどニアニア強調せんでも、ご存じの通り俺は自惚れ自己評価なんてのと縁遠い人間だというに。
「わかればよろしい……────んん、そしたらー……どうしようかしらね。アンタたち不在ってんなら、そんな仲良い相手もいないし…………んー」
「ノノさんとかリィナは? 前回時点で、割と仲良さげに見えたけども」
どうしようか。つまるところ直前にあって参加か否かを悩む様を見て問えば、なっちゃん先輩は風に遊ぶ髪を押さえながら半眼で俺を見た。
「そりゃ、女子会で多少は慣れてたし」
「女子会」
「女性序列持ちの交流会」
「あー……そういう。成程?」
俺も俺とて、先日ユニ&虎と遊んでいた。野郎会は基本あんな感じで突発かつ適当極まる感じが基本だが、女性陣は女性陣で確かな場を設けているのだろう。
「だからまあ、そうね。仲良く話す程度は問題なくできるけど……」
でもって、続く言葉の感じで……なんとなく、察してしまった。
「…………なっちゃん先輩、もしや友達が少な────ッ」
「この愚か者ライン越え甚だしいわね。どうしてくれようかしら」
然して、回避の余地なき神業操演。
それが許される仲であると信じて。それが赦される仲であると信じて『弄り』を口にしかけた後輩を、煌びやかな白雪の糸がグルグル巻きに瞬間拘束。
なんたること。戦闘中ならば技あり一本で俺の負けだった────
「っ……仕方ないでしょ! 〝先輩〟なのよ‼︎ 皆が皆ぁ!!!」
ごめんて。そこまで理解した上での戯れじゃんマジごめんなさい縊らないで。
「ったく…………誰も彼もが、アンタみたいに万人と分け隔てなく仲良しこよしになれると思ってんじゃないでしょうね? この人たらし。この【曲芸師】」
「人の称号を『人たらし』の類語みたいに言うのは勘弁していただけるか……」
果たして目での命乞いが届いたか、はたまた子猫様元来の慈悲か。シュルっと緩んだ白糸の隙間から謝罪を連呼すれば、先輩殿は溜息一つ。
「友達ってんなら、友達よ。皆ね。…………────『気を遣わない』って前提の付く相手が、少ないってだけ。誰でもそうでしょ、アンタみたいなの以外は」
「褒められてんのか煽られてんのか」
「褒めてはいない。煽ってるつもりもない。呆れてはいる」
「それならまあ……」
呆れられるのは、慣れっこゆえに。……ともあれ、
そういうことなら猶更。悪いことしたなという思いが膨れてしまう────
「…………ん? ってか、リィナ先輩は来るの? アンタいないのに?」
と、追加の謝罪およびフォロー文言を俺が考えていると、先んじて追加の疑問が飛んできた。さも自称妹と俺がセット確定みたいな物言いが不本意極まりない。
……なんて文句は悪いことした手前、呑み込んでおくとしてだ。
「あぁ、うん。リィナってか、今回はミナリナが『干支森』に参加する」
「へぇ? ────へぁっ?」
「というか、俺の代打で守護神役を囲炉裏に頼んだから。くっ付いてく感じで」
「ふへぁっ!? ちょ、アンタ、ちょっ……! 後出し情報がデカいッ……‼︎」
「だからまあ戦力的には一切なんの問題もナシ。なっちゃん先輩が他に行くってなっても心配は要らんと思うんだけども……」
「そりゃ、そうでしょうね……【無双】が居るなら────」
「だけども、できればウチに行ってほしいなーって……」
「なんでよっ!? ────……ちょっと待ちなさいコラわかった。珍しくアンタの方から誘ってきたなと思ったのよ最初からソレが目的だったわね!?」
そうです。
と、頷けば即座に飛んできた戒めの糸を甘んじて全身で受け止めつつ。
「いやぁ、男はアレとしてさ? 多分きっと間違いなくニア目当てで押し寄せるであろうプレイヤー諸君の期待を掻っ攫うだけじゃなく、更に〝紅〟が減ると……」
流石に可哀想というか、野郎連中のモチベが心配というか。
「はぁああぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁあぁあっ??? 知らないわよ! 『ミナリナ』で十分どころの話じゃないでしょうにウチなんて誤差じゃん!!!」
「いやいや……。いやいやいや…………」
「その反応なに! なんなのよ腹立つ‼︎」
怒り心頭────だけでなく、多少の照れ交じりが見て取れるのはヨシとして。
なんだろうなぁ。決して自己評価が低いとか、そんなんじゃないのだけれども、こう……下手? というか。自覚が、もう一声二声ほど足りないというか。
今回のイベントも【糸巻】は『干支森』に参加するらしい、という噂がどこからともなく流れた瞬間。ただでさえ地獄めいていたアテンド招待抽選応募の勢いが爆発的に増加したという事実を、おそらくは知らないのだろうな……というか。
いや、俺もドン引き色濃いメッセをノノさんから貰うまで知らんかったけどさ。
世間じゃ最近、大人気らしいっすよ。なっちゃん先輩。
ってなわけで……。
「頼むよ先輩、貸しツケといていいから。ね?」
「いやわっけわかんないし……! 大体アンタがツケに何を返せるってのよ!」
「うーん………………溢れる先輩への敬意、とか?」
「この状況が既に敬意を欠いてるってんのよバカハルこんにゃろうッ……!!!」
とにもかくにも今、俺が成すべきは一つだけ。
偉大で頼りになる先輩に誠心誠意の我儘を以って、甘え倒すのみである。
人を見て正解を選び続けてるのがもうね。ほんとコイツ。




