無敵化
「──────…………」
鳴っている。音が。
いつもいつとて、お洒落な曲が。現実世界は四谷宿舎の自室にて来客が俺を呼ぶチャイムが────まあ、予想通りってな具合に。
おそらくは俺のログアウト……つまり二番手とのアレコレ、つまるところソラとの会話が一段落するのを待っていたのだろう。流石にわかる。
だから、
機械仕掛けの寝台こと【Arcadia】より降り立ち、寝室を出て、廊下を進み、正面に立った玄関扉の奥。ありありと判別に足る気配の色に覚悟を決めて────
扉を、開けた。
「……………………………………………………え? なにしてんの?」
開けて、
俺は〝数〟からして読み違えていた来客の姿に、間抜けな声を漏らしていた。
対するは、
「────ん……ニアが、一人で行かせてくれなかっ」
『いやダメに決まってんでしょうに。ぜってぇ事件が起きるでしょうに』
二人。先刻の我が一世一代を既に爆速で『過去』として余すことなく消化吸収済みとでも言わんばかり、スンと無表情で立っているアーシェと、加えてニア。
……後者に関して追加情報を記すのであれば、単独行動など許すべからずと固い決意を示すかの如くガッッッッッチリとアーシェをホールドしているニアちゃん。
まあ、なんだ。
「ニア」
「……、……」
「助かる。ナイス判断」
「…………」
まさしく言葉通り〝事件〟が起こる率は半端ねぇだろうってな至極容易な予測に際して、とりあえず俺からは感謝を告げるばかり。
目が合い言葉を受け取ったニアは元より朱に染めていた頬を更に赤く、照れくさそうに目を逸らしつつ。満更でもなさそうな様子で小さく頷いた。
マジ超かわいい。愛してる────
「…………二人とも、いい度胸。二対一程度で勝てると思わない方がいい」
「おい恐ろしいこと言い出したぞ」
『ほんとおねがいだから暫く自重してね最低限ほら姫あの心が落ち着くまでの間だけでいいからおねがいねニアちゃんも引っ張られて事件起こしかねないからね』
「恐ろしい発言を連鎖させんな」
なんて真実惚気ていれば、お節介を焼かれた挙句に自分を他所にアレな空気を出された『お姫様』ご立腹。これ以上ニアまで巻き込んでヤベーことを言い出さない内に、頬を膨らませる激レア表情を拝まぬ内に向き合っとくべきだろう。
「アー」
「ハル」
と、思考を入れ替えた俺に一瞬ばかり先んじて。名前呼びを名前呼びで遮りながら……────アーシェもまた表情を切り替え、ひどく優しい顔を見せた。
「……安心した。ひとまず、上手くいったようで」
なにが、とは聞くまでもない。この一、二時間で他でもない、これまでの人生で最も上手くいってほしかった事柄が最良の結果に纏まってくれたばかり。
ゆえに、聞くならば『なんで』だ。
「ふふ……顔を見れば、わかる」
と、やはり聞くまでもなかったようで。報告など要さずニアとソラとの『会話』が一体どうなったのか、手に取るように理解していると言わんばかり。
「当然。簡単。────未来の旦那様の、心くらい」
抱き着き自由を奪った気になっているニアに『無駄』と事実を突きつけるが如く、どこまでも妖艶に微笑んだ。然らば俺は、
「………………お、おぅ……────ぃてっ」
普通に嬉しくて、普通に照れて、普通にニアちゃんに脛を蹴られた。
然して、一幕の後。
「未来の妻からの命令。暫くは内緒」
『いい加減にしとけ?』
「アーシェの発言でノータイム折檻が俺に来るの流石に理不尽じゃない???」
立ち話もなんだからとリビングへと二人を招き、各々が落ち着いて席に着いた後。相変わらず隣席でニアに取っ捕まってるアーシェが本題を切り出した。
「……ハルも、元々すぐに周知させる気はなかったはず。合ってる?」
「まあ、それは、はい」
近しい者たちに関しては、一時保留。いつか必ず伝える時が来ると覚悟は決めているが、それはソラとニアとアーシェ……まあ、アーシェも含めて。
俺は自業自得で構わないとして、三人の心が一応の落ち着きを取り戻すまでは。
世間に関しても既に考えがあるものの、そっちはもっとアレコレと必要事項が膨大で現状だと実現不能。仮に計画を実行するにしても数年単位の時間が必要だ。
なので、全く彼女の言う通りなのだが、
「ん。それじゃ……────そのタイミング、私に預けてほしい」
言い当てただけでなく、その責任を寄越せとアーシェは言う。……おそらく、その瞬間、俺は反射的に些細でも渋るような表情を見せていたのだろう。
「ハル」
けれども彼女は優しく、しかし毅然とした声で。
「答えて応えた以上、もう私は共犯者。背負う権利を、私から奪わないで」
泣けてくるようなことを、当たり前のように言ってしまうわけで。
「今更もう何を言おうとも、あなたが『選択』を口にした時点で。ここから未来がどうなろうとも、絶対に変わらないことが一つだけあるの」
「…………」
もう本当に、ずっと前から思ってたこと。
「あなたは生涯、私の伴侶よ。────希」
『お姫様』なんて、役不足だと。
「………………わかった。……アーシェ」
「ん」
「ありがとう」
「……ん」
笑顔一つ。
否、花咲くような満面の笑顔一つ。自惚れでも欲目でもないだろう、先に見た一度目に続いて心より幸せそうな顔をして、俺の『お姫様』が満足そうに
「………………え、なにしてんの」
『うっさい』
────してる様を、隣の非藍色藍色娘に隠されてしまった。
俺としては大層不満だが、親友の胸に抱かれたアーシェが満更でもなさそうなので……まあヨシとしておこう。ついでに、ほら。
「ニア」
『なんすか』
「俺、俺のこと甘やかしてくれるニアも世界一好きだけど」
「っ!? ……っ、……!?」
「アーシェとか、稀にソラにも甘えてるニアも世界一好きだぞ。超かわいい」
「ッ……!!? ──────ッッッ!!!!!」
それはそれで、今の俺には最早ご褒美以外のなんでもないと。
無敵の馬鹿者より反撃の一撃。照れ散らかした末に怒りだしたニアの無限に可愛らしい様を一幕の了として、ありがたく目に焼き付けておいた。
本当に、本当に、有り難く。
なにも考えていないようで全部を考えてるのが主人公。
ほんと、とんでもねぇこと考えてるのが、この男。




