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天霊騎士は悪魔と踊る  作者: アラカワ
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第1話 『始まりの契約』

「まさかこの時代にあそこまで天使の力を扱えるものがいるとは、やはり人間もなかなかのものですね。」


 鬱蒼と木々が生い茂る森の中、そう呟いたそれは、さきほどまで自身が相対していたブロンドの髪の騎士を思い浮かべていた。


 絶対的強者である自分に深手を負わせた人間。天使の光を剣に纏い、その背中には2枚の光の翼を宿らせていた。


 その程度の相手ならこれまで何度も殺してきた。しかし、その騎士は精霊の力も操るという人間離れした戦闘スタイルだった。


 天使と精霊、どちらか片方との契約なら普通のことだが、そのどちらとも契約している人間などそうそういる物ではない。

 

 「もう少し踊っていたかったですが、これ以上傷を負えば計画に支障が出るかもしれません。あとは魔獣たちにまかせ、一旦引くとしましょう」


 「まて」

 

 突如、それの背後から呼び止める声が聞こえた。気配を完全に消していた自分を見つけるとは、よほどの手誰かと思い振り返ると。そこには剣を構えたブロンド髪の小さな少年がいた。


 「今の私を認識できるとは、先ほどの騎士かと思いましたが、これはこれは、ずいぶんと可愛らしい騎士ですね。いかがなさいましたか」


 振り返った先にいたのは、さきほどまで相対していた騎士ではなく人間の子供だった。見た目だけで正確な年齢は分からないが、おそらく11歳から13歳ほどの年齢だ。


 幼い歳の人間が今の自分を認識するとはどれほどの強者かと思ったが、目の前の騎士からは天使の力はおろか、精霊の力すら感じない。


 なんとも奇妙な人間だと思ったそれは、少年の顔に謎の既視感を覚えた。


 「悪魔と会話をするつもりなんかない。黙って僕と契約をしろ」


 悪魔と言われたそれは、少年の口から出た契約という単語を聞いた途端恐ろしいまでの笑みを浮かべた。

 対する少年はそれ以上言葉を発さず、無表情のままそれを睨みつけていた。


 「悪魔と契約したがる人間は大勢いますが、あなたのような幼い人間までもが力を欲するとは、随分と愉快な時代になったものですね」


 「時間がない、早く僕と契約しろ」


 変わらず笑みを浮かべ続けるそれに対し、少年からは少しばかり焦りの表情が見え隠れしていた。


 「何を焦っているのか分かりませんが、随分と訳アリのようですね。しかし私もあまり長居をするつもりもありませんので単刀直入に申し上げます。

 図に乗るなよ、人間風情が。」

  

 言葉を終えたそれの表情は、先ほどまでの笑みが嘘のような冷徹な顔をしていた。視線一つで人間の感情を恐怖で染め上げれるほどの冷たい瞳。


  そしてそれは、目の前にいる礼儀もわきまえない愚かな人間の命を奪おうと歩みだした。


 「止まれ、止まれと言っているんだ」」


 もはや隠し切れないほど焦りの感情がにじみ出ている少年の言葉を当然のように無視したそれは、悪魔と言われる存在すべてが扱うことのできる闇を自らの右手に纏い少年の心臓を貫かんとした。


 その瞬間、少年とそれの二人の間で光と闇が同時にはじけ飛んだ。


 「--なに、私の闇が消えただと」


 心臓を貫くはずだった闇は一瞬で消え去り、それの手は少年の左胸の位置で停止していた。自身の身に何が起こったのか、事態を把握するための一瞬の停滞。

 その刹那の一瞬に少年の体から溢れ出した天使の光がそれを飲み込もうとした。


 「お前たち悪魔がこの世で自由になるには人間の器が必要なのだろ。ましてやおまえは先ほどの父上との戦闘でかなりの傷を負っている。

 それを手っ取り早く治すには人間と契約すればいい。だが契約の絶対条件は双方が望む場合のみ。なら、口では何と言おうと僕の体を奪うための一方的な契約をするはず。」


 「なるほど、幼いながらも頭は回るようですね。我々悪魔についてもかなり詳しい。それに先ほどの騎士の子供とは驚きですね、あれほど天使の力を扱えてた人間の子供が悪魔と契約したがるとは」


 小さな少年に感じた謎の既視感、その理由に納得したそれは失われていた笑みを再び宿らせ


 「やはり人間は愚かで愉快な存在だ。天使の力を使えるにもかかわらず悪魔の力を求める、ましてや、私に傷を負わせた人間の子供が。」


 「父上がどうだとか関係ない。僕には悪魔の力がいる。」


 鋼の意志を宿した少年の瞳を見て、それは少しばかり考えを変える。

 その考えとは、一方的に体を奪うのでなく対等であり正式な契約、すなわち魂の奪い合い。


 必死に抵抗する人間の自我をじわじわと犯し、絶望の中で体を奪うというもっとも質の悪い契約。正式な契約であるが故に負けた方は魂が消滅する。

 

 本来、悪魔との契約には2つの方法がある。その身に悪魔の魂を宿す共存、これは天使や精霊と契約した時と同じで契約者の人間が悪魔の力を使うというもの。


 そしてもう一つは、魂の奪い合いをし悪魔の魂を喰らい力を得るか、あるいは魂が消えさり悪魔の器となるべく肉体を差し出すか。


 前者の場合は人間のまま悪魔の力を得ることができる。人の社会に紛れ込めるなどの利点はあるが、人間という縛りがある為、悪魔の力を使えば使うほど体が闇に飲み込まれ、やがて体と魂の両方が消滅する。契約していた悪魔も消滅してしまうためこの契約をするものは殆どいない。


 後者の場合、悪魔に打ち勝てたのであれば前者のように普段は人として生活を送ることもでき、また悪魔の力に対しある程度体が耐えられるようになる。とは言っても天使や精霊の力を使うよりも圧倒的に体への負担は大きく、長時間の戦闘などには到底耐えることはできない。


 そして悪魔に負けた場合、空っぽになった肉体を悪魔の魂で満たし、悪魔たちの世界である魔界の時と同じように力を使うことが可能になる。力を持たない人間に悪魔が負けるはずもなく、ほとんどの場合後者の契約がなされる。


 いずれにしろ、人の体でありながら悪魔の力を扱うことができるため、これらの契約者たちのことを魔人という。


 「いいでしょう、あなたと正式な契約を。」


 そう言いながら少年の胸の位置に置いていた右手を、握手をするかのように出しなおしたそれは、より一層笑みを濃くした。


 正式な契約だと言わんばかりに差し出された手を握り返しながら少年は


 「僕もお前らと一緒さ。悪魔が必要なんじゃなくて、悪魔の力だけが必要なんだ。だから、僕の中でおとなしく眠っていろ」


 言葉を終えると同時に天使の光がそれを飲み込む。しかし、ほんの数秒でそれを覆う光に闇の亀裂が走る。


 闇はどんどんと光を喰らい、再びそれが姿を荒らす。少年の額には大粒の汗が伝い、体が小刻みに震えだす。顔からは生気のようなものが抜け落ちたかのように真っ青になり、目と鼻と口からは血が溢れ出す。

 それでも必死に生にしがみつき、鋼の意思を宿した瞳で悪魔を睨みつける。


 闇が完全に光を食らい尽くす間際、別れの挨拶と言わんばかりにそれは問う。


 「最後にお聞きしたいのですが、なぜそこまでして悪魔の力が必要だったのですか。まさか失った天使の代わりになるとでも」


 失った天使というセリフを聞いた途端、それまで必死に抗っていた少年の顔に明確な動揺が浮かぶ。


 「まさか本気で気づかれないとでも思いましたか。時間が経つにつれ天使の力が急激に弱まっている、ならば答えは一つしかありません。天使との契約が切れているということです。

 一度天使との契約が切れた人間は、未来永劫天使と契約ができなくなる。だからと言ってその代わりに悪魔と契約しようとする人間などいない。なぜなら悪魔と契約するということは自我を奪われるか、あるいは悪魔の魂を宿す共存かの二択。ですがそのどちらであっても人間の世では生きてはいけなくなると思うのですが、あなたはなぜ悪魔の力を求める」


 止まることなく流れる血と汗。だんだんと意識が遠のき、苦しみで顔を歪ませる。それでも少年は決して折れることなく口を開く。


 「ハァハァ……世界を正す...ためだ」


 「クッフフフフフハハハハハ」


 ゆっくりと、苦しみに耐え、それでも力強く最後まで紡がれた言葉を聞き、悪魔は満面の笑みを浮かべ答える。


 「本当に面白い人間だ。その言葉を聞けるとは。」


 そう言った悪魔は、完全に光を喰らい尽くそうとしていた自らの闇を消し去った。闇がなくなったことにより再び天使の光が悪魔を包み込む瞬間


 「私の力を思う存分使うがいい。そして、愚かで、哀れに、醜く、愉快に踊れ」


 そう言い残した悪魔は光に飲まれ消えていった。


 体の内側から溢れ出る苦しみに耐え、なんとか生き残った少年は必死に繋いでた意識の糸がぷつりと切れたようにその場に倒れ込んだ。


 倒れたその体には黒い痣のようなものが隙間なく浮かび上がり、やがて心臓の位置する左胸以外の全ての痣が消えた。それは契約が成功した時に起こる現象である。


 


 「ずいぶんと森の中が騒がしいかと思えば、これはまた、随分とめんどくさそうなものを見てしまったものだ」


 突如、倒れた少年のすぐ近くに一人の女性が現れた。

 長身で細身、綺麗に整った顔は男性からも女性からも人気が出そうだ。全体的に黒を基調とした服は、近所まで散歩をしに来るかのようにラフな格好だ。腰まで伸びた艶やかな黒髪を指に巻き付けながら、地面に伏した少年を観察していた。


 「厄介ごとはごめんだが話ぐらいは聞いてもいいだろう。なにせ子供が悪魔と契約しようとするなんて、よほどの理由と覚悟がなければできないだろうしな。ただ...」


 最後のセリフを言いかけた時、近くに複数の人の気配がした。魔獣の殲滅が終了しあたりの見回りだろう。見つかると面倒なことになるのはわかりきっている。


 倒れこんでいる少年を抱きかかえるように持ち上げた彼女は、人の気配とは反対の方向に去っていた。


 そのすぐ後、入れ替わるかのようにその場に3名の騎士が姿を現した。

 一人は先ほど悪魔に深手を負わせたブロンド髪の騎士、あとの二人はその部下と思わしき騎士だ。


 「フェルナース団長、さきほどまでは確かに人の気配のようなものが」


 一人の部下が言葉を発し、団長と言われたブロント髪の騎士も返事をするように頷いた。


 そしてその場に4人目の騎士が走りながら現れた。


 「フェルナース団長、この辺り一帯にもご子息であるアルト様は見つかりませんでした」


 息を切らしながら報告した騎士の言葉を受け、ブロンド髪の騎士は「引き上げるぞ」と、一言だけいいその場を後にした。その顔はどこか神妙な面持ちだった。


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