魔王に勝てるはずがないので決戦前夜に逃亡しようと思います
~決戦前夜~
静かな王都外れで、教会の鐘が、ゴーンとなり、十二時をつたえた。
王都のはずれにある酒場には、勇者パーティーで落ちこぼれと言われる二人、バルトとサムがいた。
バルトは常に必至で熱血だが、勇者であるリアムと模範戦を行っても触れることさえできず、サムは遠距離攻撃系の魔導士だというのに、回復魔法を得意とする聖女メアリーに、詠唱もなしで片手であしらわれるのが日常だ。
貸切られた酒場は静かで、亭主が肉を焼く、油のはねる音だけが唯一の音だった。
二方が壁のないあけっぴろげの酒場では、パーティーのタンク役のバルトが仁王立ちをして、冬の北風に当たっていた。
かなり酔っているのか顔を真っ赤にしている。
パーティーのサポート役のサムは、小さな盃に入った日本酒をグビット飲み干すと、腕で口元の日本酒を拭った。
「魔王に、勝てると思うか?」
サムが日本酒をなみなみにそそぎながら言った。
「どぉだろうな…」
バルトは酔って意識も朦朧としていて、ぼんやり見える遠くの教会を見つめて、ボソッとに言った。
「クソ……」
サムが酔ったことで勢い余って机をドカッと叩いた。
そして、手の激痛で、少し冷静さを取り戻したのか、ハァとひっそりとため息をついた。
(リアムも、メアリーも強いけどよ…)
今代の勇者パーティーは、過去最強の強さだと謳われているのに、その関係は歪だ。
リアムは、貴族の息子で横暴なうえ、たまに傷を負うと、バルトがタンクの役を全うしなかったからだ、サムの魔法の援護が足りなかったからだとわめく。
一方のメアリーは、陰湿で、数年前のバルトとサムの失敗をいまだにぐちぐちと言い募り、下僕のように扱う。
それでいて、二人とも周りにはいい顔しているので悪いのはサムとバルトだと思われる。
そんな横暴に耐えきれなくなっていたサムは、酔った勢いに任せて酒を瓶から飲んで、ドカッと瓶を置くと一言言った。
「なぁ、高飛び…しないか?」
バルトは振り返るが、何も言わない。
「「…」」
気まずい沈黙に耐えかねた、サムは、慌てて日本酒を飲み干すと、首をゆっくりと左右に振った。
「冗談…」
「やろう」
「…?」
「高飛び、やろうぜ」
バルトは、酔いもさめたのか、真っすぐとサムのことを見据えた。
リアムとメアリーは王都の中心の高級料亭に入っていた。
普段は静かな雰囲気の料亭も、勇者が、それも決戦前夜だというので応援に何十人もの人が押しかけていた。
「明日は決戦なのでしょう。どうか、どうか魔王を倒してください!」
一人の男が懇願するので、リアムは内心ニヤリとしながらも慌てている演技をして「頭を上げてください」と言った。
メアリーも、おごられたスイーツを愛想よく受け取るとパクパクと食べていた。
だが、全体的に勇者と聖女のお見送りから、酔っぱらいの集いに変わってきている。
(もう、贈り物を出す奴はいないし…そろそろ相手をするのも面倒になってきた)
リアムは、店内を見渡して贈り物を誰も持っていないのを確認すると、少し大きな声で言った。
「あの、皆さん、気持ちはありがたいのですが、決戦前夜です。少し、僕とメアリーだけにしてもらえないでしょうか?」
内心さっさと帰れよと思いながら、リアムはそのそぶりを見せることなく人のよさそうな笑みを浮かべた。
「そ、そうですな…。確かに我々も少し長居しすぎましたな」
少し顔を赤らめてリアム達以上に酒をグビグビと飲んでいた貴族の老人は、リアムの声に気付いて、自分が少しばかり羽目を外していたことに気付くと、今度は恥ずかしさで顔を赤らめてそそくさで出ていった。
メアリーはそそくさと出ていく老人に「大丈夫ですよ」ということを忘れずに軽く頭を下げて見送った。
リアムも「魔王を倒したらまた!」というのを忘れない。
人のよさそうな大柄な男は、老貴族がそそくさと出ていったのに苦笑しながらも
「それでは、魔王討伐どうか成功してください」
と言って、酒瓶をリアムに押し付けると小走りで後を追った。
それを察して次々に客たちは料亭から出ていく。
客たちが出ていって、店内がリアムとメアリー、亭主の三人になるとリアムは椅子にドサッと座ってめんどくさそうに「あぁ」と言った。
「やっとあいつら帰ってたぜ…」
人が変わったようにリアムは荒々しい口調になって贈り物だと渡された酒の包装をビリっと破くとグビット飲んだ。
「あぁ?チッ、安物か…」
リアムは送られた酒瓶を一口飲むなり店の床に投げつけた。
投げつけられた酒瓶はバリッと割れると床にガラスを飛ばして、リアムが安物と罵った酒が広がった。
「おい、いい酒もってこい」
そう言われた亭主は割れた瓶を見て不快そうに目を細めたが、勇者から多めに金を握らされているので誰かに言ったりもしないし、何か文句を付けたりもしない。
内心嫌悪感を抱きつつもこの日のために金に物を言わせて買い付けた酒瓶を出して割れた酒瓶を片付けようと、カウンターから出てきた。
「そんな安物ほっとけばいいじゃない。それよりつまみが欲しいのだけど…」
メアリーは、リアムと比べると控えめだが、断ったときはリアム以上に面倒だ。
亭主は内心
(なんで俺がこんな小娘に…)
と思いながらも店の奥から安物の果物を出してきた。
(たっく、味も分からないくせに、いつも、いつも、高級品にばかりこだわりやがって…。お前は安物で十分だ)
リアムは貴族出身でそこそこ味も分かるが元底辺聖女の彼女は味など理解していない。
適当にそこらの市場で買って来た果物を切っただけのものをメアリーは
「まぁまぁね」
と言いながらまんざらでも無さげに口に運んだ。
悪態をつきながらリアムとメアリーが食事をしている頃、サムとバルトは王都外れの馬車屋の看板がかかった家を訪れていた。
王都とはいえ、城からは遠く、馬車業はたいして儲かっていないのか、わらの屋根の今にも崩れそうなボロ小屋だ。
闇夜に姿を潜ませたサムとバルトは、ドアをノックしながら消えてしまいそうな小さな声で家の中に呼びかけた。
「おーい、いるか?」
「…」
「おーいいるんなら…」
「あ…うぅ?なんだ?…」
まだ眠そうな声が後ろからしてビクッと振り向くと、庭に置かれたボロ馬車の中からもじゃ髪の老人、ロックが目をこすりながら顔を出した。
「「親父!?」」
その、白いもじゃ髪には、サムもバルトも見覚えがあった。
「ん?お前たちは…」
サムも、バルトもその老人の正体に驚いていた。
久々に会ったので積もる話もあるが、今夜中に王都を発たなければリアム達にも気づかれてしまう。
「親父、辺境まで頼む」
そう言うと、サムはバルトの手を引っ張て無理やり馬車の中に乗り込んだ。
「お、おい?」
いきなりのことに、親父ことロックは、かぶっていた毛布をはいで目を丸くした。
「おまえら…いきなりっ」
「親父、辺境のミリス魔境まで頼む」
サムは、ポーチから金貨を一枚取り出すと、無理やりにロックに握らせた。
「お、おう!」
額と二人の顔を見たロックは混乱しながらも少し興奮したようで眠気など吹き飛んだのか元気に答えると、馬車から飛び降りて家の裏手につながれた馬を取りに行った。
「親父、急いでくれよ!」
意気揚々とロックが裏に回っていたのを見届けると、サムはふと下を見て足元の毛布が動いたような気がした。
「おい、バルト、この毛布動かなかったか?」
「あ?なわけねぇ…」
「今、動いたな…」
バルトも動いたのを見て、恐ろしそうに顔を引きつらせてサムの方を見た。
「おい、ちょっとめくってみろよ」
「最初に気付いたお前がやれよ」
勇者パーティーにいたとはいえ、怖いものは怖い。
二人が押し付け合いをしていると、毛布がムクッと起き上がった。
「「ヒィ!」」
恐怖のあまり、男二人で思わず抱き合っていると、毛布から五、六ほどの少女がはい出てきた。
「寒…」
その少女は、眠そうに目をこすると、半開きの目でサムたちのことを見つめた。
その少女があまりにもまじまじと見つめてくるので、二人も忘れているだけで知り合いではないかと思いじっくりと見た。
そして突然、その少女は思い出したようにバルトのことを指さして言った。
「あ!ゴリラ!」
「誰がゴリラだ!」
自分のことをゴリラ呼ばわりする少女、バルトは反射的に文句を言ってハッと思い出した。
「あ!ミーシャか!おっきくなったなぁ」
そう言われて、サムもあぁと納得してひとりでに頷いた。
「うん、そうだよ、バルトおじさん。それに、サム兄さんも」
「ハハ、俺はおじさんでサムのことは兄さんかよ」
愚痴るバルトを横に、サムは抱き着いてくるミーシャの頭をやさしくなでた。
「いやぁ、にしても懐かしいな」
ミーシャとサムたちの関係は四、五年前にさかのぼる。
二人がまだ、勇者パーティーに入っていないのは勿論の事、駆け出し冒険者で、デュオで活動していた頃の事。
二人は辺境ではある程度有名な冒険者で、いつも通りギルドからの討伐クエストの対象を討伐していると、普段は現れないようなAランクのランクの魔物、巨大炎熊が二人の前に立ちふさがった。
幸い巨大炎熊は二人の猛反撃を前に、森の方へ逃げていったが、バルトが瀕死重傷を負い、回復薬も使い果たし、サムの回復魔法もほとんど意味をなさず、絶望しているところにミーシャと親父こと、ロックが通りかかり馬車に乗せてもらい助かったのが、最初の出会いだ。
その後、二人は遠出の際には必ず馬車で移動していたのだが、ロックら二人は仕事の都合で王都に行くことになったので、数年前に分かれたのだ。
その後、二人はまた会いたいとは考えていたが、二軍のような扱いとはいえ、勇者パーティーにスカウトされたとなると、鍛錬を怠るわけにもいかない。
それに、何度か数か月間王都を離れて魔物の討伐に向かったこともあった。
(まさか、こんな近くにいたとはなぁ…)
「おい、馬、連れてきたし出発するぞ」
ロックは、やる気十分、馬と馬車をロープで結ぶと、自分は馬の上に乗り込んだ。
「親父、急いでくれよ!ちょっと訳ありで今夜中に王都を出たいんだ」
「分かった。ボロ馬車だが、我慢しろよ?」
そうして、馬車はサムとバルト、ロックとミーシャを乗せて王都の西門をくぐり抜けて王都を出発した。
四人を乗せた馬車は、王都を出発して三時間、荒野を横断するための、道と言えるかもわからないような道を進んでいた。
「にしても、俺たち、出てきたんだな…」
酔いもさめ始めて、少しばかり不安になったのか、サムは家から持ってきた日常品やら金品やらが入った革袋をグッと握った。
その様子を見た、バルトは、肩に手を置いて言った。
「大丈夫だ!」
無責任な言葉だが、サムはデュオ時代からその無責任な言葉に励まされてきた。
励まされて、それでも失敗したときは落ち込んだけれど、いつも明るいボルトがしょげてしまうと、落ち込んでる場合かと自分を鼓舞してここまで来た。
「そうだな…。きっと大丈夫だな」
心に、不安がないわけではない。
それでも、サムが同意すると、何も事情を知らないミーシャも、うんうんと頷いた。
「ミーシャ、お前たち、速度を上げるから振り落とされるなよ!」
その姿をほほえましく見守りながらも、自分が話の輪に入れずに、いたずら心が沸いてきたロックは、そう言って馬に思いっきり手綱を打った。
「おぅおぅ、親父、ちょっと、いくら急いでるとはいえ…安全運転でいけー!」
「お父さん、酔う~!」
右に左に蛇行しながら進む馬車の上で、バルトもミーシャも慌てながら馬に座るロックに呼びかけても、更に馬車は加速する。
サムに至っては声を出す余裕もない。
ロックは七十近いとは思えないようないたずらっぽい笑みを浮かべて、驚いている三人の顔を拝もう後ろを振り返ると、後ろには全速力で追ってくるに二頭の馬が。
馬の背中には魔導士が乗っていて、周りに小さな魔法陣を展開している。
とても、平和的な相手とは思えなかった。
「お、追っ手だ!」
そう言って、ロックは馬に手綱を打つ。
バルトは慌てて頭を下げて飛んできた魔球を避けると、家から持ってきた短刀を投げつけた。
だが、その魔導士は首を倒してあっさりとナイフを避けると、腰からに十センチほどの杖を抜いて魔球を放った。
「う…!」
その魔球は避けきれなかったバルトの首筋をかすめ、更に前で馬を操るロックの首筋をかすめて近くの岩を粉々に砕いた。
岩が砕けたのを見て、バルトはギョッとして飛び出んばかりに目を見開いた。
「危ね!あんなの当たったら終わりだぞ。お前ら、後ろの奴は任せた」
「分かった。親父も急げ!」
「んなこと、言われなくても分かってる。それよりお前ら、振り落とされないようによく捕まってろよ?すぐにふりきってやる!」
そう言いながらも、四人と馬車を引っ張る馬では、いつまでも逃げ続けれるはずもない。
差はどんどん縮まっていく。
バルトが飛んできた魔球を避けて言った。
「あぁ、もう親父!もっと速度上げれないのか?」
「なこととしたら馬車が崩れるわ!」
「おい、二人、文句言ってる暇があったらどうにかする手立てを考えろ!」
サムは、馬車の横に並んだ魔導士が放った魔球を結界で防御しながら矢継ぎ早に文句を言った。
「だがよ…俺は近距離攻撃しか…」
「ミーシャは任せたぞ!」
そう言って恐怖で足元にうずくまるミーシャをバルトに渡すと、サムは馬車の屋根の上に立ち上がって、一発、魔球を防御すると、馬に飛び乗った。
「悪く、思うなよ!」
そう言って、サムは慌てる魔導士を殴りつけて馬から落とした。
そして、奪った馬で馬車と横並びに走った。
唖然としているとバルトにも、もう一人の魔導士が魔球を放つ。
「舐めるなよ!」
そう言ってバルトは、腰から斧を抜き去って飛んできた魔球を弾き返した。
「な!?」
驚いている魔導士に、バルトが馬車に乗っていた大きな箱を投げつけた。
「う!」
箱が直撃した魔導士は馬から振り落とされ、馬は荒野の向こうへと駆けて去っていく。
馬の上に乗るサムの体は肩で息をしていることも重なり激しく上下する。
「追っ手は…ハァ、まだいるみたいだぞ」
後ろには五名の馬に乗る魔導士が。
「バルト、二人を守ってやれ。俺は後ろの奴らを相手して来る」
そう言うと、サムは馬の進路を変えて、魔導士たちの方へと向かっていく。
「おい、サム、待て!」
バルトの声も届かず、いや、背中にかけられる声には気づいてはいたが、サムは止まることなく、背後に巨大な魔法陣を展開すると巨大な火炎球を出現させた。
対抗するよう、魔導士たちも風を巻き起こしたリ魔法火矢を放ったりする。
サムは、襲い掛かる風、炎、水、右へ左へよけはやてのごとく駆け抜ける。
「大火炎魔球!」
魔球を正面から受けた魔導士たちは生き残れるはずもない。
仮にもサムは勇者率いるS+ランクパーティーの大魔導士だ。
「口ほどにもないな…」
そう言いながらサムは胸元を押さえた。
服の下には、悪魔の呪印が刻まれている。
表情を歪ませ、服の隙間から見ると、また、呪印は少し大きくなっていた。
「俺の寿命もいつ尽きるかわからんな…」
サムは、風系統の魔導士として知られているが、その本質は「黒の魔導士」つまり、悪魔と契約した者だ。
「また呪いが広がっている…」
サムは、少し下げた服を元に戻すと、馬に鞭打って三人の後を追った。
バルト達が荒野を進んでいると、その横にサムが追い付いてきた。
「お、サム、大丈夫か?」
バルトが問いかけると、サムはあぁと答えた。
たいして、疲れているそぶりもないサムを見たロックは、ニヤッとして言った。
「おい!サムも追いついたし全速力だすぞ!」
それに、三人は慌てながらも、とびっきりの笑顔で答える。
「「「おう!」」」
東の空は赤く染まり、荒野の地平線の向こうから、太陽が姿を出してきていた。
ロックは、娘のミーシャのことをべた褒めして、ミーシャが「お父さんは仕事に集中して」といい、ロックがショックを受ける。
それを、バルトが豪快に、サムが苦笑いといった様子で笑う。
騒がしい馬車は、朝焼けに染まった地平線の彼方まで走って行った。
王都の城の前で待っていたメアリーは、イラついたのか地面を蹴り付けて言った。
「ねぇ、サムたちはいつになったら来るわけ?まったく、いつも時間にうるさいくせに」
約束の時間は八時。
それなのに、既に協会の大時計は九時を指していた。
「そんなこと知るか。今、家の使用人たちに情報を集めさせているから、少し待て」
「リアム坊ちゃま、リアム坊ちゃま!」
噂をすればというべきか、ちょうど人込みをかき分け、リアムの実家の執事長が走ってくると、リアムは焦ったように耳元に口を近づけて小声で言った。
「おい、リアムと呼ぶのはやめろ。正体がバレる!」
実際、二人はやたらイライラしていて、横をゆく人々からは時折チラリと見られていた。
それでいて、リアムという単語が出て周囲ではちらちらと振り返る姿が目立った。
「し、失礼いたしました」
その執事長は、周りを見渡して、ようやくその姿に気付くと慌てたように頭を下げた。
「気を付けろよ。それで、どうなったんだ?」
執事長はモノクルの位置を整えてゴホンと咳払いして話し始めた。
「はい、それで、ご命令されていた二人ですが、王都の門番からの情報で、昨夜遅くに馬車で王都を出発していたとのことです」
「「は?」」
「うそでしょ…」
二人は絶句する。
それでも、執事からの悲報はもう一つあった。
「それで、坊ちっ…ゴホン、二人追っ手を出したのですが、二人とも消息を絶っておりまして、ただいまウィリアム家の傘下の衛兵団から選りすぐりの者を集めております」
「な…急げ!勇者がパーティーに裏切られたなんて噂が広まれば信用がた落ちだ」
「はい」
ひとまず家に戻ったリアムと、ついてきたメアリー。
リアムはかなり落ち着きを失っているようで暖炉の前を行ったり来たりしていた。
「あぁ…クソ!」
リアムが、机をドカッと叩きつけた。
既に、勇者が魔王討伐に出発しなかったことが王都中の噂になってパニックになり始めている。
リアムは、屋敷の外に集まっているのであろう民衆の騒ぐ声に、イライラと募らせ、机を叩きつけた手を震わせた。
「おい、レム、連絡はまだか?」
問いかけられたメイドは、新人で慣れていなかった事も重なり、リアムの怒りに委縮しきって小さな声で
「ま、まだです」
と答えるのが精いっぱいだった。
「あぁ、クソ。父上がいれば騎士団を動かして騒ぎを収められたのだが…」
リアムは、辺境の領地に視察に向かっている父のことを思い出してさらに怒りを募らせた。
「あぁ…タイミングが悪い。俺にも騎士団への命令権があればこんな騒ぎ沈めてやるものを…!」
「坊ちゃま、坊ちゃま!」
普段は冷静沈着で、博識高いことで知られているウィリアム家の執事長、バッサムが慌ただしく部屋の中へ駆けこんで来た。
バッサムは、六十過ぎでハァハァといってむせながらもなんとか口を開いて報告を始めた。
「それが…ハァ、精鋭ばかり集めて送った、ゴホッ、第二陣の魔導士たちも返り討ちにあいまして…」
「は!?なら、あの二人は連れ戻せなかったのか?」
「は、はい。おっしゃる通りで…」
バッサムが言い終えることなく、リアムは近くの棚に置いてあった壺を投げつけた。
「坊ちゃま!それはお父上のお気に入りの壺ですぞ!」
いくらとがめられても、リアムの怒りは止まらない。
壁に掛けられた絵画を破り、陳列された宝石類を投げつけた。
「黙れ!クソ!あの二人、こうも早く精鋭を倒すとは…。これまで実力を隠していやがったのか?」
リアムは、怒りで絵画を破りかけたのを、何とか我慢すると、鼻息荒く、たてかけられた聖剣を片手に部屋の外へ歩き出した。
「メアリー、これ以上待てん!あの二人は魔王が怖くなって逃亡したことにして、俺たちだけで魔王城へ向かうぞ」
「え、でも、あの二人がいないと…」
「…やめろ」
その瞬間、不自然なほどにリアムの気配が変わった。
沸点を超え、怒りを超え、あまりにも静かな様子に、一人の使用人が唾をのんだ。
メアリーにも、それ以上言う勇気はない。
見たこともないリアムの様子に不気味ささえ感じながら無言でソファーから立ち上がると後ろについていった。
城と城門とを真っすぐにつなぐ王都のメインロード、通称「王の道」には、王都の貴族から庶民まで、実に十万人が集まっていた。
目的は、今日出発する勇者、リアムの見送りだ。
民衆は、兵士に止められようとも、一目勇者たちの晴れ姿を見ようと、身を乗り出している姿が多かった。
「あぁ、めでたい」
「記念すべき日だ」
「魔王を討伐してくれよ!」
気楽な内容に、メインロードを馬に乗って進むリアムは顔にこそ出さないが頭痛を感じていた。
クソ…。どいつもこいつも、自分は戦場に出ないからって気楽で…!
思い出せば、王に二人が逃亡したことをつたえても「お前たちなら二人でも十分だろう」と言って代わりの魔導士や格闘家を入れるという話をしなかった。
自分から切り出せば認めてくれただろうがそれは、自分とメアリーでは戦力として足りないと言っているようなもので、プライドが許さない。
「勇者様、きっとお強いのよね!」
「過去最強と噂だわ」
っく…やめろ。
リアムは知っている。
自分ではあの二人には及ばないことを。
模範戦では魔力量が圧倒している自分が勝つことができる。
だが…真剣勝負となると話は別だ。
幾度となく生死の狭間をかいくぐり、苦境を乗り越えてきたあの二人には、常に父の差し向けた護衛の魔導士が隠れながら付いていて、緊張感のない戦闘を繰り返していた自分では、決して勝つことができないのだと。
拳が小刻みにで震える。
周りは、勝手に「勇者様が武者震いしている」と取るが、間違いなく、恐怖から来ている震えだった。
(魔王…四天王でさえ小国を滅ぼした化け物だぞ…。勝てるはずがない)
メアリーは常に護衛が付いていることなど知らないから、自分が強いのだと溺れているが、自分は違う。
幾度とない危機で勇者が覚醒したという伝説は、全て近くで見守っていた数十人の魔導士が裏で扱っていた魔法だ。
自分は適当な呪文を唱えて杖を振りかざしただけ。
恐怖で体がこわばる。
だが、今更馬鹿にしてきたあの二人に戻ってきてくれと頼めるはずもない。
頼りになる魔導士も、四天王の前では、たまたま通りかかった国の魔導士団と名乗って堂々と戦いに参加して、ようやく封印しただけだ。
あの時、数十人の魔導士が亡くなった。
自分は、運よく生き残っただけ。
…っく。
命には代えられない!
あの二人は無理でも、今からでも、王様に頼んで新しいパーティーメンバーを…!
パッと振り返れば、そこは野道。
安全で、自分が勇者であれる王都は、はるか遠くになっていた。
あの二人に、もう少しでも、優しくしておけば…。
後悔、先に立たず。
覆水、盆に返らず。
思い浮かぶのは、そんな言葉ばかり。
あぁ…。
気付くのが、遅すぎた。
サムとバルトが現れた!
サム・バルト「連載版を読みたいか?」
YES NO
下の☆を押して連載版をまとう 読了、ありがとうございました
追記:連載版を投稿しました。良かったら「【連載版】魔王に勝てるはずがないので決戦前夜に逃亡しようと思います」で検索してみてください。