9話 名無しの魔法少女、爆誕
「デジタル魔法少女って……だせえ」
センスが三十年くらい遅れてるネーミングだ。しかも"No name"って……名無し? どんなセンスしてんだよ……
『自分のアバター確認してみて』
と、頭に流れる彼女の声。俺は自分の身体に視線を向ける。
「お、おぉ?」
何故か衣装が変わっていた。
龍二さんに渡されたヤツをそのままスキャンしたと思われるワンピースから露出度が高めな……
何と言えばいいんだろうかこのデザイン、チアガールの衣装に似ている。かなりスポーティーで爽やかな雰囲気だ。
『私がプログラミングした、可愛いでしょ?』
……認めよう、あの人結構デザインセンスは良い。ネーミングセンスはともかく。
「で、この後はどうすれば良いんですか?」
変身したからにはあれと戦えという事だろう。だがコンピューターウイルスとどう戦えば良いんだ?
『このアイリスは、ネットワーク世界の流れを直感的に感じ取れるメタバース、戦い方はわかる筈だよ』
んなこと言われたって……
『まずは、専用コンソールを展開して』
彼女の言う通り、俺は"TS-S"というアイコンに触れる。
『その中には必要なツール一式が詰め込まれてるから。初回設定は済んでる、まずはあのウイルスをスキャンして』
スキャン、多分これか……
《Virus Scan》と書かれたボタンに触れる。
《解析中……》という表示。処理は一秒とかからずに終了した。
「うおっ、なんだ! 姿が──」
動かずにこちらの様子を伺っているモヤモヤが徐々に鮮明になってきた。
「ご、ゴブリン?」
現れたのは……まるでファンタジー世界にでも出て来そうな姿をしたゴブリンそのものであった。
『チュートリアルなんだから、それっぽいデザインにしておいたよ』
そりゃ、わざわざご苦労な事で。
『ほら、もう待ってくれないよ! 襲ってくる襲ってくる!』
「くっ……」
モヤモヤではなく、ゴブリンという実体を持ったそのコンピューターウイルスが襲ってくる。
こちらに駆け出してくるゴブリン、振り上げられる棍棒、俺はギリギリのところでそれを回避する。
「でりゃー!!」
攻撃を回避した俺はソイツの土手っ腹にパンチをくらわせてやった。4〜5メートルくらい吹っ飛ぶゴブリン。
「やったか!」
だが、やれてなかったようだ。ソイツはムクリと起き上がり再び俺の方に向かってくる。
「どうすりゃいいんだよ!?」
『落ち着いて、解析情報をよく確認して』
解析情報……あっ、視界の端にダイアログが。
《Class C/Virus name"For tutorial"》
チュートリアル用って……そのまま過ぎだろ。
『今回は、私が導入しておいたプラグインで駆除が可能だから』
「何ですかそれ?」
『必殺技みたいなもの』
なるほど、それであれを駆除してやれば良いわけか。
"TS-System"のメイン画面に切り替える。そうして指示のままそれっぽいボタンを押してみた。
《Class C用アンチウイルス攻撃を行います》
「これで良いのか?」
『うん、そのまま指示に従って』
彼女の言葉に従いそのまま流れるダイアログを確認する。
《次の術式を詠唱してください》
そうして、なにやら魔法少女の必殺技名っぽいのが出てくる。
「お、おいこれ読まなきゃいけないのか?」
『そりゃね、読まなくても本当は出来る様に設計しようと思ったけど。ちゃんと詠唱した方が"魔法少女"っぽい雰囲気出るでしょ?』
いやいやそんな雰囲気作りは要らないんですけど……
『早くしないと、襲ってくるように指示出しちゃうよ?』
ってあのコンピューターウイルス、アンタが指示出してるんかい!
まあ、さっきから妙に動かないからおかしいとは思ったけどさ……
「仕方ない、やるしかないか──」
『覚悟を決めた? 流石デジタル魔法少女第二号! よっ、大統領!!』
「ちょっと黙っててください!!」
ちくしょう、何で俺がこんな恥ずかしい真似しなきゃならないんだよ……
俺はバッと、アイリスの作られた青空に向けて手をかかげる。
「……っし! いくぞ!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁ、全くアイリスの世界でなにしてんだ葵の奴……」
外縁部六丁目、ヤマさんと呼ばれた老人が死んでいる部屋で、一人のガタイのいい男が側で寝そべっている"女の子"を心配そうに見つめている。
「そろそろ三分か、ウチの連中が来ちまうな」
葵がアイリスに入り既に三分が経過していた。龍二が呼んだ警察が到着するのも時間の問題だろう。
(はぁ〜……アイツらに見つかったらなんて説明すりゃ良いんだ……)
事件現場に違法ドール、しかも見た目は亡くなった娘"愛理"にそっくり。
「言い逃れ出来んなこれ……」
娘を亡くした寂しさから、娘そっくりな違法ドールを特注した……と、誰もが思うだろう。
違法ドールに向けられる目が厳しい日本においては、所持している事自体が悪というイメージが成り立っている。
(しかし……ホントになんでこんなそっくりなんだよ……)
葵のボディはまるで双子かと見間違うレベルで愛理に酷似していた。
(俺への罰か……)
龍二は首から下げているロケットをぎゅっと握る。そうして愛理を亡くした"事件"を思い返す。
「くそっ、何で今なんだよ──」
彼の沈んだ気持ちとは裏腹に、側に設置されているターミナル端末は、青く煌びやかな光を放ち続けていた。