8話 ネットワークの世界に潜む悪意
「……救う? アイリスを?」
一体どういう事なのか。
「そう、このアイリスを救ってほしい」
そう呟くと、巫女服を着た彼女は俺に背を向けて空を見上げる。
俺もつられて同じく空を見る、ここは深部。上層の煌びやかなネットワーク世界とはかけ離れた打ち捨てられた空間だ。
上方には幾つもの、同じようなデータの墓場と思われる朽ちた街々がまるでミルフィーユのように層を作っている。
この神社の上はちょうど裂け目のようになっており、空からはあの神秘的なアイリスメインホールから溢れ出る光が差し込んでいた。
「眩しいわね、でもこの光も偽りのものに過ぎない……」
「そりゃ、仮想世界ですしね」
リアルではあるが、ここはあくまでネットワーク世界というものを可視化した作り物の世界だ。
「だからこそ、私は守らなきゃいけないと思ってる」
そうして、俺の方に向き直る彼女。彼女の綺麗で長い黒髪がふわりと揺れる。
『外部からのアクセスを確認しました』
その時、無機質な機械音声が俺の頭の中に流れる。コンソールを展開すると。外部からのアクセスを示すダイアログが。
『不明な発行元のソフトウェアを実行しようとしています』
「ちょ、なんで勝手に……」
俺の意志に反して、何故かどんどんと処理が進んでいく。そもそも何で勝手に外からアクセスされてんだ。ファイアウォールは仕事してないのか……!
『TS-System installer.exeを実行します。エラー"0x000023"、"Security Defender"によりNドライブへのアクセスが拒否されました。このエラーを無視して処理を実行しますか?』
「ノーだ! ノー! くそっ、なんで勝手に……」
あたふたする俺を見て、巫女服を着た女性はクスリと笑う。
「ちょっと! アンタが何かしたんですか!?」
「そうだよ、世界を救うならそれ相応の力を持ってなきゃ」
この人ホントなんなんだよ……そもそもアイリスを救えって頼みにまだ了承してないぞ。
『"TS-System"をインストール中です……』
ダメだ、どうやってもこっちの操作を受け付けない。
『"TS-System ver1.01"が正常にインストールされました』
おいおい、とうとう意味不明なソフトウェアを入れられちまったぞ……
「なんなんですかこれ」
俺がそう女性に問いかけると、彼女はそっと俺の方に寄ってくる。そうして、彼女は俺の頬に優しく手を添える。
「世界を変える力」
それだけ短く呟くと。そのまま彼女はキラキラとした粒子になり消えていってしまった。
「……マジでなんだったんだ」
ホント、昨日から訳がわからないことばっかりだ。
と、その時だった。背後に何かの気配を感じる。振り向くと……そこには見た事も無い異形の怪物が立っていた。
「──な、なんだこいつ」
俺の身長の二倍はありそうな巨体……まあ元々このボディチビだから、実際そこまでの大きさじゃないんだが。
とにかく、その巨体を持った怪物がコチラを見ていた。
「よくわからん、モヤモヤ?」
何故かそいつの姿をうまく捉えることができなかった。視覚情報がおかしいのか、大きなモヤモヤにしか見えない。
『チュートリアル用に用意したC級の攻撃型コンピューターウイルスだよ、頑張ってね』
脳内に女性の声が響く。これは……さっきの女性の声?
「どういう意味ですか?」
『いいから、まずはTS-Systemを起動してみて』
は? 誰があんな怪しいモン起動するかっての。
と、その時だった。目の前にいた黒いモヤモヤが勢いよくこちらに向かってくる。
「ちょ──」
あまりにも突然の事だったので少し反応が遅れる。モヤモヤはそのまま俺に突進してきた。
「うぎゃっ……!」
ドンッと突き飛ばされる、モヤモヤのくせになんか普通に実体がありやがるコイツ。
「……いってえ」
派手に突き飛ばされた、どうやら背中を地面に打ってしまったようでズキズキと痛む。
……ん? 痛む……?
「な、なんで痛覚が」
アイリス内においては痛みを感じる事なんてない筈だ。
「言い忘れてたけど、ソイツに犯されたら死ぬからね」
「は、はぁ!?」
あの人なんてモンここに置きやがったんだ……!
『死にたくなかったら私の言うこと聞きなさい』
マジか……やるしかないのかこれ。
「くそっ!」
仕方ない、今は言われた通りにやるしかない。
コンソールを展開して、ソフトウェア一覧から"TS-System"と思わしき物を選択する。
「これか、起動!!」
『TS-Systemを起動します』
流れる機械音声。そうして俺のボディはキラキラとした粒子に包まれる。
『TS-System、初回セットアップを行います』
『必要なファイルをサーバーからダウンロード中……』
『ダウンロードが完了しました、ファイルを解凍中です……』
『全ての準備が整いました、セットアップ中……全ての設定をデフォルト状態でシステムを起動します』
と、滝のように流れてくるダイアログ。そうして……俺のボディを包んでいた煌びやかな蒼い粒子は消えていく。
「──デジタル魔法少女"No name"、ここに参上!」
って、なんか勝手に口が動いたんですけど! デジタル魔法少女って何!?